12.三日ぶりに再会したジュリエッタが元気で安心しました。紹介したい人がいる? か、彼氏を紹介されるにはまだ早いと思いますっ。え? 違う?
ダンジョンで女の子を助けてから三日が経っていた。
デヴィッド・グリムとスライムのすらいちゃんは女の子が無事に両親に生存を知らせることができているといいなぁと思いながら、冒険者稼業に勤しんでいた。
「あー、今日もなんとか終わったなぁ」
夏が終わり日中はまだ熱いが日が沈むと肌寒くなる秋の季節が訪れる中、頭にすらいちゃんを乗せてデヴィッドはアパートの扉を開く。
「ぴぴぃ」
「――ん? ああ、誰かがきていたみたいだね。どうせ、ほら前に話した幼なじみだよ」
ブーツを脱ぎ捨て部屋にあがると、予想通り幼なじみが料理のおすそ分けにきてくれたようだった。
王都のレストランで働いている幼なじみは、ときどき今日のように料理を持ってきてくれることがある。
最近は忙しいため顔を合せることがないのだが、合鍵を渡してもいないのに勝手に入ることができるのはなぜだろうかと考え、思考を放棄したのはずいぶん前のことだ。
どうせ会っても田舎に戻る戻らないで口論となるので、こうしてちょっとしたやり取りがあるくらいでちょうどよかったりする。
「でも助かったな。金欠じゃないけど、疲れたときに飯の支度するのは大変だし、食べにいっても待たされるからありがたいよ」
「ぴぴぃぴぃ」
店によってはモンスターお断りという場合も多々あるので、まずそこから調べなければならないのもなかなか手間なのだ。
すらいちゃんに促されてテーブルの上にある大皿の蓋を開けると、
「おお――今回はなんというか気合入っているね」
「ぴぃぃぃぁっ」
大皿の中には、半身のスズキをトマトとオリーブオイルで煮込んだアクアパッツァがあった。シンプルであるがそれゆえ味付けが難しく、美味いまずいがはっきりしてしまう料理だ。
簡単に作れると言う利点ももちろんあるのだが、デヴィッドは何度か作り失敗している。
だが、幼なじみは成功したようだ。トマトとにんにくの香りが空腹の胃を刺激する。行儀が悪いがスプーンで汁を掬って舐めてみると唐辛子をはじめスパイスが効いているのか、実に美味い。
「ぴぃぴぃっ」
自分だけずるいと相棒に抗議されてしまい、トマトのかけらをすらいちゃんの口に入れてやると嬉しそうに口をもごもごと動かしはじめた。
その間に、パンを切り分け、冷蔵庫から生野菜を取りだして切り分け簡単なサラダとする。
まだ温かい料理は温める必要がなかったため、さっそく食事だ。
「さ、食べようぜ」
「ぴぃ!」
待ってました、と言わんばかりに大きな声で鳴くすらいちゃんと一緒に、幼なじみのアクアパッツァに舌鼓を打った。
あっという間に終えてしまった夕食のあと、インスタントコーヒーを飲んでいると玄関からノックの音が聞こえた。
時計を見れば、もういい時間だった。
「こんな時間に誰だ? 大家さんは寝ているだろうし、あいつが皿でも回収にきたのかな?」
マグカップを置いて玄関に向かい扉を開けると、
「――君は」
「その、先日はどうもありがとうございました」
三日ぶりに再会したジュリエッタ・セラートがそこにいた。
「えっと、とりあえず上がる?」
「うん。ありがとう」
まさかの来訪者に驚きながらも、ジュリエッタを部屋の中に招く。一瞬、学生をいきなり部屋に入れるのはどうかと脳裏をかすめるも、彼女のほうは気にした様子もなく部屋にあがるとすらいちゃんを見つけて挨拶を交わしている。
考え過ぎの自分に苦笑すると、ジュリエッタのためにコーヒーを用意した。
「はい。そこに座って。それで、急にどうしたの?」
「突然でごめん。ちゃんとあの後のことを報告したかったんだけど、なかなか時間が取れなくて……」
「気にしなくてよかったのに」
「そんなことできないわ。命の恩人だし、デヴィッドとすらいちゃんがいなかったらって思うと今でも怖いわ。パパとママもお礼がしたいっていってるの。よかったら今度ウチにきて」
「えっと、考えておくよ」
命は救ったかもしれないが、あまり恩人だなんだと言われたくはない。駆け出し冒険者として助けられることが日常的にあるデヴィッドにとってジュリエッタを助けたことも、当たり前のことなのだ。
