りか、、い
よろしくお願いします。
少し寒々しい三月の春。
春の平均気温は、11月並みだと言うことを知りながら、陽気な日差しに誘われて、防寒なんてせずに出かけていった今日。
周りを見渡せば、同じような考えの人が流れるように歩いてゆく。
武道館。今日は卒業式だった。まだ、桜なんて開花してなくて、でも、どうしても心は桜の木を見ている。小さな花が咲いている姿を探して……。
何も知らない。何も考えない。何も理解しない。そうするとバカみたいに楽しく過ごせる——。
桜の花のように、条件に従って規則正しく、ただ咲いていければ、僕たちは綺麗な人生を全うできるのだろうか。
武道館周辺は、たくさんの人がいた。知り合いにもたくさん会った。たくさん会って、たくさん話した。たくさん写真を撮って思い出話をした。
しかし、笑顔の中にいても、入学した時となんら変わらないことなんていうのはない。この卒業式には、いない人がいる。
誰だろうか……、僕の知らない人か? それとも、僕の知っている人か。入学した時と卒業した時の人数は、減る一方だ。
笑いながら、時間が過ぎ去ればいいのにと本気で思う。
いない人のことを知らずに、笑い話をしたりする花でありたい。
知らぬまま、わからぬまま、理解せぬままに時は過ぎ去っていく。
でも、何かを知りたいと願う日は、いつも突然にやってくる。
理解したいことは、楽しいことばかりではなく、悲しくて、苦しくて、理解しがたい現実である場合であることを教えてくれる。
人が生きる時間の中に何度も巡ってくるのだ。平等に……。
退屈な説教にも似たスピーチを一頻り聞き流して、形式だけの式は、序章のように幕を降ろす。それは僕の大学生活の幕引きとイコールであるが、それは喜ばしいことだ。
退屈な式が終われば、近くの大学で、交友会という名の親睦会が始まる。退屈な式と反対にお酒を出し、食べ物を出し、大きな話し声が飛び交う会の始まり。
たくさん酒を飲んだし、たくさん食べた。
それで腹は満たされた。食べれば、満たされる。それは至極単純なことだ。まるで、桜が咲くというような単純な感じに……。
会が終われば、お酒が弱い僕は酔い醒ましで、風が心地よく吹く3階の階段に腰を下ろしていた。
ここの風は、いつも強くなく、弱くなく、夏でも冬でも、秋でも春でも、同じように吹く。冷たい風がお酒で火照った顔を冷ましてくれた。
その時、携帯が揺れた。着信を見てみると、先ほどあっていた。友人だとわかってすぐに出た。
「もしもし? まきちゃん、どうした?」
「ごめん。さっき言いそびれたんだけど、今から会えない?」
「ん? 電話じゃダメ?」
「電話で話すようなことじゃないから……」
先ほどまでのような明るい感じではなく、少し冷たい冬の空気のような体に刺さる感じがした。
「わかった。今、1階の喫煙所に降りるから、そこで会いましょう」
「わかった。すぐ行くね」
すぐに3階から1階に降りると、彼女たちは、そこにいた。
「どうしたの?」
僕が問いかけた。
「あのね、さっき言おうと思ったんだけど、あまりに騒がしいところだったから、言いそびれて……、それでね、言いたいことっていうのは、りかのことなんだけど——」
僕は、まきの言葉に被せて言った。
「ああ、りかのことわかった? 卒業式にいなかったから、どうしたんだろう? 真面目な子だったのに、ここにいないっておかしいよね」
「……うん、そうなんだけど、りかね。死んじゃったんだって……。——この前ね、学校でりかのゼミ一緒の子に聞いたら、りかが3ヶ月くらい前に死んだって、教授から連絡があったって。私もそのラインを見せてもらったんだけど、本当に教授が言ってて、冗談じゃないんだ……って」
「え……? なんで? 事故? 自殺?」
