2.安直でひねりもない名前だけど、呼びやすくて親しみを込めたものだ。って、ちょっと待って。やめて。どうして触手を出す。待って、お願いだから――ちょっ、ギルドの受付嬢を触手プレイするなぁああああああ!
王都の中心部には、大きな商店街がある。
大手雑貨店からはじまり、レストラン、果てにはモンスターを販売する店まである。
そんな王都商店街の中に、冒険者ギルドの建物があった。
「おはようございます、シェリアさん。今日も美人ですね」
「あらあら。おはようございます、デヴィッドくん。朝からお世辞を言ったってなにもでませんよ?」
ギルドの受付嬢に挨拶すると、すらりと細く儚げな美人から親しみのある笑みと言葉が返ってきた。
性別関係なく彼女の美しさにすれ違えば振り返るだろう。絹糸のように滑らかな銀髪は背中まで伸ばされシュシュでひとつにまとめられている。その美しい容姿の次に目を引くのは、尖った耳だろう。
森の民であるエルフ族の証拠である。
人間よりも長寿であり、魔法と狩猟に優れた森の住人たち。それがエルフ族だ。
シェリアは外見こそ二十歳くらいだが、エルフである以上見た目通りの年齢ではない。デヴィッドも彼女がいったい幾つなのか気になっているのだが、同じギルド職員である同僚たちでさえ知らないトップシークレットらしい。
デヴィッドとシェリアの付き合いは二年ほどで、冒険者に誘ってくれたのが他ならぬ彼女なのだが――知らないことが多いのだ。
一度だけ、とくになにも考えずに年齢を尋ねたことがあったのだが、「禁則事項です」と惚れ惚れする魅惑的な笑みを浮かべながら殺気立つという器用なことをされてしまった。そのとき、商店街のレストランにいたのだが、気づけばアパートのベッドであり、どうやって帰ってきたのか一切記憶になった。
以後、デヴィッドは不用意にシェリアに年齢をはじめ、デリケートな質問をすることをやめた。実に懸命な判断だが、恐ろしい目に遭う前に察するべきだったと後日後悔した。その通りだ。
秘密はあるが、シェリアがいい人であり、出会ってからずっと世話になっているため口にこそださないが、姉のような人だとデヴィッドは想い慕っているのだ。
「今回はどんな御用ですか。あら、スライムを連れているのね?」
「ぴぃ!」
シェリアの形のよい細い目が大きくなり、碧色の瞳にデヴィッドの頭の上に陣取るスライムが映る。
スライムも、挨拶とばかりに元気に返事をすると、彼女は驚きを消し、すぐに笑顔に戻った。
「ええ、まあ、昨晩拾いまして。せっかく仲よくなったので仲間登録してもらえないですかね?」
「仲間にするの?」
「はい。なんだか知らないんですけど、意思疎通もできますし、このまま野に放って倒されちゃっても後味も悪いので仲間にしちゃおうかなぁって」
「相変わらずなのね。面倒見がいいというか、お人好しなのか――でも、君らしいわ」
くすくすと笑うシェリアはとても綺麗で、つい目を奪われてしまう。
デヴィッドだけじゃない。周囲の冒険者も、職員も彼女の笑顔に釘付けだった。
「でもよかったわ。デヴィッドくんったらいつもひとりじゃ危ないわよって言っても聞いてくれないんだから。スライムでも仲間は仲間だものね――あら。でも、このスライムちゃん、普通のスライムと違う気が――」
エルフである彼女には、なにかスライムに思うことがあったのかもしれない。間抜けに鼻を伸ばしているデヴィッドの頭で器用に跳ねているスライムを手に取り抱きかかえた。
腕の中に収まり、シェリアの慎みのある胸に抱き寄せられる。周囲の男性はもちろん、女性からも「いいなぁ」と声が上がった。
その瞬間だった。
「――ちょっと!?」
にゅるっ、とスライムの体が蠢き、触手が生まれる。
「はい?」
「えっ、なにこれっ、待って、待ちなさいっ」
次々と触手が生まれると狙いをシェリアに定めたのか、彼女の手足に絡みつき、挙句の果てにギルド職員の制服の中にまで侵入していった。
「だめよっ、こらっ、ん、んんっ、ちょっと、ふざけているの?」
ブラウスのボタンが外れ、シェリアの白い肌が露わとなっていく。
彼女は抵抗するものの、蠢く触手は掴むこともままならず、さらに数を増やしていくのでシェリアひとりでは対処のしようがなかった。
「で、デヴィッドくんっ、見てないでっ、この子をなんとかしてっ――ああっ」
彼女の声に、正気に戻ったデヴィッドは目の前に広がる桃色な光景に絶句しながら感謝した。
森の民であるエルフは、狩猟時には割ときわどい格好をしているが、生来肌を晒すことを嫌う種族だ。家族や愛する者ならば例外となるが、友人や同僚といった存在であってもおいそれと肌を見せることはない。
異性であればなおさらであり、シェリアも制服は長袖で、スカートの下には黒いタイツを履いている。
そんな高潔で誇り高いエルフの受付嬢が、あろうことか謎の触手に責めたてられ、白い頬に紅を差しているのだ。
周囲の冒険者の中にも歴戦の兵もいるはずだ。しかし、誰も助けてくれないのは例外なく男は前かがみとなるか、鼻血をだして倒れている。女性でもこの光景を脳裏に焼きつけようと、血走った眼を見開いているのだ。
――正直、助けなど期待できない。
「やめろ、このセクハラスライム!」
「早くなんとかしてっ、んあっ、だめっ、服の中に入ってくる――見ないでっ、デヴィッドくんっ、お願いだからぁ、見ないでぇ――ああああんっ」
艶のある声を発しながらも懸命に触手をなんとかしようとしていたシェリアだったが、奮闘虚しくデヴィッドがスライムを引っ張っても無駄だった。
服の中で触手がどうなっていたかは、デヴィッドには一切わからないが、眼前で美しいエルフが普段なら絶対に出すことはない喘ぎ声を短く発すると、力なく――くてん、と突っ伏してしまった。
「だらっしゃぁあああああ!」
渾身の力を込めてスライムをはぎ取ることに成功するも、時すでに遅し。
紅潮した頬、涙を浮かべ潤んだ瞳、荒い呼吸を繰り返すというなんとも艶のあるシェリアがデヴィッドを睨みつける。
――あれ、これ、俺の責任にならないよね?
仲間、もしくは飼い主であるのならモンスターの起こした問題は責任に問われるだろう。しかし、現在――デヴィッドはスライムの仲間でも飼い主でもない。
責任逃れも甚だしいが、そう考えなければデヴィッドの胃に穴が開いてしまいそうだった。
「――デヴィッドくん」
「は、はい」
震える手で立たずまいを直したシェリアは、瞳に溜まっていた涙を一筋こぼす。
そして、真っ赤になり、大きな声をあげた。
「こ、こんな辱めを受けたら森へ二度と帰れません――責任とってくださいぃいいいいいいっ」
「ちょっと、どこいくんですかシェリアさん。ていうか責任って、なに? 凄く嫌な予感しかしないんですけど。そもそもどうして俺が? って、もういないし」
カウンターの奥へ引っ込んでしまったシェリアに声を投げるも、すでに姿は見えない。
走っていった彼女を置き換えて、何人かの女性職員がフォローするために鼻血を流したまま追いかけていった。
「ぴぃ!」
残されたデヴィッドはカウンターの上で、触手を振り乱し満足だと言わんばかりに頷くセクハラスライムをどうしてくれようかと思うのだった。