「それはそうとその後学校ではどうなの?」
「実は――」
ジュリエッタはゆっくり説明を始めてくれた。
竜に乗り学園に送られ、教師たちに生存を知らせ、ショックで気を失っていた両親を起こし生きていることをしっかり伝え無事を涙ながらに喜ばれた。
感動の場面かもしれないが、喜ぶこともできない者がいる。彼女を見捨てた同級生たちだ。彼らはジュリエッタの証言から、偽りの報告をしたとされ現在取り調べを受けているという。学園はもちろん、冒険者ギルドにまで足を運ぶ羽目になり、最悪の場合は憲兵の出番もあり得るとのことらしい。
悪意があったわけではなくても、生きるために人をひとり囮にして見捨てたのだ。殺人未遂と判断されても仕方がないことだった。無論、学生であることや魔狼と遭遇したという状況から少なからず情状酌量はあるのかもしれないが、罪に問われない――ということはありえないだろう。
「おかげで学校ではダンジョン禁止よ。生徒たちが滅茶苦茶怒っているわ。私はなんとか被害者ってことで大丈夫だけど、あいつらが退学にならなかったとしても学校に居場所はきっとないでしょうね」
「かもしれないね」
かわいそうではあるが、自業自得だ。また当事者でもないためデヴィッドは無責任に言葉を発することはしない。
ジュリエッタの口調から、怒りを感じ取ることができるが、ダンジョンで別れたときよりも元気な様子なのでほっとする。
怒りだろうが別の感情を爆発させていようと、酷い目に遭ったにもかかわらず元気ならそれでいい。
「もしかしてわざわざ報告にきてくれたの? 気を遣わせちゃってわるかったね」
「ううん。いいの。それに、直接会って話したかったって気持ちもあったし」
少し照れたようにはにかむジュリエッタはかわいらしく、思わず鼓動が高鳴ってしまう。あまり異性と縁がないデヴィッドにとって、年下の少女はとても魅力的に映った。
実際、すごく魅力的なので、デヴィッドにはより魅力的に映るようだ。
「この三日間、どうやって恩を返せばいいのか悩んだわ。命だけじゃない、魔鉱石まで譲ってもらって――いまだに恩返しの方法がわからないの」
「だから恩返しなんてしなくていいんだって。女の子に恩返しさせるわけにもいかないし、なかったことにしてくれるのが一番の恩返しだと思うんだけど」
「なんていうかデヴィッドって無欲なのね」
「別にそういうのじゃないんだけどね」
つい苦笑してしまう。恩返ししたいジュリエッタと構わないというデヴィッドの会話は平行線だ。どちらも相手のことを思っているだけに、話が進まない。いっそデヴィッドに下心でもあれば話は別だったのかもしれないが、そんな気配は微塵もないのだ。
そのためジュリエッタは感情を持て余してしまうことになる。
「じゃあお礼の話はまた今度にしましょう。話変わるけど、デヴィッドに会ってもらいたい人がいるの」
「――いやぁ、恋人を紹介されても困るんだけど」
「違うわよ! ていうか、どうしてアンタがパパのポジションなの!」
「つい、ね」
「意味わかんない! 会ってもらいたいのは、私の親友です。もしよければ、今からお願いしたいんだけど、どうかな?」
時計を確認するが、日が変わるまでまだ時間はある。明日はとくに仕事を入れてないので日を跨いでしまっても構わない。
「別にいいけど」
ただし、なぜこんな時間に、と気にならなくもない。
「あと、お願いだからひとつだけ約束してほしいの」
「約束?」
「私がすらいちゃんに助けてもらったことは認めるけど、これから会う人に、その、あんなことは絶対にしないでください」
「あんなこと――ああ、触手ね」
「い、言わないでよっ。あ、あんなことされて、見られて、もう私はお嫁にいけないから絶対に責任とってもらうからね」
顔を真っ赤にしてそんなことを言うジュリエッタに、ようやくデヴィッドは責任の意味を理解した。
「責任ってそれかぁ――だったら原因であるすらいちゃんに」
「スライムにどう責任とってもらえばいいのよっ!」
「で、ですよねー」
決して口には出さなかった、恩返しがしたいのなら――すらいちゃんの一件を忘れてくれないだろうか、と切に願った。
一方、会話に参加していなかったすらいちゃんは、
「すぴぃ」
お腹いっぱいになって満足したらしく、寝息を立てていた。