火曜日
僕らが松島の変わり果てた姿をしばらく見つめていると、2人の警察官がやって来た。彼らはまず自己紹介から始めた。
「初芝公園前交番の田中巡査長です」
「同じく鈴木巡査です。第一発見者の方はどなたですか?」
「はい、私です。当学園教師の青野と申します」
「では青野さん、亡くなったこの少年はここの生徒さんですか?」
すると加藤先生が割り入って言った。
「いえ、彼はウチの生徒で松島と言います。申し遅れましたが、私は東方学園の加藤と申します。彼はテニス部の遠征で私がここに引率してきました」
「そうでしたか、ご愁傷様です……お聞きしたいんですが、松島君は何か思い悩んだり、生徒同士のトラブルに巻き込まれていたなんてことはありませんか? 例えば……イジメですとか」
イジメという言葉に反応して、生徒たちは思わず古川の方を向いた。それで古川は慌てて弁解した。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ。僕は確かに松島君の使い走りをしていましたが、別にイジメにあっていたわけではありません。ただ何となく松島君に頼まれたら断りにくいっていうか……」
すると田中巡査長は古川を安心させるように穏やかな調子で言った。
「いや、私は松島君がイジメの被害者なのかと聞いたつもりだったんですが、君の話を聞くとそれはなさそうですね。実はこの校舎の屋上からこんなものが見つかったんです」
そう言って田中巡査長が見せたのは、A4の紙にプリントアウトされた文書だった。そこにはこう書かれてあった。
──遺書 生きて行くのが嫌になりました。さようなら。 松島健──
「まあ、ですから悩み抜いた末に投身自殺したのでしょうが、何か動機に心当たりありませんか?」
すると生徒の1人が言った。
「最近、松島のお父さんの浮気が発覚してお母さんが家を飛び出したそうです。それで家庭が無茶苦茶だとか……」
「なるほど、そういう事情でしたか。家庭崩壊を苦に飛び降り自殺……これで決まりですね」
僕は話を聞きながらそんな簡単に自殺と断定して良いのかと疑問に思った。遺書だってワープロ書きだし、そもそも他校の校舎から飛び降り自殺なんて不自然じゃないか。
田中巡査長は事なかれ主義なのか、刑事事件に発展するのを避けている様子が窺がえた。そんな警官たちに古川が恐る恐る声をかけた。
「あの……実は僕たち……」
古川がそう言いかけた時、天野が慌てた様子で古川を手で制し、作り笑いを浮かべて言った。
「な、何でもありませんよ。こいつ、時々変なこと言うので……」
田中巡査長と鈴木巡査は天野と古川のやりとりを大して気に留めるでもなく、その場を去って行った。僕は天野が何かを隠そうとしているのが気になった。噂通り、本当に聖母マリアの目が動くところでも見たのだろうか?
警察の取り調べが終わって僕らが合宿所に戻る最中、向こうから修道女の集団がやって来るのが見えた。
「ふうん、この学校にはシスターさんがいるんだね」
僕が何となく言うと、入江もまた何とはなしに受け応えた。
「ここはカトリック系の学校だからな。当然いるさ」
ところが修道女たちとすれ違った瞬間、僕はドキッとした。
群れの中に、昨夜出会った白いドレスの美少女を見つけたからだ。僕は幻でも見ているかのようにしばらくボーッとしていたが、少女と目が合ってハッと我に返った。さらに彼女が軽く会釈してきたので、僕も慌ててペコリと頭を下げた。
(また会えたね……)
僕は彼女の後姿を振り向きながら、淡い恋の予感に胸を躍らせた。
だがそれも束の間、あることに気づいた僕は愕然となった。それは……
「なあ入江、シスターさんって結婚出来ないんだよな」
「そりゃそうだろ、イエス様と結婚した人だからな。人間の男と恋したら不倫になるんじゃないのか」
僕は夢心地から一気に奈落の底に落ちた気分だった。いくら彼女に恋をしたとしてもそれが実ることはないんだ……彼女が修道女である限り。
本来なら友達の死を悼むべきだろう。しかし僕の頭の中は白いドレスの美少女のことでいっぱいだった。そんなささやかな罪悪感と実らぬ恋への煮え切らぬ感情が混ざり合い、悶々とした気分で僕は午後の時間を過ごした。
夕食が終わり、僕は合宿所の部屋に戻った。当然松島はいない。だが、天野の姿も見当たらなかった。
「天野がいないな。誰か知らないか?」
入江が誰にともなく問いかけると、高橋が面倒くさそうに言った。
「どうせまた女のケツでも追ってるんだろ。心配ないよ」
「こんな夜中にか? さすがに女子たちは帰宅してるだろ?」
やがて消灯時間となったが、天野は帰って来なかった。さすがにおかしいと思い、僕たちは加藤先生に報告した。
「そうか。松島の事もあるし少し心配だな。みんなで手分けして探そう。ただし1人では危険だ。2人1組で行動しよう」
加藤先生は高橋とペアを組み、残りは西城と古川、そして僕と入江という組み合わせとなった。
僕は入江に言った。
「天野がこんな時間に行くとすればどこだろう」
「高橋の言うように女の尻を追いかけたとすれば……もしかして修道女さんたちが寝泊まりしている所じゃないか?」
“修道女さんたちが寝泊まりしている所”と聞いて、僕はドキッとした。あの少女のことが頭に浮かんだのである。
僕と入江は昼間に修道女たちとすれ違った場所を手掛かりに、その場所を探すことにした。
「なあ入江、松島たちはもしかして本当にマリアの目が動くところ見たのかな」
「バカ言うな。だが取り調べの時、天野の様子は明らかに変だった。何かヤバイものを見たという可能性はある」
そんな会話をしていると、僕の携帯が鳴った。高橋からだった。
「すぐにプールへ来い! 天野らしい奴がプールに浮かんでいるんだ!」
その知らせを聞いて僕と入江は顔を見合わせ、すぐさまプールへ向かった。