25.いざ火竜のダンジョンへ! どうしたのすらいちゃん? ――え、なんでそんなに警戒しているの、嫌な予感しかしないですけど……。
火竜の首が落ちたことがどういう意味なのか理解するまでに時間がかかった。
熱を帯びた鮮血を吹きだし、ダンジョンの入り口周辺を真っ赤に染めていく。
デヴィッドの顔や腕に飛び散った血が肌を焼くが、それどころではない。九死に一生を得たはずにもかかわらず、いまだ生の実感がない。
「……俺になにが起きた?」
マグマのような血が視界いっぱいに広がっていく。まるで現実世界ではなく悪夢に迷い込んだ錯覚さえ受ける。
「ふん――この程度のドラゴンを倒せずに契約者とは笑わせる」
「誰、だ?」
背後から聞こえてきた声に振り返ると、ピンクの鞭を持った美少年がいた。
耳にかかる程度に伸ばした銀髪と、大きな蒼い瞳。まつげは長く、鼻梁も整っている。まるでおとぎ話の王子さまが現実世界に抜け出したようだ。
「知りたければ、僕と戦え。契約者デヴィッド・グリム!」
「…………?」
「なぜ首を傾げるんだ! ボクを馬鹿にしているのか!」
突然現れたと思えば、戦えと言う少年にデヴィッドは戸惑う。
そもそも契約者とはなんだ。自分はそんなものになった記憶はない。なによりも、火竜のダンジョンの主を一刀両断にできる相手とどう戦えというのだ。間違いなく死んでしまう。
「契約者ってなんだ?」
「お前っ、ふざけているのかっ」
ギリッ、と歯を向きだしにして憤る少年。
とはいえふざけているつもりもなければ、本当に心あたりがないのだ。
契約者と言えば、精霊や神々と契約した者を指す。少なくともデヴィッドはそのような大それたことを経験した記憶がない。
契約者になっていたのなら冒険者などせず、もっと金になる仕事にありつけるのだ。
「……本当にわかっていないのか?」
「あ、ああ、申し訳ないけど、まったく心当たりがない」
「そうか……ならしかたがない。こほん。一から説明してやるから感謝しろ」
「うん。ありがとう。だけど、その前にここから逃げないか? 火竜の血で火傷してるから手当てもしたいし、あっちにいる子たちも安全な場所に移してあげたいんだ」
「まあいいだろう。ボクも関係ない人間を巻き込むつもりはない」
戦うつもりであった少年が鞭を降ろしてくれたことにほっとする。
あんなもので叩かれたら痛いどころではない。
武装解除してくれたことに気を抜いた刹那――、デヴィッドは本日何度目になるかわからない驚きに襲われた。
「……お前、契約者の癖にこんなことも知らないのか?」
デヴィッドの目には、鞭がうねうねと動くと形を変えていく。
「なんだ、これ?」
少年が返事をするよりも早く、鞭だったものが――ピンク色のスライムになった。
「ボクのパートナー。スライムのスースーだ」
「なんて安直なネーミングセンスっ」
「すらいちゃんなどとなんのひねりのない名前をつけているお前に言われたくない!」
唾を飛ばす少年に押され、一応の謝罪をするとなんとか落ちつきを取り戻す。
と、なぜか急にスースーとよばれたピンクのスライムが少年の腕からぽよんと飛ぶと、デヴィッドの腕の中に納まった。
「ぴぅぴぅ」
「えっと、なにこれ?」
「どうやらスースーはお前を気に入ったようだな」
「そう言われても、スライムが猫のようにすり寄ってくるとか聞いたことないんだけど」
「貴様っ、僕の大切なパートナーが気に入らないというのか!」
「違うから! そんなこと言ってないだろ! すぐ怒るなよ!」
なんだかこの少年と会話していると疲れる、そうデヴィッドは思う。できることなら放っておきたいが、なんだかんだで命を助けられているので無下にすることはできない。もちろん戦うなどごめんだが。
「ぴぃぴぃ!」
「デヴィッド!」
「デヴィッドさん、ご無事ですか?」
そうこうしている内に離れていたはずのジュリエッタたちが駆け寄ってきた。
「ああ、俺は大丈夫だ。この人に助けてもらった――で、いいんだよな?」
「ふんっ。死んでも構わなかったが、聞きたいことがあったからな。今はそう言うことにしておいてやる」
なにを聞きたいのか定かではないが、一行は竜の遺体から離れるべく移動しようとした――次の瞬間、
「ぴぃぃぃぁああああああっ!」
突如、謎の発行をはじめたスースーが触手を伸ばしうねらせる。
「――げ」
また卑猥なことがおこるのかと身構えたデヴィッド。いや、ジュリエッタとアンジェリカも同じだった。
スースーはデヴィッドの腕から飛ぶと、ジュリエッタめがけて飛んでいる。
「また私なのぉおおおおお!?」
再び触手の餌食になる未来に怯えるジュリエッタだが、スースーが伸ばした触手は彼女ではなく、彼女の腕の中にいるすらいちゃんを絡めとった。
「ぴ!?」
ぶおん、と勢いよく触手が空高く伸ばされると、すらいちゃんごと地面に一気に叩きつける。
ずどん。轟音と砂ぼこりが舞い、地面に大穴を開けた。
「は? なにこれ? なにが起きてるんだ?」
すらいちゃんと同じスライムなのか、スースーも規格がおかしかった。
鞭に変形できる時点で普通のスライムではないことはわかっていたが、驚きを禁じ得ない。
スースーは一度攻撃しただけでは飽き足らず、触手を鞭に変換するとすらいちゃんを叩き続けた。
「あの、ちょっとすらいちゃんが泣いてるからやめてあげて!」
デヴィッドがすらいちゃんを庇い、やめてと懇願するまでピンクの触手鞭が何度も何度もスラちゃんに振り下ろされるのだった。




