5.ダンジョンって聞くとテンション上がる? いや、俺は上がりません。だってダンジョンの中は危険がいっぱいだもん。お宝を手に入れることもあるけど基本的にモンスターの巣窟ですよ。え? 出会い? ないない。
「いつもとダンジョンの様子が違う気がするな」
「ぴぃ?」
「えっと、まだダンジョンの地下一階だけど、普段ならモンスターだけじゃなくてコウモリとか、野犬とかがいるだけど……まるで気配がないんだ」
違和感はあるが危険に出くわさないことは実にいいことだ。
しかし、今まで当たり前にいたモンスターたちがいないことに少なからず不安を掻き立てるのも事実だった。
「ぴぴぴぃ。ぴぃ!」
「わかってるって、このまま帰るなんてことはしないけど、気持ち悪いなぁ」
学生たちが目に付く危険をすべて一掃してしまったのかもしれないと思いなおし、気持ち新たに進んでいく。
しかし、地下二階、三階と進み、五階に到達してもモンスターと出会うことはなかった。
音さえしないことに嫌な予感がする。
「まさかとは思うけど――ドラゴンが巣くっていました、なんてことはないよね」
「……ぴぃぃ」
そんな馬鹿なとすらいちゃんに言われた気がする。
ダンジョンは解明されていないことだらけだ。倒しても倒してもモンスターが減らない理由もそうだが、気づけば新種がいることもある。知らぬ間にドラゴンの住処になっていました、なんてことだって決して珍しくないのだ。
ダンジョンのモンスターというのは相手の強さを見極めることに優れているらしく、最下層部まで平気で到達できる人間が現れると、上層部のモンスターは一切姿を見せないという。
だが、この場にいるのは最弱冒険者と最弱モンスタースライムの弱小コンビである。
避けるどころか、モンスターたちにとってはいいカモのはずだ。
「これ以上進むのは恐ろしい気がするけど、上質な薬草って地下六階くらいからなんだよね」
質のいい薬草をすでに手に入れているが、上質となると少々自信がない。
途中、いくつかの鉱石を手に入れたし、中には魔力を帯びた魔石と呼ばれる特殊なものまで見つけたので売り払えば今月は楽ができそうなので無理する必要はないのだが、
「ぴぴぃ!」
すらいちゃんが嫌々足を進めるデヴィッドの前に進み、元気づけるように鳴く。
「だよね。いかないとね」
ひとりだったら逃げだしていたかもしれないが、今は相棒がいる。そのことに感謝して、階段を降りていく。
「――ん?」
「――ぴ!」
地下六階についた途端、デヴィッドの耳に誰かの声が届いた。
「子供の声、複数人だな。あと、面倒なことにモンスターらしき声もする。だけど、俺は聞いたことのない声だ」
新種のモンスターが学生を襲ったのか、もしくは無謀にも中層部にまで足を運んだ学生が上層部まで追いかけられてきたかのどちらかだ。
万が一のことを考えて装備を確認する。ナイフ数本と、回転式拳銃が一丁、弾丸が数発だ。正直心もとない。
「誰かくるぞ」
「ぴぅぅぅぅうううう」
拳銃を抜き構える。薄暗いダンジョンゆえに、数メートル先は暗がりだ。夜目が利くわけではないデヴィッドにとって近づいてくる音というのはとても恐ろしい。
「うぁあああああああっ、助けてくれぇええええええっ」
「よかったぁ、学生だったか」
学生たちはそろって王立魔法学校の制服を着た男女だった。
まさかダンジョンで自分が通っていた学校の後輩たちを見かけることになるとは思わず、少し驚く。ダンジョンの外にいた生徒は制服ではなく、もっと本格的な装備をしていたので気づかなかった。
「なあ、君たち」
「うぁあああああああああああっ」
「あれ?」
友好的に声をかけたデヴィッドだったが、彼らはさらに叫び通り過ぎていってしまった。
取り残されたデヴィッドとすらいちゃんは、学生たちの怯えようを見て不安になる。
刹那、
「――女の子の悲鳴だ!」
「ぴぃぃ?」
デヴィッドの耳には確かに少女の悲鳴が聞こえた。
すらいちゃんには届いてなかったようで「まじぃ?」みたいな鳴き方をされたが、間違いない。
「本当だって、ほら行くぞ」
「ぴっ!」
逃げてきた学生たちに対し、悲鳴だけの少女。もしかすると困っているかもしれない。
冒険者は助け合いだ。無論、助けることをしないどころか、助けられることも好まない冒険者もいるにはいるが、基本的には困っていれば助け合うことが一般的だ。
とくに駆け出し冒険者にとって、助け助けられるということは日常茶飯事である。
「こうして助けようと思って走っているのはいいんだけど――おっちゃんに注意された通り、嫌な予感しかしないんだよなぁ」
だからといって引き返す選択肢はない。デヴィッドはすらいちゃんを頭に乗せると、全力で走る。
「強い敵がいませんように!」
「ぴぴぴぴぴぴぴぴ」
「え? 自分に任せろって、いやいやスライムのすらいちゃんに戦わせられるわけがないでしょう! ――いやいや、大丈夫じゃないから、自分が弱いモンスターだって自覚して!」
そんなやり取りをしながらも走り続けると、デヴィッドは王立魔法学校の制服をきた少女が血を流して倒れているのを見つけた。
少女の眼前には血走った眼をした魔狼が一体いる。
「うわあああああっ、かなりのピンチだぁあああああ!」
デヴィッドは己が弱いことを忘れ、拳銃片手に、スライムを頭に乗せたまま少女と魔狼の間に飛び込み、躊躇いなく引き金を引いた。