14.依頼。でもそれは責任が伴うもので――。未熟で弱いただの冒険者が本当に彼女たちに必要だろうか?
「デヴィッドさま、すらいちゃんさま、わたくしのことはアンとお呼びください。親しい人はそう呼びますので」
「でしたら俺のこともデヴィッドと。あまり、さまをつけられて呼ばれることになれていませんので」
「あら、でしたらデヴィッドさまと呼ばせていただきますね」
突然始まった夜のお茶会。アンジュリカの工房は広く、二部屋分あると思われる。その空間を複数に切り分けているようで、今デヴィッドがいる箇所はこうしてお茶などを飲んで小休憩する場所なのかもしれない。
部屋の奥から独自の薬品の匂いがするため、アンジェリカは魔法薬学を専門にしていると思われる。
「あっと、それでジュリエッタはどうしてアン……さんと俺を会わせたかったの?」
「アンさんではなく、アンとお呼びくださいデヴィッドさん。本来ならわたくしがそちらへ参上しお礼を言うべきなのですが、どうしても手が離せないため無理を言ってきていただいたのです」
申し訳ございません、と謝罪するアンジェリカに気にしていないことを伝える。
彼女を責めるつもりなど毛頭ない。友人を助けたことに対し、わざわざ礼を言いたいというアンジェリカがどれだけジュリエッタのことを大切に想っているのかよくわかる。
「こんなことを聞くのも気が引けるんだけど、先日の一件の生徒に対する学園の対応は聞いたけど、ジュリエッタ自身はどう折り合いをつけることにしたんだ?」
「折り合い? つけてないわ」
「えっと、というと?」
「ボッコボコにしてやったわ。すごくすっきりしたのよ」
「――は?」
「――ぴ?」
デヴィッドとすらいちゃんは耳を疑った。自分から訪ねておいて、まさか物騒な返事が返ってくるとは思っていなかったのだ。
「ジュリーから聞いていると思いますが、置いて逃げた生徒は、あろうことかすべてジュリーが悪かったことにして自己責任だと教師に言いました。しかし、デヴィッドさんとすらいちゃんさんのおかげでこの子は無事だったと知ったときの慌てようははっきりいって無様の一言ですわ」
「挙句の果てに私のせいだ、なんて言いだしたからもう押えていた怒りが爆発しちゃって――ついやり過ぎちゃったわ」
「しばらくはベッドの上ですものね。まあ、逃げだす恐れがなくなったのでよかったのではありませんか?」
悪戯っ子のように舌を出すジュリエッタはかわいらしいのだが、アンジェリカの発言を含め色々怖い。
生徒の仕出かしたことを思えば正当な怒りなのだが、自ら手を下すとは予想していなかった。
「報告が虚偽だとわかっただけでも罰に値するというのに、ジュリーが悪いとよくわからない責任転嫁までしてしまったので、学園側も相当お怒りのようですわ」
「ダンジョンは禁止になったし、生徒への罰則も今後厳しくなるから、間違いなく今ごろどうしようって震えているでしょうね」
「ダンジョンに潜って戦いの訓練をしていた生徒はもちろん、研究に必要な材料をダンジョンに求めていた生徒からもそろって恨みを買ってしまったようです。学園が退学にしなくとも自主退学するでしょう」
「といっても学園からの許可が下りれば今まで通りにダンジョンに潜れるから、あまり変わらないといえば変わらないけどね」
しかし、実力の足りないと判断された生徒や、教師が許可しない場合などに独断でダンジョンに挑めば学校から厳しい処罰が下るようだ。
「ダンジョンの怖さは体験してみないとわからないからね。妥当な処置だと思うよ」
加害者となった生徒たちは明らかに自業自得である。先ほど、ジュリエッタからの説明では混乱時のことを考えかわいそうだと思ったのだが、事もあろうに被害者に責任転嫁しようとした生徒たちのことを、もうそんな風には思うことができない。
それでもダンジョンの怖さを知っていれば、こんなことになる前に対策があったと思われる。冒険者を護衛として雇うことだってできたはずだ。金銭はかかるかもしれないが、命のほうが大事だ。
これに関してはジュリエッタも悪い。
「とてもあんなことをする人たちではないと思っていたのですが、ダンジョンの怖さというのは実体験しないとわかりませんね。とはいえ、人の命を犠牲にしようとしたことは許されません。もちろん、虚偽を申したこともです。学園も然るべき罰を与えるでしょう」
彼女たちの言うように加害者は学園に居場所がなくなるだろう。たとえ学園側が寛大な対応をしてくれたとしても問題の彼らのせいで迷惑を被った生徒たちが許すとは思えない。
もちろん、寛大な処置がなければ最悪投獄もあるので、どちらにせよ自分たちが仕出かしたことの大きさを悔いることになるはずだ。
「私にももちろんペナルティがあるわ。自身を過信してダンジョンへ挑んだこと、ちゃんと仲間選びをしなかったことなどを含め、私だけがなにも悪くないとはいえないの」
「かもしれないね」
「だから――デヴィッドさんに依頼したいの」
「俺に? なにを?」
ジュリエッタとアンジェリカは互いに顔を見あわせると、確認するように頷きあった。
「これからもダンジョンに挑む予定なの。もちろん学校と両親の許可はちゃんと取るわ」
「ダンジョンだけではありません。必要な物を手に入れるため、冒険が必要となるでしょう」
「だから冒険者として私たちをサポートしてほしいの」
突然の申し出にデヴィッドは目を大きく見開いた。