立場と心
季節は夏になろうとしていた。屋敷の水洗化は、着々と行われていた。
全体の管理はミアが行っているが、作業員との直接なやり取りはジェイクが行っていた。幼く女であるミアが指示しているとなると、反発を受けることを避けるためである。ジェイクも十分幼いのであるが、ミアが開発したものは、表向きはジェイクが開発したことにしており、一部では神童とも呼ばれているため、反発するものは少なかった。
「この水道管と排水管は交差しないようにしてください。」
「ジェイク君は偉いな。おっちゃん達にまかせな。貴族のお偉さんは若い子に無茶言って大変だな。何かあったら言ってくれよ。」
「いえ、平民の自分には多すぎる給金を頂いてますし、勉学まで与えてもらってますから、少なすぎますよ。」
「うちの倅に爪の垢でも飲ましてやりてえよ。頑張りなっ」
「はいっ!!」
その日の作業が終了し、ジェイクがミアの部屋に報告に来た。夕食前のこの時間なら稽古も終了しており、たいてい空いていることが分かっている。
「ジェイクです。ミアお嬢様に今日の報告に参りました。」
いつもなら、元気よくミアが出迎えるのだが、部屋の中を見せないようにしてステラが出てきた。
「ジェイク様、お疲れ様です。お嬢様が手を離せない用事があるため、本日は私が承ります。また明日から暫くの間、朝の指示は無く、指示書をお渡ししますので、侍女控え室におこしください。」
「はい…。」
このように指示書を与えて、直接話をしないということは今だかつて無かった。
ミアと会わない日が1週間続いた。8才の子が書いたとは思えないくらい指示書は完璧だったため、仕事場には影響が出ないのだが、ジェイクは胸のなかに芽生えた違和感を感じていた。
そんなジェイクを心配するように、ジェイクの祖父のマシューが休憩時間に訪ねてきた。
「ジェイク、仕事場どうだ?順調か?」
「あぁ、遅れもなく順調だよ。」
「順調なのに、暗い顔なのはどうしたんだい?」
「…。へへっ、じいちゃんには敵わないな。いつも振り回されていたのが無くなって何か変なんだ。今も直接じゃないのに振り回されてるのにさ。面と向かわないと物足りなさを感じるんだ。俺、おかしくなっちまったのかな?」
「寂しいって事だろ。可愛い孫には申し訳ないが、お嬢様とお前の住む世界は違う。これからもっと、こんなことが続く。慣れるしか無いとしか、じいちゃんは言えない。だが、朗報をやろう。何の生き物に憧れるか?」
「えっ?生き物?ペットで気を紛らわせるってことか?」
「詳しくは言えないけど、ペットではないぞ。何でも良いんだぞ」
「う~ん。じゃあ、龍かな。 どんな生き物よりも強そうだし、いざとなったら、飛んでどこにでも行けるだろ?」
「龍とは凄いとこきたな。こりゃあ、お嬢様頑張るしかないな。」
マシューの最後の言葉は、休憩終了の合図で消されてしまい、ジェイクの耳に入ってくることは無かった。