23.いざ火竜のダンジョンへ! どうしたのすらいちゃん? ――え、なんでそんなに警戒しているの、嫌な予感しかしないですけど……。
小休憩を挟んだデヴィッドたちは、馴れないダンジョンで体力を消耗していることに気づき、一度外へ戻ることにした。
今回のダンジョン探索に期限はない。ジュリエッタの姉を早く治してあげたいという気持ちはあるが、急いてはいいことなどないことは誰もがわかっていた。
ずるずるダンジョンに留まることは好ましくないが、慎重にことを進めるためにも安全第一で進むべきだと判断したデヴィッドに反対の声はなかった。
それに火傷に効く植物を見つけることができたのだ。まったく空振りに終わったわけではないことが、少女たちを意固地にしなかったことも幸いしていた。
「ぴぴっ」
「――ん? どうしたのすらいちゃん?」
なにかに気づき足を止め、背後を振り返ったすらいちゃんにデヴィッドも同じく足を止める。
「どうかなさいましたか?」
「いや、すらいちゃんが……」
同じく足を止めていたアンジェリカがジュリエッタの腕を掴み立ち止まらせると、デヴィッドに問うが返答に困った。
すらいちゃんの様子がおかしいとわかっているのだが、ありのまま伝えて不安にさせたくない。そもそもなぜすらいちゃんが背後を気にしているのかさえデヴィッドにはわからないのだ。
「すらいちゃんどうした?」
「……ぴ」
なにやら様子がおかしい。ダンジョン内であっても元気で楽しそうにしていたのに、今はまるで別人のように警戒心を露わにしていた。
――超嫌な予感がする。
魔狼をたった一撃で屠ることができる規格外スライムがなぜ、こうも警戒するのか理解できない。おそらく理解してしまったら、恐怖におびえることになるのだろう。
「ジュリエッタ、アンジュリカ、逃げるぞ」
「――え? ちょっとなによ、腕を引っ張らないでってば」
「どうしたのですか?」
「すらいちゃんが警戒しているんだ。間違いなくやばいことが起こる」
デヴィッドはそれだけ言うと、未だ警戒して動かないすらいちゃんを抱きかかえて少女たちの腕を引き外を目指す。
火竜のダンジョンは文字通り火竜の巣なのだ。魔狼に警戒心すら抱かなかったすらいちゃんの警戒している姿を見れば、脳裏に自然と浮かぶのは――ドラゴン、だった。
火竜の血を求めている以上、本来は逃げるべきではないのかもしれない。ようやく遭遇する機会に恵まれたのだ。
しかし、少しでもすらいちゃんの規格外さを知っているならば、警戒すべき対象がデヴィッドたちが求めている子供のドラゴンでないことは考えるまでもない。
「――くるぞ」
「だからなにがよ!」
「――このダンジョンの主だよ!」
声を荒らげたデヴィッドに絶句する少女たち。しかし、足を止めさせるつもりはない。
すらいちゃんの気持ちがわかるせいか、警戒だけではなく焦りまで伝わってくる。逃げろ、と本能が叫んでいるのだ。
「ぴぃいいいいいいいっ!」
刹那、腕の中ですらいちゃんが鳴いた。
少女たちの手を離し、拳銃を抜く。それでも走る足を止めることはない。
少女たちを先行させて、とにかく地上を目指す。階段を上り、あとは出口を目指すだけだ。
幸いモンスターはいない。いや、逃げだしていると考えるべきだろう。
――勘違いしていた!
デヴィッドは、ダンジョン内でモンスターに遭遇しないのは魔狼さえ屠れるすらいちゃんが一緒にいるおかげだと思い込んでいた。
しかし、違う。そうではないのだ。
――火竜のダンジョンの主が、こんな上まで登ってきていればモンスターだって逃げ出したくなるに決まってる!
「出口よ!」
「とにかく走れ。ダンジョンを出たら騎士にドラゴンがくることを伝えて逃げるんだ、いいな!」
「デヴィッドは?」
「俺も逃げるさ。ダンジョンの主と戦うことなんてごめんだよ!」
返事に安心したのか、少女たちの足が速くなった。
このまま逃げ切ることができれば――と、わずかな希望に心を許した瞬間、
――轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟っ。
炎がダンジョンを揺らした。
身を焦がすほどの熱波とともに、赤き巨体が階段から首をのぞかせた。
「――ひっ」
「振り返るなジュリエッタ! いいから逃げろ!」
直視してしまったジュリエッタが小さな悲鳴をあげたが、デヴィッドの叱咤により足を止めることはなかった。
熱が襲い火傷してしまいそうな中、少女たちが足を止めぬよう叫び続ける。
ダンジョンを揺らす足音とともに、その巨体が明らかになっていく。
――ドラゴンだ!
熱に晒されていながら、冷や汗が流れる。
肌を焼かれるほど熱いはずが、魂は凍ったように冷たく寒気を覚えている。
体が震える。足から力が抜けてしまいそうだった。奥歯が砕けるほど力強く噛み、我慢しているのは単に少女たちを守りたいと強がることができるおかげだ。
もしひとりだったら、とうに降参していただろう。
「――ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」
ダンジョンを震わす咆哮が放たれ、体が一瞬浮いた。
少女たちが咆哮によって吹き飛ばされ、ダンジョンの外を出たことを確認すると、デヴィッドは走りながら目だけで振り返る。
背後に迫るのは、炎を纏った、巨体を誇る翼竜がいた。デヴィッドの数倍はある体躯は赤く、炎の化身だった。
牛を一飲みしてしまいそうな口には鋭い牙が並び、隙間から炎が漏れている。
一対の翼が動く度に、炎と風が暴力となってダンジョン内を蹂躙し、破壊していく。
まさに業火と暴力の化身であった。
「これが、火竜のダンジョンの主……」
ダンジョンを舐めていた。
学生時代に遡っても、こんな化け物が住まうダンジョンに訪れていたことを後悔する。
意識が飛びそうなほど恐ろしく、だがそれ以上に美しい。
人間を超越した種族に、デヴィッドはただただ目を奪われ、心を鷲掴みにされるのだった。




