26.平和主義なので戦いとか勘弁してください。王家のスライム? なにそれ美味しいんですか?
場所を変えたデヴィッドたち。突然現れドラゴンを立った一撃で屠った少年に、護衛騎士はもちろんのことジュリエッタとアンジェリカも警戒心を剥き出しにしていた。
「あんたね、まず名前くらい名乗りなさいよ」
「お前たちに名乗る名などない……と言いたいが、いちいち突っかかってこられても困るからいいだろう。ボクはヒルデガルド・ヒュフナーだ」
「アタシはジュリエッタ・セラートよ」
「わたくしはアンジェリカ・オトマイアーですわ」
「えっと、俺はデヴィッド・グリムで、こっちはスライムのすらいちゃん」
「ふん。やはり安直だ。スライムにすらいちゃんなどと笑わせる」
「スースーとかつけてるお前に言われたくないから!」
「僕を侮辱するつもりか!」
額と額をぶつけて睨みあうデヴィッドとヒルデガルドを冷たい目で見ているのはジュリエッタとアンジェリカだ。
彼女たちからすれば、二人のネーミングセスなど団栗の背比べでしかない。
「喧嘩はあとでしなさいよ。それよりも、デヴィッドが契約者ってどいうことよ。あと、どうしてアンタは戦おうとしたの?」
「……契約者は契約者だ。お前の腕の中にいるスライムと契約しているデヴィッド・グリムの実力を、同じくスースーと契約する僕が計ろうとしただけだ」
「あの、そこがよくわからないのですが、スライムと契約などできるのでしょうか? 決してすらいちゃんさんとスースーさんを悪く言うつもりはありませんが、スライムは精霊などではありません。契約ができるなど耳にしたこともありませんわ」
アンジェリカの言うとおり、すらいちゃんがスライムではなく名もなき精霊であったほうがまだ契約という言葉に納得はできる。
モンスターに関する知識は、最低限かそれ以上の内容を学校で習う。敵を知らなければ危険であるのだから。
その過程で、モンスターにも人間と意思疎通を可能とし、仲間になることも決して珍しいものではないと学んだことは、アンジェリカだけではない。
しかし、モンスターと、しかも最弱モンスターであるスライムと契約を交わすなどいう知識は、たとえ王立魔法学校の教師たちからも聞いたことがなかった。
「知らないのも無理はない。このスライムたちは特別だからな」
「特別? どういうことよ?」
「それをお前に説明する必要を感じないな、ジュリエッタ・セラート」
刹那――ひゅんっ、と音を立てて、槍の切っ先がデヴィッドの喉へと突き付けられた。
槍の主はヒルデガルドであり、槍はスースーが変化したものだ。
「ちょっとあんた! 話の途中でなにしてるのよ!」
「正直、失望した。まさかとは思ったが、契約を知らないどころか、おそらく契約をしてしまったという自覚すらないのだな。しかし、契約は交わされている……ならば、ボクのすることはひとつだけだ」
槍が鞭へと変化した。
ヒルデガルドは鞭を振るうと、デヴィッドに向ける。
「立て、そして戦え、デヴィッド・グリム」
「嫌だ。戦う理由なんてない」
「あるさ――死にたくはないだろう?」
物騒なことを口にした少年から明確な敵意を感じ取ったデヴィッドは、無意識に体をずらした。
次の瞬間、デヴィッドの顔があった場所を鞭がうなりをあげてすり抜け、背後の地面を砕き、穴を開けた。
「もう一度言う、立って戦え。僕は本気だぞ」
「なぜだ?」
「なぜ王家のスライムがお前を選んだのかボクには不思議だ。お前は、自分がなにと契約したのかまるでわかっていない。契約者となったお前は、これから否応なく巻き込まれていくことになるんだぞ」
「……なにを言っているんだ?」
「いずれお前は戦いに巻き込まれ死ぬだろう。ならば、苦しむ前に同じ契約者のボクの手で楽にしてやるのがせめてもの情けだ」
ひゅんっ、と音を立てて再び鞭が振るわれる。
近くにいる少女たちを巻き込まないよう、デヴィッドはふたりと距離を取る。
「ジュリエッタ、アンジェリカは護衛の傍に!」
「でも――」
「いいから!」
大きな声を出すと、渋々だが少女たちが護衛騎士ものとへ向かう。
彼女たちのうしろ姿を見送り、わずかに安心すると、デヴィッドは問答無用に攻撃をしかけてきた少年を睨みつけた。
「ふん。少しはやる気になったようだな」
「正直言って、感謝してるんだ。火竜からこうして生き延びることができたのはヒルデガルドのおかげだからさ。それでも、命を奪うなんて言われて、はいそうですかと言えるわけがないし、そもそも契約だとか王家のスライムだとか――お前の言ってることは意味わかんねえことばかりなんだよ!」
「ならばどうする?」
「知るか! とにかく抵抗してやる!」
「はっ――ならばしてみせろ!」
ヒルデガルドは、唇を吊り上げると、待っていたとばかりに鞭をうならせた。