「事故だったら、事故っていうと思うし、そのラインには、残念ながら、りかさんが亡くなりました。とし書かれてなかった、多分、自殺じゃないのかな」
何を言えばいいのかわからなくなった。心臓の音は小さく、小さく、そして、確実に遠くなっていく。
予想できなかった。そんな現実予想するわけがなかった。これまでに大学からいなくなった人はいたけど、どの人も連絡を取ることができたし、元気そうだった。
それなのに、りかは死んだ。りかだけが死んだ。
「なんで!? まさか……、就活が原因?」
時期的に、遅い人が就活を終えて、一息ついている時期だった。
たくさん受けて、その数と同じくらい断られる。自分というものは、なんなのか見失ってしまう人は、多いのかもしれない。
そして、決して多くはないが、ストレス発散なのか、無情にも採用担当から心無い言葉を浴びせられることすらある。そんな人がいるのが現状だ。
「多分、そうかな……。私も信じられないんだけど、本当みたいなの。なんで、言ってくれなかったのって、もっとりかに会っとけばよかったって、話聞けば良かったって思う。そしたら、何かが変わってたのかなって……」
「…そうだね。俺も、りかとは、仲良かったし、色々世話になった。本当にショックだわ」
「うん。そうだよね」
たまらずに口数は減っていく。
春の冷たい風が僕たちの間を通りすぎる。
りかは、真面目な子だった。まきの話によれば、東京で就活をしていたらしい。東京で親と暮らしたいと……、語っていたそうだ。
「だから、せめて、黙祷しようか」
だから、せめて、何もできなかった僕たちは、黙祷をする。
彼女の死を悼む。
りかは、死んだ。その死を認識しなければ、僕たちの世界は何も変わることはなかった。でも、そんなことはできない。友人の死を知らないで過ごすことは、どんなに辛いことだ。知らなかったことでこんなにも心が窮屈になる……。
彼女は、なぜ死んだのか。就活で、失敗をしてしまったのか。そうだとしたら、真面目な子だから、やはり、思い詰めてしまったのかもしれない。妥協できない子だったから、自分以外の人が成功している風に見えたことで、彼女は自己否定を続けてしまったのかもしれない。
それとも、就活を続けているうちに、採用にならないことで、これまでの自分を否定されたと思ったのかもしれない。
『でも、そんなことはないんだ。りかは、りかのままで良かった。何も知らない他人の目を気にして自分を偽ることなんてなかった。表面を……、わずかなりかを見て判断していたに過ぎない……』
だから、悩むことなんてなかった。僕たちは、そのままの君と友達になったんだ。そんな奴らよりも、君を認めているんだ。
彼女の死の原因を突き止めることは、簡単なことだ。——知っている誰かに聞けばいい。でも、それは故人を辱めることになるかもしれない。だから、ただ彼女の苦しみを想像して寄り添うことにした。
彼女の苦しみや悲しみを理解しようとした。
如何しようも無いバカだ。事故死にすれば、仕方がないと少しの期間で切り替えられたかもしれない。スッと割り切れていたかもしれない。でも、僕は、そうしたくなかった。
少しでも長い期間を誰かがりかの死を考えて、苦しみや悲しみを理解しようとしていることをりかには知って欲しい。
りかは、誰からも見向きもされない人間なんかではなく、誰かがりかのことを認め、彼女の死を悲しむ人がいることをわかって欲しい。
ただの自己満足でしかない。死んだ人には、伝わらないかもしれない。でも、それでもいいのだと——。
桜は、一斉には咲かない。一輪ずつ、ゆっくりと花開く。
一輪咲かない桜を見て、摘み取る人はいない。小さな蕾を待ち遠しく待つんだ。
……、迷わず、突き進むことは難しい。迷ってしまったら、僕は、君のことを思い、少し立ち止まることにする。
君は、あちらで悲しみに暮れずに笑いながら過ごしてほしい。
ここに記す。