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金曜日

 長かった合宿のプログラムが全て終了し、東方学園の生徒たちは荷物を纏めて帰る準備をしていた。事件のせいで重々しい空気が漂う中で、ただひとり僕はあの少女のことを考えている。これってやはり不謹慎なのか? いや、1人の人を救う大切な任務じゃないか……そうやって自問自答している僕に入江が声をかけた。


「保坂、やはり残るのか?」

「ああ、断られはしたけど彼女の英断を信じて待っているよ。みんなには『用事があるから先に帰ってくれ』と伝えてもらえるかな」

「わかった、幸運を祈るよ」


 そう言って僕らは互いに握り拳をぶつけ合って別れを告げた。


 みんなが帰って行った後、あの場所で僕は少女を待った。しかし待てど暮らせどなかなか彼女は姿を見せなかった。


(やはり来ないのかな。結構はっきりと断られたしな……)


 そう思った時、背後から透明な清々しい声がした。


「お待たせしました」


 振り返るとあの少女が笑顔を浮かべてそこに立っていた。


「来てくれたんだね……」


 僕は嬉しくなり、歓迎の意を表してそう言うと、少女もまた話し出した。


「夕べはあんなこと言ったけど……後から考えるとあなたの言う通りだと思ったの。今のままでいるよりも、私自身が身辺整理して会の活動に参加する方が仲間たちを、いえ、同じ境遇にある全ての人たちを救うことができるかもしれない……だから私を連れて行って下さい、どこかの誰かさん」

「僕の名前は……どこかの誰かさんじゃなくて、保坂敬といいます」

「じゃあ保坂さん、よろしくお願いします。ちなみに私は秋田(みお)と申します」


 僕たちはそうやって改めて自己紹介すると、何故か二人とも笑いが込み上げて来て、しばらくそれが止まらなかった。


 二人の笑いが収まったところで、僕はシリアスな調子で言った。


「残念だけどこうしてゆっくりしていられないんだ。君が脱走したこともじきに気づかれるだろうし、刑事さんも僕らを待って校門の辺りで待機してくれているんだ」


 秋田さんは僕の目を真っ直ぐに見て頷いた。僕はそんな彼女の手を引いて、注意深く周囲を見渡しながら校門の方へと歩いて行った。人影が見えれば二人で物陰に隠れ、いなくなればまた先へ進む。何だかそれもスパイ映画の主人公になったような気分で楽しかった。


 しかしそんな楽しい気分も校門の近くまで来た時に一気に吹き飛んだ。いかにもヤクザ風のガラの悪い男たちが数人、校門の辺りをウロウロしていたのだ。


「まずいな……脱走のことがもうバレたのかな」

「やっぱり私、戻るわ。保坂さんまで危険に巻き込むわけにいかないもの」

「いや、もう後には引けないよ。何とか突破する方法を考えよう」


 僕たちがそんなことを話し合っていると、何処から来たのか入江と古川、そして西城がラケットが持って現れ、ヤクザたちの方へ近づいて行った。そして三角形に陣を組んだかと思うとラケットでボールを打ち合い始めた。


「あいつら何やってるんだ?」


 ヤクザたちもポカンと彼らを見物していたが、西城が突然入江の頭上高くロブを上げたかと思うと入江がその高く上がったボールを思い切りスマッシュした。ボールは凄まじいスピードでヤクザの顔面に命中した。


「このガキ! なめとんかワレ!」


 次の瞬間、ヤクザたちは入江たちに襲いかかった。そして入江は僕に目で合図していた。


 ──今のうちに行けよ──


 しかし彼らを放っておけない僕は秋田さんに言った。


「僕も彼らに加勢する。校門の前に紺のクラウンが停まっている筈だけど、それが刑事さんの覆面パトカーなんだ。僕たちがヤクザたちを引きつけている間に秋田さんは刑事さんの所に行ってくれ。そして、高校生がヤクザに襲われているから警官を寄越すように頼んで欲しい」

「ええ? でも……」

「いいから、頼んだよ」


 僕は有無を言わさずにそう言い残して入江たちのところへ飛び込んで行った。秋田さんは僕たちを気にしつつも、僕の言う通りに覆面パトカーへと向かった。


 僕らがヤクザの袋叩きにしばらく堪えていると、警官たちが駆けつけて来た。それによって僕は秋田さんが無事にパトカーにたどり着いたんだと知り、安心すると同時に気が抜けて意識が遠のいて行った。


