15.依頼。でもそれは責任が伴うもので――。未熟で弱いただの冒険者が本当に彼女たちに必要だろうか?
「待った待った待った! ちょっと待って!」
彼女たちの言っていることは理解できる。デヴィッドもまた、今後も彼女たちがダンジョンなどに挑むのであればサポート役が必要だと思っている。
――しかし、その役目にデヴィッドを選ぶことは失策である。
「あのね、俺は冒険者としては駆け出しで、魔法はもちろん剣だってまともに使えないんだよ。自分でこんなこというのは本当に情けないんだけど、ジュリエッタを助けられたのもすらいちゃんがたまたま規格外のスライムだったからで、俺はなんにもしていないんだ」
本当に自分で口にして泣きたくなる。
ジュリエッタもアンジェリカも心から感謝してくれるが、本当に感謝と称賛を送られるべき相手はすらいちゃんだけなのだ。
デヴィッドは一緒にいただけだ。魔狼が倒された後手当てこそしたが、傷を完全に癒すことはできなかった。だが、それだってすらいちゃんの触手のおかげでジュリエッタが全快するという形で終わったのだ。
結局のところ、デヴィッドはなにひとつまともにできない役立たずである。
だからこそ感謝の言葉を言われる度――辛くなる。
「冒険者ギルドに知りあいがいるんだ。紹介するからその人から優れた冒険者を紹介してもらうといいよ」
「駄目よ」
「ええ、駄目ですわ」
デヴィッドの提案を二人はそろって拒否した。
「ギルドにいる知り合いの人のことを信じないわけじゃないけど、今私たちが信頼できる冒険者はデヴィッドだけなの」
「確かに戦闘面で強い方にサポートしていただければ安全かもしれません。ですが、本当にそうでしょうか? わたくしたちに必要なのは、心から信頼し、一緒に冒険することができる方です」
「それが俺だと?」
「そうよ。あんたとすらいちゃんよ」
「ぴ!」
わかってるじゃないか――そう言わんばかりに嬉しそうにすらいちゃんが鳴いたが、デヴィッドは納得できなかった。
気持ちはわかる。同級生に裏切られ、死にかけたのだ。一番欲しているものは、信頼なのだろう。だが、自分だってまだ二度ほどしか会っていないのだ。どこで信頼を得たのか理解に及ばない。
「デヴィッドったら本当にわからないのね」
くすくす、とジュリエッタが微笑み、
「あんたは私を助けてくれたわ。魔狼を倒したのはすらいちゃんかもしれないけど、私の話をしっかり聞いてくれて、心を救ってくれたのよ。魔鉱石だってわざわざ私が価値を教えたにもかかわらず、迷うことなく私にくれたわ」
「それだけ、で?」
「私にとってはそれだけじゃないのよ。私はデヴィッドとすらいちゃんに心から感謝しているし、できることならこれから一緒に居たいと思っているわ。信頼できる人たちだとも思っているの。だから――お願い」
これほどまで喜ばしいことを言ってもらったことが今までにあるだろうか。
否、ない。
感情が込み上げてくるが、必死にこらえる。この場で感情的に返事をしてしまえば、きっと彼女たちのためにならないのだ。
「デヴィッドさん、すらいちゃんさん、決断する前にわたくしたちがなぜ危険を冒す理由を聞いていただけませんか?」
「そうだね、なぜ冒険者を雇ってでもダンジョンに挑むのか聞きたい」
「ぴぃ!」
ぬるくなった紅茶を含み、デヴィッドは少女たちの言葉を待つ。
仮に、切実な願いがあったとしても力を貸すことはできないかもしれない。彼女たちが本気で自分を信頼してくれると言ってくれることは嬉しい。だからこそ、その想いに甘えてはいけないと思ってしまう。
「私たちには怪我を治したい人がいるの」
「先日、デヴィッドさんが譲ってくださった魔鉱石もその治療薬のために使いたいのです」
「治療を必要としている人が?」
「私の姉なの。だから、お願い――力を貸して」
できることなら力になってあげたい。だが、どうすれば自分などが力になれると言うのだろうか。
縋るような瞳を向けるジュリエッタを笑顔にしてあげたい。元気な彼女には笑顔がよく似合うのだと、短い時間でもわかっている。そしてその笑顔を曇らせているのが、自分が拒んでいるせいであるということも。
「私は怖いの。また裏切られるかもしれない。今度は死んでしまうかもしれない。貴重な物を手に入れた途端、近くにいる人が豹変するかもしれない。そう思うと、なにもできないわ」
「……ジュリエッタ」
裏切られ、死にかけた出来事は彼女の心に深い傷を残していた。
「でもデヴィッドなら信じられるの。お願い」
「俺は戦えないよ?」
「知らないかもしれないけど、私って強いのよ。そりゃ魔狼には敵わないけど、これでも新入生の中では一番の実力があるわ」
知らなかった事実に驚く。
「きっと俺がしてあげられることは、ジュリエッタの傍にいてあげるだけかもしれない」
「それだけでいいの。もちろん、ダンジョンに挑む際は協力してもらいたいけど、冒険者だから先陣切って戦え、なんて言うつもりはないわ」
どうしよう、と考える。心情的には力になってあげたい。だが、本当にいいのかとつい考えてしまう。
そんなとき、ジュリエッタの腕の中にいるすらいちゃんと目が合った。
「ぴぴぴぃ、ぴぴぴっ」
きっとジュリエッタたちにはわからないだろうが、デヴィッドにははっきりとすらいちゃんの言いたいことが伝わった。
――一緒に頑張ってみよう。手伝うから!
実に相棒としてありがたい言葉だった。デヴィッドは覚悟を決める。
ジュリエッタとアンジェリカのために、そして――他ならぬ自分自身のために、引き受けよう、と。
「――わかった」
たった一言で、曇っていた少女二人の表情が明るくなる。
「ありがとうございます!」
「ありがとう、デヴィッド!」
きっとこれでよかったんだと思いたい。その答えは、いずれ出るだろう。
願わくはこの決断が正しい選択でありますように。