6.ダンジョンって聞くとテンション上がる? いや、俺は上がりません。だってダンジョンの中は危険がいっぱいだもん。お宝を手に入れることもあるけど基本的にモンスターの巣窟ですよ。え? 出会い? ないない。
魔狼の巨躯に銃弾が命中したものの、獣は数歩下がっただけで痛手を様子も、逃げる仕草も見せてくれない。
「助けにきたのはいいけど、俺が弱いこと忘れた!」
再び引き金を引くも、銃弾は魔狼の固い体毛のせいで致命傷になることはなかった。
「図体がでかいから当てやすいのに――ちくしょうっ」
眉間や目を狙うも、さすがの魔狼も首をひねることで避ける。いくら銃弾が大した傷を負わせないからとはいえ、自らの弱い箇所に当たることは避けたいようだ。
魔狼は知能が高い。モンスターであることは変わらないが、飼いならすことができれば人間を主、もしくは相棒として慕うことも珍しくない。敵と味方をしっかり把握することができ、意思の疎通さえ可能な巨躯を誇る狼は敵にするとこの上なく面倒である。
大きな口に並ぶ鋭い牙ももちろんだが、四肢に備わる黒く鋭い鍵爪は人間の肉と骨を容易く切り裂くだろう。
「よりにもよってダンジョンの上層部で中層部のモンスターと出くわすなんて――ツイてないにも程がある」
もともと魔狼はダンジョンの外に生息するモンスターだ。人気のない森や山岳地帯を住処とし、基本的に動物を狩ることで生きている。
しかし人間が近づけば容赦はない。餌として狩られるか、人間が倒すかのどちらしかない。
一方、ダンジョンに生息する魔狼は傷を癒すため、魔力が豊富なダンジョン内で身を休める場合が多い。他には身重である場合や、自身よりも弱いモンスターを餌として子育てをする場合にも好んでダンジョン内で生活されることがわかっている。
つまるところ目の前にいる魔狼は餌を欲しており、傷つき血を流している少女と弱いくせに割って入ったデヴィッドを標的として定めている以上、引くつもりはないと思われた。
――絶体絶命である。
「あ――、やばい、弾がなくなった」
カチン、カチン、ともう銃弾が発せられることがない拳銃から虚しい音が響く。
冷や汗を流すデヴィッドの様子を察したのか、まるで笑うように魔狼が口を大きく開いた。
「まずいまずいまずいっ、これはもうすらいちゃんの眠れる力が開花することを期待するしかない――いやいやそんなこと起きないから、逃げの一手だから!」
少女を抱きかかえ、魔狼の隙を見て逃げ出そうとする。
追いかけられたら人間の脚力ではあっという間に追いつかれるだろう。背後から鍵爪で引き裂かれて鋭い牙によって租借されること間違いない。
せめて少女が目を覚ましてさえくれれば、彼女だけでも逃がすことはできたのかもしれない。
悔しさに唇を噛みしめたデヴィッド。
だが、そのとき――すらいちゃんが、魔狼とデヴィッドの間にぽよんと割って入った。
「ぴーぴぃぴぃ」
「マジっすか、戦う気満々っすか――いやいや無理だから。君スライム、向こう魔狼。戦闘力比べるまでもなく弱者と強者だから! 生まれ持った力の差に気づいて!」
無謀にも駆け出し冒険者の経験値になること必須であるスライムであるすらいちゃんが、経験を積んだ冒険者でもひとりでは滅多に相手にすることがない魔狼を相手に戦う気なのだ。
デヴィッドが無謀だと叫ぶのも理解ができる。
――しかし、
「ぴぃぃいいいいいぁあああああああああああああっ!」
大きく口を開いたすらいちゃんの口内に光が点り、
「へ?」
次の瞬間、すさまじい閃光がすらいちゃんの口から魔狼に向かって発せられた。
魔力を帯びた白い閃光は、魔狼の頭と体の半分を一瞬にして消し飛ばした。
「嘘、でしょう」
残された下半身が支えを失い傾くと、音を立てて地面に倒れる。
「ぴぃあ」
けふっ、とまるでげっぷでもするかのように口から煙を吐きだすすらいちゃんにデヴィッドはただただ絶句していた。
昨晩、弱っていたところを一度は倒そうと思ったが、そうしなかった。
もしも心変わりをせずに戦っていたら――この閃光を食らっていたのは自分だったのかもしれない。
そもそもこんなことができるスライムなど聞いたことも見たこともないし。なによりも魔狼を瞬殺できるスライムを誰が一体追い詰めたというのだ。
「すらいちゃん、超強いんですけど――ありえねー」
気を失う少女を抱きかかえたままのデヴィッドはただそれだけしか言えない。
一体自分は、何者を冒険の相棒にしたのだろうか――と、ただただ疑問に思うのだった。