(3)
「どうして、そこまで頑張れるの?」
昔一度だけ、そう彼女に聞いたことがある。
運動場が使える時間は限られている。他の部活も使うため、決まっている時間になれば交代しなければいけないからだ。
その日は、放課後から一時間半後の五時には、交代することになっていた。
放課後は六時まであるのだから、後一時間は運動場以外で練習することが出来る。
だがそれでも、ほとんどの部活生は帰ってしまう。
運動場を使ってみっちりと練習した後に、筋トレなんてする気が起きないからだろう。特に上級生なんかは。
そしてゴールデンウィークが過ぎ、梅雨も過ぎ、そろそろ夏休みに入ろうかというこの時期に至っては、新入生ですらも帰ってしまっている。
そんな中、お世辞にも設備が整っているとは言えないトレーニングルームで、一人練習に明け暮れていた彼女に、そう訊ねたのだ。
「…………」
柔軟体操を止め、しばらく私を見つめたかと思うと……少し視線をそらして何かを考え、再び私と目を合わせる。
「わたし中学時代は、陸上競技なんてやっていなかったんです」
静かな声だった。
思えばこの時になって初めて、私は彼女の声を――周りの雑音が混じっていない彼女だけの声を、聞いたように思う。
「だから、周りに追いつくためにも、努力しているんです」
「でもそれは、既に実ってきていると思うけど?」
夏休みが明け、秋の大会が近づく頃になってようやく、彼女は「天才」として評価されてくるのだが……こうして二人で話した時でも、既に彼女はかなりの速さだった。
「だったら、友達と一緒に帰った方が良くない?」
「……何を話したら良いのか……その……」
語尾は小さくなって消えていく。
口下手なのだろう。
そしてだからこそ、目立たない子なのだろう。
だからまだ、この時は速くなってきている彼女が、あまり注目を浴びていなかった。
「話したいことを話したら良いと思うけど? ほら、私も同じ部員なんだし、何かない?」
「何か……何か、って言われても……特には」
「そ。じゃあ、私から色々聞いても良い?」
「え?」
「例えば、去年のあなたとか」
こうして私は、彼女と友達になった。
私が色々と聞いて、彼女がそれに答えてくれる。
そんな一方通行の、友達と勝手に思い込んでいるような、そんな関係が結ばれた。
そしていつかきっと、こうして話すことに慣れた彼女は、多くの友達を作るだろう。
ここに来る頻度が減るかもしれない。
もしここに来続けたとしても、話すことで友達が増えていれば、その人経由で周知されていくことになるに違いない。
彼女の努力が認められる。
それは、私が望むことに他ならない。
頑張っている姿は、認められるべきだ。
友達として。