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その夜

 23時30分、同室の補欠メンバー7人はこっそり部屋を抜け出した。セキュリティ関係に詳しいという、電波系ニヒリスト西城義則が安全なポイントを指導し、一同は合宿所から抜け出した。


 メンバーは次の通り。


 保坂敬……僕

 入江隆俊……親友

 西城義則……電波系


 天野宏昌……下ネタテラー

 松島健……ヤンキー系

 古川正文……パシリ

 高橋涼真……モテ男


 一行はすぐに体育館に到着したものの、当然のことながら体育館はしっかりと施錠されていた。西城が鍵穴を注意深く覗き込みながら言った。


「ここには防犯対策がされていないようですね……これならピッキングで開くかも」

「おう、流石だな。頼むぞ」


 天野がそう言うと、西城はどこにしまい込んでいたのか、ピッキングの道具を取り出して体育館の鍵穴と格闘し始めた。ところが、思いの外作業が難航し、松島が痺れを切らし始めた。


「おい、まだ開かないのかよ。もういい、俺たちで他の入口探そうぜ。どこか窓の締め忘れがあるかもしれない」


 松島はそう言って体育館の裏側へと歩いて行き、天野、古川、高橋の3人もそれについて行った。

 僕と入江は西城が懸命に作業しているのを見守っていた。その内に僕は催してきてしまった。


「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」

「大丈夫ですよ。まだかかりそうですから、ゆっくり行ってきて下さい」


 西城の言葉に見送られるように僕はその場を離れてトイレを探した。が、考えてみればこんな真夜中にトイレが開いているわけがなかった。


(しかたない、立ちションか……)


 誰も見ていないとは思ったが、一応人目につかない場所を選んでそこで用を足そうとした。

 するとその時、ガサッという物音がして、咄嗟に僕は茂みに身を隠した。そして中庭の方を見ると何やら白い物がヒラヒラと舞っていた。


(もしかして……出たか?)


 だが暗闇に目が慣れてくると、それは月明かりに照らされた、白いドレスを着た少女だということがわかった。彼女は花壇の前で何か踊っているようだった。


(ダンス? こんな真夜中に1人で?)


 彼女は踊りながらクルクル回ったかと思うと、ピタッと止まり真正面に僕の方を向いた。その時、彼女が絶世の美少女であることがわかった。


(きれいだな……)


 そうやって夢見心地でいると、彼女がこちらをジッと見ているのがわかった。どうやら僕の存在に気がついているらしい。そう観念して僕は茂みから出てきて、とりあえず何か言おうとした。


「あ、あの……」

「……」


 少女は無言で僕に微笑みかけた。とても美しい笑顔だった。


「ト、トイレ、どこですか?」


 我ながら馬鹿な質問だと思ったが、少女は微笑みを絶やさず、ある方向を指差した。


「ありがとう、こっちですね」


 そして少女が指差した方向に100mほど歩いていくと、扉のない公衆便所がそこにあった。僕はそこで勢いよく用を足した。


(ああ、助かった)


 元の場所に戻ってみると、さっきの少女の姿はもう見当たらなかった。でも、彼女の姿は僕の心にくっきりとした跡を残していた。


(きれいだったな、さっきの子……)


 僕はどうやら一目惚れしてしまったらしい。さっき見た白いドレスの舞がいつまでも頭の中でリピートされていた。そんな状態で体育館の入口に戻ってみると、西城は相変わらず鍵と格闘中だった。


「なあ、もういいんじゃない?」


 既にマリアの絵などどうでもよくなっていた僕が言うと、入江も「そうだな」と相槌を打った。そこで僕らは西城に作業をやめさせ、松島たちが戻って来るのを待った。

 しばらくすると、松島たち4人が戻ってきた。


「結局、こっちの鍵は開かなかったよ。もう合宿所に引揚げようと思うんだが……」


 入江がそう言うと、松島が力なく答えた。


「うん? ああ、そうだな」


 暗がりでよくわからなかったが、彼ら4人は一様に顔が青ざめているように見えた。


「君ら、何かあったのか?」


 僕が聞くと、松島は一瞬ビクッと反応したように見えたが、すぐに落ち着きを装って言った。


「何でもない。もう遅いから寝よう」


 さっきの勢いは何処へやら、松島はすっかり気が抜けた様子だった。それは他の3人も同様だった。彼らはそれから寝室に入るまで何も話さなかった。


 松島たち4人の様子は気になったが、それよりも僕は白いドレスの美少女のことで頭が一杯だった。彼女がいつまでも頭の中で踊っているので中々寝付けなかった。


(あの子に……また会いたい)


 その思いを打ち消そうとすればするほど、僕はあの少女への恋心の虜となっていったのだった。


 翌朝、起きてみると部屋の中に松島の姿が見えなかった。


「松島どこへ行った? 朝食の時間まで大分あるというのに」


 僕の問いに天野が答えた。


「朝のランニングじゃないか? あいつ、ああ見えてなかなか練習熱心なところがあるからな」


 天野の言う通り、松島の練習熱心は部内で評判だった。見た目はヤンキーでも根は真面目なのだ。


 ところが、朝食の時間になっても松島は現れなかった。それで顧問の加藤先生が僕らに聞いてきた。


「お前ら、松島と同じ部屋だろ。見かけなかったか?」

「いえ、僕たちが起きた頃には部屋にいませんでした。自主練やってると思ってあまり気にしなかったんですが……」

「そうか。どこへ行ったんだ、あいつ」


 加藤先生がそう言っているところにサンタマリア学園の青野という教師が血相を変えてやって来て、加藤先生に耳打ちした。


「すみません、急いで来て下さい。お宅の生徒さんらしき若者が血を流して倒れているんです……」


 それを聞いて加藤先生は青野について行った。


「お前たちはここで待っていろ」


 加藤先生はそう言ったが、僕たち同室のメンバーはこっそり後をつけた。


「こ、ここです」


 青野が連れて来たのは、5階建校舎の下だった。そこで血を流して倒れていたのは、朝から姿を消していた松島健で、明らかに校舎の上からの転落したものと思われた。


 加藤先生は僕たちの姿を見つけると、鬼の形相で怒鳴った。


「近よるんじゃない!」


 僕たちは何が起こったのかよく飲み込めず、ただ呆然と立ち尽くしていた。


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