1.おっぱいは大きいとか小さいとかあるけど、幼なじみの胸は断崖絶壁なので悲しくなる。なんでそんなことを思い出したのかと言うと、すーちゃんのせいでおっぱいの夢を見たからです。異性との出会いは絶賛募集中!
大きなおっぱいに囲まれる夢を見ていた。
現実ではなく夢だと判断できるのは、デヴィッドの知り合いに胸の大きな女性がそういないからだ。幼少期から一緒に育った幼なじみは悲しいくらいに断崖絶壁だ。
少女から女性へ羽化したはずの幼なじみは、気が強いが愛嬌があり、意外と優しいところもある。喧嘩友達みたいな感覚で育ってきたが、結婚したらきっといい嫁さんになるんだろうなってわかるのだ。しかし、そんな幼なじみの胸だけは直視できない。すると引っ叩かれるから。
「――って、どんな夢見てるんだよっ、がぼっ、ぐへっ、息が、できねぇええええええええ!」
夢から覚めたデヴィッドは、寝起きのまどろみを味わう暇もなく絶叫した。
声は出せるのに、呼吸ができない。そんな不思議で危険な体験をしながら、自身になにが置きているのか必死で探る。
――すぐにわかった。
「なんでお前が俺の顔に鎮座してるんだよぉおおおおおおお!」
「ぴぃー」
昨晩拾った青いスライムが、自分の場所だと言わんばかりに顔の上に乗っていて動かない。
「いや、ぴーじゃねえから! どけよ!」
「ぴぃ、ぷぅ」
「本当にお願いだから、そろそろ苦しくなってきたのにどうしてお前はそんな嬉しそうな声を出してるんだよ。いいか、俺は遊んでやってるんじゃないんだ、怒ってるんだよ!」
むんず、と両手でスライムの体を掴むと、無理やり顔から引っぺがして壁へと頬り投げる。
だが、――ぽよん。間抜けな音を立てて跳ね返ると、再びデヴィッドの腕の中にスライムが戻ってきた。
本人は遊んでもらっているつもりなのか、嬉しそうに楽しそうに腕の中で跳ねている。
「あのなぁ、俺が呼吸できなくて死んでたら、恩を仇で返すってレベルじゃないぞ――あれ? そういえば、ずいぶんと元気になったじゃないか。傷もなくなってるし、治ったんだな」
「ぴぃ!」
「よかったよかった」
「ぴぴぃぴぃ」
「よしてくれ。礼なんて言わなくていいんだって。俺たちは人間とモンスターなのかもしれないけど、ほら、あれだ、困ったときはお互いさまだってことだ」
頭をなでてやると、モチモチとした手触りと程よい弾力が心地よかった。
おっぱいな夢を見たのは、きっとスライムの感触を顔で感じていたからだろう。
「ぴぴぴぃ」
「おいおい、よせって。照れるじゃないか――んんん?」
デヴィッドはふと動きを止める。スライムからはじまりぐるりと部屋中を見渡すと、自分たち以外に誰もいないことを確認した。
「いや、待って。おかしくない? どうしてスライムと俺が会話できるの? どうしちゃったの、俺!?」
通常、モンスターと人間が会話することはできない。魔法使いの中には、なんとなくモンスターと意思疎通を交わすことができる者もいるらしいが、そんなのは稀だ。
そもそもデヴィッドにそのような希少スキルはない。
急に目覚めるわけでもなく、魔法使いとして落ちこぼれであるデヴィッドに眠っていた才能などもありはしないのだ。
「ぴぃ?」
頭を抱えるデヴィッドを不思議そうに見つめているスライムの鳴き声が、「どうしたの?」と言っているように聞こえた。
「……まったく話ができなよりはいいかな。うん」
今まで悩んでいたのはいったいなんだったのか。あっさりと前向きに考えることに思考を切り替えると、ベッドから起きあがる。
「メシ食う?」
「ぴっ」
「はいよ。簡単なものだけど文句言いうなよ」
冷蔵庫から卵とベーコンを取りだし、コンロを回してフライパンを火にかける。
事前に卵を割り、ザルで水気を切っておく。ついでに二人分のお湯を沸かしながら、コーヒーの支度をする。
先日、幼なじみが買ってきてくれていたパンを切り分け、大皿に盛りつけていく。
フライパンが熱くなると、オリーブオイルを多めにひいてベーコンを乗せる。香ばしい香りがすきっ腹の胃に刺激を与えてくれた。
