メッセージ
加藤先生がぶら下がっていたバスケットゴールの傍にはバレーボールの審判台があった。もしこれが最初に起こった事件であれば、加藤先生自身がこれに登ってバスケットゴールに紐をくくって首を吊った……という筋書で片づけられたかもしれない。だが、さすがに不審な事件が度重なったことで、警察も初動から刑事事件を前提に捜査に当たった。所轄の強行班係や鑑識、そして機動捜査隊などが現場に押し寄せて殺人事件の様相を醸し出していた。
少し遅れて捜査一課の佐藤警部補という刑事がやってきて、僕らに事情聴取した。そこで僕は加藤先生や古川から聞いたことなど、一部始終話した。一通り話を聞いた佐藤警部補はおもむろに言った。
「この学校の“見てはいけないもの”、そして“やつら”の正体か……こちらで色々調べてみよう。君たちは危険な目に合わないよう、くれぐれも慎重に行動してくれ」
「わかりました……よろしくお願いします」
加藤先生の口から真相を聞き出す機会は永遠に失われた……僕はそのことで無念な思いを抱きながら宿舎の部屋に戻った。部屋の扉を開くと、一枚の紙きれがヒラヒラ舞い落ちた。拾ってみるとそこには二重の長方形と髭面の男の顔が描かれていた。
「何だ、これ?」
僕がそう言うと、入江と西城が紙切れを覗き込んだ。入江は「何かの暗号かな? 一体誰が書いたのだろう」と言い、西城は紙面をにらみながらじっくり考えていたが、しばらくして思うところを述べた。
「この二重の長方形はスマートフォンじゃないでしょうか」
「そうか、言われてみればそう見えるな……髭面の男は何を意味するんだ?」
「もしかしたらこれ、ザビエルかもしれませんね……」
言われてみれば、外人顔でいかにもザビエルらしかった。
「片方がスマホだとすると、これはパスコードかもしれませんね。普通スマホのパスコードは4桁の数字です。ザビエルが日本に到来したのは1549年、『以後良く広まるキリスト教』で、これがパスコードなのだと思います。この暗号を書いたのは……社会科教師である加藤先生でしょう」
「だとすると加藤先生の部屋にスマホがあって、そこに僕らへのメッセージが残されているのかもしれない」
僕と入江、西城そして古川は早速加藤先生の部屋に入った。警察の捜査も入ったはずだが、所持品についてはほとんど手つかずで置かれてあった。
「よし、手分けしてスマホを探そう」
僕らは部屋の中を探してまわった。30分ほど経って古川がテレビの裏に置かれていたスマホを発見した。そしてボタンを押してパスコードが要求されると1549と入力した。
「ビンゴ! ロック解除されたぞ。あとはメモを探すだけだな」
「……あれ? メモが何も残っていないぞ」
「ボイスメモじゃないか?」
そしてボイスメモのアイコンをクリックすると一件の新規録音が保存されていた。録音日時を見るとちょうど僕らが加藤先生と別れてから少し経った時間だった。
「これで間違いなさそうだ。再生してみよう」
入江がそう言って再生ボタンを押した。数秒して加藤先生の声が流れ出した。
──保坂、入江、お前らがこれを聞いているということは俺はもうこの世にいないということになるな。お前らがこの話を聞くと場合によっては今の俺のようになるかもしれない。それくらいの覚悟を持って聞いてくれ。
サンタマリア学園には非公式の夜間学級がある。非公式だから無論一般公募などない。そこで学んでいるのは“やつら”が連れてきた少女たちだ。日本の法律では人身売買が禁じられているのはお前らも知っているだろう。だが、様々な形で今もなおこの国で行われているのが現状だ。最も顕著な例は借金のカタに風俗に売られていく女たちだろう。
“やつら”はその中でも“上物”を高額で買い取り、大富豪や大物政治家などに“妾婦”、つまり側室として高く売って儲けているのだ。その“商品”を上流社会に適応できるよう、いわゆるお嬢様教育をしているのがサンタマリア学園の夜間学級というわけだ。“商品”は普段目立たないようにシスターの恰好をさせられている。
