7.ダンジョンって聞くとテンション上がる? いや、俺は上がりません。だってダンジョンの中は危険がいっぱいだもん。お宝を手に入れることもあるけど基本的にモンスターの巣窟ですよ。え? 出会い? ないない。
「ぴぃぴぴぴぴぴぴ」
「あ、うん。そうだな、とりあえずこの子の手当てをしないと」
呆然としていたデヴィッドはすらいちゃんの声で我に返る。
抱きかかえている少女は未だ血を流しているのだ。適切な応急処置をしなければ傷口が炎症を起こすこともある。
幸いというべきか、死んだとはいえ魔狼が猛威を振るっていたこの場所なら他のモンスターは寄ってこない。
きっとダンジョンに入ってからモンスターがいなかったのも魔狼から逃げていたからなのかもしれない。
――それか、すらいちゃんにビビっていたかのどちらかだな。
デヴィッドは気づくことができなかったが、モンスター同士ならどちらが強いかと察することもできる。ときには弱いモンスターが強いモンスターに牙を向くこともあるが、基本的に歯向かうことなく逃げるモンスターのほうが多いのだ。
名も知らぬ少女をそっと地面に降ろすと、水と清潔な包帯を腰のカバンから取り出して並べる。携帯していたポーションの蓋を開け、続けて地面に置いた。
まず水で手を洗い、ポーションを少しだけ手に垂らして殺菌をする。そして血が流れる少女の足に残ったポーションをかけると血が止まった。
もっと上質なポーションであれば傷そのものを消すこともできたのだろうが、昨晩すらいちゃんにほとんど使ってしまったので一般的なものしかない。
ポーションによって消毒と血止めができたことを確認すると手早く包帯を巻いていく。
「――ぅ」
傷の回復に痛みが伴うため、気付け代わりになったのか少女が瞼をゆっくりあけた。
「うわぁ」
今さらながら、デヴィッドは腕の中にいる少女が美少女だと気づいた。
亜麻色の髪をツインテールに結んだかわいらしい顔に思わず心臓が高鳴る。
開かれた青い瞳に光が宿ると、意思の強さがはっきりと見て取れた。
体躯こそ小柄ではあるが、動きやすさを重視した靴などから活発なのだろうと予想できる。
「あれ? 私……」
「大丈夫?」
「――っ、誰よ、ここはどこ?」
腕の中で少女が驚き暴れるも、いきなり手を離してしまうと怪我をする危険もあったので腕に力を入れて少女の動きを封じる。
「俺はデヴィッド・グリム。冒険者だよ。ここは王都から一番近いダンジョンの上層部。君は、魔狼に襲われて気を失っていたんだ。足の傷は手当てをしたけど、他にも痛いところがあるのなら言ってほしい」
「……そうだ、私――あいつらに置き去りに、囮にされてっ」
自身の身になにが起きたのか思い出した少女は、顔を歪めて涙を瞳にためていく。
少女の言葉から察するに、ダンジョンに挑んだものの、予想外のモンスターである魔狼に出くわし、仲間に見捨てられ囮にされたのだろう。
冒険者の中でも、もっともやってはいけない禁忌を彼女の仲間は犯してしまったようだ。
「助けてくれてありがとうございました。その、あなた、えっとグリムさんが魔狼を?」
涙を浮かべてはいるが、決して泣くものかと制服の袖で目元を拭った少女は自分の心を誤魔化すように問いかけてくる。
デヴィッドは少女の強がりを察してはいたが、気丈に振る舞えるのならダンジョン内ではそうしてほしかったため、見て見ぬふりをした。
「残念だけど俺は弱くてね。相棒のすらいちゃんが倒してくれたんだ」
「すらいちゃん? 誰?」
「ぴぃ!」
周囲を見渡す少女に、ここだよ、と主張するがごとく鳴き声をあげたすらいちゃん。
「えっと、スライム?」
「そう。この子がすらいちゃん。雄か雌かは知りません」
「そうじゃなくて、あの魔狼をスライムが倒したって、嘘ならもっとましな嘘をついてください!」
「残念だけど嘘じゃないんだよね。自分の目で見てもいまだに信じられないから、話だけ聞いた君が信じられないのもわかるんだけど……とりあえず今は無事であることを喜ぼうよ」
「そう、ですね。ありがとうございました。その、すらいちゃんもありがとう」
「ぴぴぃ!」
気にするな、とばかりに鳴くすらいちゃんに、少女がようやく笑みをこぼす。
だが、すぐに少女を変化させ、慌てはじめる。
「あのっ、魔狼を倒したならあれが手に入るはずなんですけど――痛っ」
「ほら落ちついて。目に見える外傷は消したけど、まだ痛いところがあるなら手当てしないと。手を離すからね」
「ごめんなさい」
デヴィッドが窘めると、恥じるように顔を伏せて少女は俯く。
なにか理由があってダンジョンに挑んだのだろう。訳ありのようだ。
「どこが痛いのか言ってくれるかな?」
「はい。――え?」
返事をした少女だが、なぜか視線がデヴィッドから逸れて信じられないものでも見ているように見開かれていた。
――凄く嫌な予感がした。
恐る恐る少女の視線を追いかけたデヴィッドは、予想通り無数の触手を展開しウネウネと荒ぶらせているすらいちゃんの姿を確認する。
「あのね、すらいちゃん」
「ぴぃ?」
「ひとつ聞きたいんだけど、どうして触手を伸ばしてうねうねさせているのかな? その触手で君はいったいなにをどうするつもりなのかなっ?」
「ぴぴぃ!」
返事と同時に触手が伸ばされた。
もちろんデヴィッドではなく、地面に力なく座り込む少女に向かって。
「ちょ――待って、待ちなさい! あんた、その触手で私になにするつもりよっ、駄目っ、待ってっ、お願い――助けっ、ねえ、あんたも見てないでっ、助けてぇ、お願――いやぁああああああああああああああっ」
抵抗しながらデヴィッドに助けを求めた少女だが、すらいちゃんの一切容赦ない触手に体中を絡めとられると卑猥な音とともに体を蹂躙されていく。
「ああぅっ、だめっ、そんなのぉだめぇ――いやっ、そこっ、だめだってばっ、私だって触ったことないのぃぃいいいいいい」
目の前で広がる少女の尊厳が汚されていく光景に――デヴィッドができることは、そっと目を背けることだった。
――できることなら見ていたいという邪な願望を必死に封じ込めて。
その後、数分、少女の悩ましくも艶のある声を聞きながら、デヴィッドは悶々とすることになるのだった。