ベーコンをひっくり返して塩胡椒を振ると、続いて卵をフライパンの空いている場所に流す。耳に心地よい音が響き、つい笑みがこぼれてしまう。
焦がさないよう気をつけてカリカリにしたベーコンと半熟の目玉焼きが完成すると、同じタイミングでお湯が沸きインスタントコーヒーをマグカップに入れ、お湯を注ぐ。
野菜がないことに気づき、冷蔵庫からトマトを取ると余ったお湯をかける。お湯の熱により、甘味が強くなると同時に、皮も向きやすくなるので好きな食べ方だ。
あとは水にさらしてから簡単にスライスすればいい。
「ほら、こっちにこいよ」
ベッドからデヴィッドをじっと眺めていたスライムを手招きすると、待っていたとばかりに飛んできた。
跳ねたスライスをキャッチしてテーブルに乗せると、デヴィッドは椅子に座る。
「いただきます」
「ぴぴぴぴぴぃ」
人間の食事があうか不安だったが、デヴィッドの心配をよそにスライムは器用に体から疑似的な腕を作るとナイフとフォークと手に取り食べ始めた。
実に器用なモンスターだ。
スライムが雑食であることは知っていたが、まさかナイフとフォークまで使えるのを目の当たりして驚いたのは言うまでもない。
弾んだ声で鳴きながら、これまた器用にパンにバターを塗り始めたのを見て、もうなんでもありだな、と苦笑する。
デヴィッドも食事をはじめ、あっという間に完食すると、ひとりと一匹はコーヒーを飲んで一息つく。
「ぴぴぴぃぴぃ」
「はいよ、お粗末さま」
ごちそうさま、と嬉しそうに鳴いたスライムについ笑顔を浮かべた。思い返せば、こうして誰かと食事をするのは久しぶりだ。
学生時代は幼なじみや大家さんと食卓を囲むことはあったが、冒険者になってから日々が忙しく、余裕がなかったせいもありひとりで簡単に済ませることが多い。自炊もするが、外食で安くすむならそうしてしまうことも多々あり、家には眠りに帰ってきているようなものである。
時間だけではなく、心にも余裕がなかったと思い返すと、つくづく冒険者に向いていないと自覚した。だが、やめるわけにはいかない。
時計を見れば、まだ時間がある。スライムによって強制的に起こされたのは、意外と早い時間だったらしい。
「ところで、お前ってもう全快したの?」
「ぴぃ?」
「治るまで家にいてもいいけど、外に出たら冒険者や騎士に倒される可能性が大きいんだぞ?」
昨日、自分が考えたようにモンスターは倒すもので、保護するものではない。だが、こうして助けてしまったのなら無事に帰してやりたいと思うのが心情だ。
万が一誰かに退治されてしまったのなら、正直後味が悪い。とくにこうして意思疎通を交わすことができ、食事まで一緒にしたならなおさらである。
「しばらくここにいるか?」
「ぴっ」
「俺は仕事があるから、ひとりで残ってもらうことになるけど」
「ぴぃっ、ぴぴぴぴっ」
「は? ついてくるって? いやいや、無理だろ。弱小モンスターを連れて歩けるほど俺は強くもないんだって」
「ぴぃ、ぷぅ」
「なにを根拠に大丈夫と言うんだよ……頭が痛いよ」
ひとりで残りたくないと主張するスライムは仕事についてくると言って聞かない。
連れていってもいいのだが、スライムに伝えたようにデヴィッドは誰かの面倒を見るほど冒険者として優れているわけではないのだ。
危険な依頼を極力避けても、だいたい危険がつきまとうのが冒険者というものだ。
連れて歩いた結果、スライムになにかあれば本末転倒である。
「――いや、待てよ。そうだ、冒険者ギルドにいってお前を仲間登録すればいいのか!」
「ぴぃ?」
なにそれ、と鳴くスライムにデヴィッドは説明する。
冒険者の中にはモンスターを連れて歩く者もいる。金銭で手に入れ調教したモンスターから、仲間として共に行動できるモンスターまで様々なのだ。このようなモンスターは冒険者ギルドに仲間として登録し、登録書を発行してもらうことで他の冒険者から退治されなくて済むのだ。なによりも、傷ついた場合、有料ではあるがギルドで手当てを受けることもできる。
「よし――なあ、俺の仲間になって一緒に冒険するか?」
スライムの返事は、元気のよい鳴き声だった。