3.安直でひねりもない名前だけど、呼びやすくて親しみを込めたものだ。って、ちょっと待って。やめて。どうして触手を出す。待って、お願いだから――ちょっ、ギルドの受付嬢を触手プレイするなぁああああああ!
いざ振り上げた拳を、ドヤ顔しているようにしかデヴィッドには見えないスライムへ振り下ろさんとしていると、
「――君」
「はいっ、申し訳ございませんでした!」
不意に背後から声をかけられ、振り向くと同時に頭を深く下げる。
誠心誠意、相手に謝罪したいという気持ちがしっかり込められた実に気持ちのいい謝罪だった。これで許されなければ、膝を着いて床に頭を打ちつける覚悟もできている。
――それだけのことを仕出かしたのだ。
誇り高い高潔なエルフ、しかも女性を、囚人観衆の前で辱めてしまった。
いくら自分ではないとはいえ、ギルドに破廉恥スライムを連れてきたのは他ならぬデヴィッドである。ぶっちゃけ捕まっても文句は言えない。
「いやいや顔を上げてくれたまえ。シェリアくんには申し訳ないけど、こちらとしては――朝からいいものを見せてもらったよ」
恐る恐る顔を上げると、鼻血を流した三十過ぎのいかにもエリートを絵で描いたようなイケメンが親指を立てていた。
――あ、だめだ、この人。
彼の背後には、同じく親指をばっちり立てているギルド職員男性陣。続いて、冒険者たちが今にも拍手喝采をはじめそうな勢いで、よくやった、と口々に好き勝手言っている。全員が揃って鼻血を流しながら。
女性のギルド職員と冒険者に至っては、「まったくしょうがないわねぇ、男どもって」と呆れながらも鼻血を流していることに気づいていないのか、垂れ流しだ。中には、バチコンっ、とウインクをデヴィッドにする女性までいる。
――訂正。だめだ、こいつら。
冒険者に変わり者が多いことは承知していたが、ギルド職員にも変わり者は多いらしい。よく真面目なシェリアが何年も働けているものだと感心する。
「正直、シェリアくんは仕事が正確で、早く、優秀な人材だ。しかし、エルフであるせいか、それとも彼女個人の事情からなのか、我々と少なからず壁があったんだ」
「はあ」
お前らが変態だからじゃないか――と、喉までこみ上げてきた言葉をなんとかのみ込む。
「真面目で親しい人がいないと思っていたシェリアくんのことをみんな気にしていたんだが、なかなか取っつき辛くてね。そんなとき、君が現れた。私たちは安心したよ。ああ、彼女にも笑顔を向ける相手がいるんだ、と」
なんとなくデヴィッドにも男性職員の言いたいことが理解できた。
シェリアはいい人だ。それは間違いない。エルフの中には誇りが高すぎるというか、プライドが高いを通り越して傲慢な人もいる。人間を見下すことも多々あるのだ。対し、彼女は優しく、世話焼きだ。その恩恵をデヴィッドはこれでもかと受けている。
だが、壁を感じているのも事実。過去を話したがらないことや、自分のことを後回しにして他人の世話ばかり。ただいい人で片付けるには、少々違う気がしていたのだ。
何度か彼女の内側に踏み込んでみようとしたこともあったが、かわされてしまっていた。デヴィッド自身が、躊躇っていたせいもあるだろう。
気にはなっても、無理やり人の過去を暴くのは決して気持ちがいいものではないのだ。
彼女が本当になにかに苦しみ、困っているのだとわかるまで、現状を維持することが最善ではないのかと考えてしまった。
「今回の一件は彼女をからかう言い口実になるよ。たまには彼女が感情的になるのを見てみたいし、これを機に少しでも距離が近づければと思うよ」
だからこそ安心する。
こうして同僚たちがシェリアのことを気にかけてくれることに感謝する。
「シェリアさんのことをお願いします」
「もちろんさ。さて、話は聞こえていたからモンスターの登録は私が引きついであげよう。このスケベスライムを登録すればいいんだね」
「あの、このセクハラスライムは確かに触手を荒ぶらせましたけど、スケベスライムはさすがに酷いんじゃ」
「君のセクハラスライムもなかなか酷いと思うよ」
「ぴぃいいいいいいいっ!」
カウンターの上で、どっちもどっちだと言わんばかりに、器用に頭に角を立ててスライムが抗議の鳴き声をあげていた。無論無視する。
「じゃあこのスライム? を、登録するにあたって、君の隷属にするか、仲間として扱うかどちらかを選んでもらいたいんだけど――隷属させた登録はモンスターの責任をすべて追わなければならないから、先ほどのことを考えるとお勧めしないよ」
「ですよね。仲間扱いでお願いしまう!」
もちろん、仲間のモンスターがなにかしでかした場合も責任問題にあるが、隷属化させるよりはマシだ。
「はいはい。さて、次に移るけど、この子の名前は決まっているかな?」
「名前、ですか?」
「名前をつけることによって、人間の仲間であることをモンスターにわからせる。うーん、ちょっと違うかな。私は専門ではないんだが、名前によって存在を縛ると言うべきか。つまるところ、名前を与えることは、ここで新たな人生を始めさせるものだと思ってほしい。だから名前ないのであれば、つけてあげてほしい」
「ちょっと待ってもらっていいですか」
「もちろん。大事なことだからね」
デヴィッドは考える。男性職員の言うとおり、名前とは大事だ。
自分の名前だって一族の先祖の名をもらっている。
中には、生まれた順番だからと言って、ターロウ、ジーロ、サブーロなどとつけることもあるが、せっかくなので仲間となるスライムにはいい名前をつけてやりたい。
「よしっ。安直ではあるけど――すらいちゃん」
「ぴぃ?」
「安直というか、考えた結果なんのひねりがない名前が飛びだしてきたことに驚きを禁じ得ないけど、本当にその名前でいいのかい?」
「結構、酷いこと言ってますけど、気づいてますか?」
「名前と言うのは一度つけてしまうと変えられないからね」
「おい、無視するな」
男性職員にそれとなく馬鹿にされた気がしないでもないが、今は名前のほうが大事だ。
カウンターからデヴィッドを見上げるスライムと目の高さを合せて問う。
「君の名前を決めたんだけど、すらちゃん。嫌なら考え直すよ。どう?」
「ぴぃ! ぴぃぴぃ!」
正確な言葉まではわからないが、デヴィッドにはスライムが名を気に入ってくれたことがはっきりと伝わった。
「君の名前は――すらいちゃん。決まりだ!」
「ぴぃー!」
名をもらった嬉しさからか、カウンターの上で不思議な踊りをはじめたスライム――すらいちゃんに笑顔を浮かべるデヴィッド。
「おや、気にったようだね。こんな名前にしやがって、と触手で首を絞めるかと思ったけど、ふむふむ。こういうこともあるんだね」
「アンタ、さっきから酷くない!?」
「いえいえそんなことありませんよ。では、スライムのすらいちゃんで登録しておきました。特技は触手プレイ、と。はい。完了です」
「あれ? ねえ、今、さらりと凄い特技が一緒に追加されなかった!?」
スライム改めすらいちゃんとなったことで、デヴィッドとすらいちゃんはここに仲間となった。
ついでに触手プレイが特技であることもしっかり登録されてしまう。
「では、さっそくグリムさんとすらいちゃんさんの変態コンビに依頼を出しましょう。頑張ってください」
「ねえ、やめて、変態コンビとか言わないで」
触手セクハラしたすらいちゃんはさておき、自分は無罪だと主張するデヴィッドの訴えを無視した男性職員の好意から、新たな相棒と挑む依頼が決まったのだった。