松島や天野が目撃したのは彼女たちの品評即売会だ。これはこの学校で定期的に開催されているもので、そこで彼女たちが大富豪や大物政治家などに気に入られれば妾婦として買い取られていくという仕組みだ。
サンタマリア学園は経営の失敗で多額の借金を背負うはめになった。その肩代わりに“やつら”は“商品”の教育を強要しているんだ。かく言うこの俺も闇金への借金で“やつら”の奴隷となり、この夜間学級の社会科教師を任されたというわけだ──
僕は加藤先生の話を聞いて愕然とした。あの少女がそんな酷い境遇にあったなんて……。
(何としてもあの子を助け出したい。だけど、どうしたらそれができるだろうか……)
僕がそんな思案に暮れていると、入江が気にかけて言った。
「どうしたんだ。さすがにショックか」
「もちろん……だけど本当のことを言えばね、もっと気になっていることがあるんだ」
僕は自分の思いを入江に打ち明けた。月曜日の夜、月夜の下で踊る少女を見て一目ぼれしてしまったこと、それがシスターだと知ってショックを受けたということ、さらには彼女がこんな境遇にあることを知って何とか救い出せないかと考えていること……。
「一目ぼれなんて青臭いと思うだろ、でも僕は真剣に彼女のことを思って胸が張り裂けそうなんだ」
「保坂、一目ぼれだろうと何だろうと、人を好きになるということはとても尊いことだと僕は思うよ。ところで保坂の話を聞きながら、県内に白蓮の会というNPO法人があるのを思い出したんだけど、もしかしたら助けになってくれるかもしれない」
「白蓮の会?」
「何でも、借金のカタに風俗などに売られた女性を救出するための活動をしている団体だそうだ。風俗店を抜け出した女性を匿ってたり、借金の問題を解決する手助けをしたりするという話だ」
僕はその話を聞いて希望の光が見えてきた気がした。
「それだ、それしかない。その住所などはわかるかな」
「わからないが、ネットで調べたら出てくるんじゃないか」
そこで僕は西城に頼んでインターネットでNPO法人白蓮の会の連絡先を調べてもらった。するとここから20㎞ほど離れた場所にその本部はあった。僕は自転車でそこに行くことにした。学園の自転車置き場に行き、長らく使っていなさそうな古い自転車を選び、西城に開錠してもらった。
「終わったらちゃんと返してくださいよ。じゃないと犯罪になりますからね」
「ああ、わかったよ。午後の練習、体調が悪いとか適当な理由つけて休むと伝えてくれ」
「はい。でも顧問の先生いないから、敢えてだれも咎めないと思いますが……」
僕は西城に手を振って自転車のペダルを踏んだ。古いだけあって乗り心地は快適とは言えず、坂道の多い20㎞の道のりは結構こたえた。しかも目的地は小高い丘の上にあったので、到着した時はヘトヘトだった。NPO法人の本部と言っても普通の民家であり、表札の横に書かれた“NPO法人白蓮の会”という文字に気がつかなければだれもそこが本部だとは思いそうになかった。
僕が恐る恐るインターホンを押すと「はい、どちら様でしょうか」という女性の声が聞こえた。
「あの……実はここで風俗嬢の救出などの活動をなさっておられると聞いたんですけど、そのことでお話がありまして……」
「はい、今そちらに参ります」
そして出てきたのは40歳前後と思われる強面の女性だった。彼女は少々ぶっきらぼうに言った。
「お話を伺う前に身分証明書を提示していただけますか?」
僕は恐る恐る生徒手帳を見せた。すると相手の女性はギロッと僕を睨んで、
「何で高校生がこんなところに来るのよ?」
と、荒々しい口調で言った。僕はドギマギして、
「ええと、ええと」
と何を言えば良いか分からなくなった。本当にここで彼女の救出など引き受けてくれるのだろうかと、不安な気持ちに襲われた。
「まあいいわ、上がって」
「は、はい」
僕はわけもなく慌てた調子でその女性の後について行った。