 ……気がつくと、僕はベッドの上に寝ていた。そして意識がはっきりしてくるにつれて体のあちこちに激痛を感じた。


「いててて……」


 それは僕の声ではない。あちこちからそんな声が聞こえてくる。顔を上げて見ると、入江、古川に西城もいてベッドに横たわっていた。


「ここ、どこ?」


 僕が誰にともなく訊くと、入江が答えた。


「病院だよ。保坂は気を失っていたから知らないだろうが、あれからみんな救急車で運ばれてここへ来たんだよ」

「そうか……みんな迷惑かけたな」

「何言ってるんだよ。それよりあの子、無事に白蓮の会にたどり着いたみたいだよ」

「よかった……本当によかったよ」


 僕がそう言うと、病室の扉がガラガラと開いて誰かが入って来た。サンタマリア学園の富永先生だった。


「富永先生、どうしてここに?」

「一応合宿中は監督責任があったからな。しかし君たち、ヤクザに喧嘩を売ったそうだな。若気の至りとは言え無茶にも程がある」

「別に……遊んでいたボールがたまたまヤクザにぶつかって……」

「下手な弁解だな。わかっているぞ、君たちはあの学園の秘密を探ろうとしたんだろう。だが、忠告しておく。もう2度とこの件には関わるな」

「先生も……もしかして“やつらの”協力者だったんですか」

「余計な詮索はするな。とにかく忠告はしたからな……若い命を無駄にするんじゃない」


 富永先生はそう言って部屋を去った。その後、富永先生は警察に出頭した。松島、天野、加藤先生を殺したのは自分であると自供したのである。その取調べを佐藤警部補が行なった。


「あなたは東方学園高校の生徒である松島健と天野宏昌、さらに同校教師である加藤雄二を殺害したと供述していますが、これに間違いはありませんか」

「はい、間違いございません」

「まず松島健と天野宏昌を殺害した時の状況を話して貰えますか。またその動機は何だったのでしょうか」

「私は最近家庭でのストレスで非常にイライラしていることが多かったのです。そんな時に遠征してきた学生たちが生意気な態度を取ったもので、ついカッとなって殺してしまったのです」

「松島は校舎の屋上から転落、天野はプールでの溺死……出来心で偶発的に殺してしまったというには少し手の掛かった殺害方法であるように思えますが」

「彼らは私の指導方法に物言いをつけるためにそれらの場所に呼び出したのです。そこで口論になった勢いで殺めてしまった……ただそれだけのことです。天野の衣服を脱がせたのは事故死に見せかけるためのささやかな工作にすぎません」

「では加藤先生はなぜ殺したのですか」

「加藤先生は松島と天野の死に関して私のことを疑い、追及してきたので口封じのために殺しました」

「そうですか……でも富永さん、あなたの供述は私が集めた情報から推測されることからずれていますね」

「ずれていると言うと……あなたはどんな推測を立てておられるのでしょうか」

「東方学園のある生徒の話では、松島と天野はサンタマリア学園の“見てはいけないもの”を見てしまったそうです。松島はすぐさまそのことを顧問の加藤先生に相談した。ところが加藤先生は“見てはいけないもの”を主催する組織の協力者だった。それで松島が見たことを組織に報告したところ、すぐさま殺された。翌日、天野からも相談があったが同じように殺された。そして組織の命を受けた刺客が富永さん、あなたですね」

「くだらない戯言ですね。私は確かに彼らを殺しました。しかし、そんな組織のことなど知らないし、無論関わりもありません」

「富永さん、調べたところあなたは多額の借金をして返済不能になっておられますね。そしてあなたがカネを借りている金融機関は華獣組の企業舎弟でした。“組織”も華獣組に属する一団体……つまりあなたは借金を返済する代わりに“組織”への協力を強いられているというわけです。そして加藤先生は“組織”の秘密を生徒に漏らした。その制裁をあなたは“組織”から命じられた、これが真相じゃないですか」

「……私はすでに話すべきことは話しました。後のことは黙秘します」


 佐藤警部補は“組織”による人身売買について切り込みたかったが、富永はあくまでシラを切った。警察はあくまで富永本人の意志で行われた殺人事件として送検することになり、佐藤警部補はそのことを捜査一課長に抗議した。だが、どこぞの権力者が圧力をかけたのか、佐藤警部補の発議はあっさりと一掃された。その無念さに拳を握り締めながら、いつの日か必ず真相を暴いてみせると佐藤警部補は固く心に誓った。


 一方、秋田澪は白蓮の会の作田綾子代表と今後のことについて綿密に話し合った。彼女は未成年のため作田綾子が後見人となり、事情が許すまで匿うことになった。


 僕は入江、古川、西城と共に無事退院した。高橋も意識を取り戻し、退院することが出来た。僕は病院を出たその足で、すぐに白蓮の会を訪問した。その時、作田代表は僕にこう言った。


「秋田澪さんを取り巻く環境はとても複雑なの。ほとぼりが冷めるまで身を隠した方がいいと私たちは判断しました。申し訳ないけど、その隠れ家の場所はあなたにも伏せておくわね。彼女の身辺整理が済んだらあなたにも知らせたいと思うのだけど、それまで待てるかしら?」

「……はい。いずれにせよ今の僕は高校生で秋田さんと一緒になるには若すぎます。将来彼女と再会する時、大手を広げて彼女を迎えることができる一人前の大人になれるよう頑張りたいと思います」

「立派な心がけね。一度彼女に会ってお話しする?」

「はい、お願いします」


 そしてしばらくすると秋田さんが現れた。それは白いドレスでも修道服でもない、ありのままの彼女の姿だった。


「保坂さん、本当に色々ありがとう」


 彼女は透き通った、温もりのある声で僕にそう言った。


「ううん。秋田さんもこれから大変だろうけど、全てうまくいくと信じている。僕は……その時を必ず待っているよ」


 僕がそう言うと彼女は朗らかな微笑みを浮かべた。そして二人の間からは温かな歓喜があふれ出て、とどまることを知らなかった。


 終

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