11.学園に戻ったジュリエッタは親友と家族と無事再会し、生存を伝えることができました。だからって裏切り者を許す理由にはならないよねっ。絶対に許さないんだから!
ジュリエッタ・セラートが学園に到着すると、ダンジョンから送ってくれた兵士に丁寧にお礼を告げ、乗せてくれた竜の頭を撫でた。
兵士に礼はいいから早く安否を伝えるように言われ、何度目になるのかわからない感謝を告げると、学園の敷地を駆けていく。
「ジュリー!」
聞き覚えのある声が自分の愛称を呼んだことで足を止める。
「アンっ!」
上級生だがかけがえのない親友であるアンジェリカ・オトマイアーが瞳に涙をため走ってくるのが見えた。ジュリエッタも親友に向かって駆けだす。
「無事、なのですね?」
「もちろん無事よ」
抱きしめ合った二人。アンジェリカは親友の無事を確かめるように顔から腰まで何度も触っては、怪我をしていないか確認し始める。
親友の行動から学園に戻ってきたことが遅かったと察する。おそらく自分を見捨てた連中は都合のいいように教師たちに報告をしたのだろう。
「わたくしは信じていましたわ。たとえ新入生とは言え学園一の実力があるあなたがダンジョンで死ぬはずがない、と」
「ありがと、アン」
「ですが、彼らはあなたが死んでしまった、犠牲になったと言い……教師たちは信じてしまいました。すでにジュリーのご家族にも伝わっていて、その、ご両親とも倒れてしまったのです」
「……あいつら。私を囮にしただけじゃ飽き足らず、パパとママに嘘を吹き込んで」
「嘘、とは? どういうことですの? ダンジョンでいったいなにがあったのですの?」
怖い顔をして詰め寄る親友に、きっと話したら心配させてしまうと承知しながらも言わざるを得ず説明する。どんどん親友の表情が青くなっていき、続いて赤くなっていく。
普段おっとりしている親友が怒ると怖いことを十二分に知っているジュリエッタは、危険なことをした自分を含め怒っているのだと察すると、自然と体が震えた。しかし、怒ってくれる親友を見て、無事に帰ってくることができたのだと実感する。
「――そうでしたか。まさか同じ学園の生徒がそんなことをするなんて夢にも思っていませんでしたわ。混乱の最中で仕方がなかったと言えばそれまでかもしれませんが、ダンジョンから出たあとに嘘をつき続けたのは間違いなく彼らの悪意です。許せるものではありませんわ」
すべてを聞き終えたアンジェリカは静かな怒りに身を震わせていた。
大切な親友を囮にしたことは、混乱ゆえにと考えれば我慢できないこともない。無論、許せないが、仕方がなかったと恩赦することができる。しかし、見捨てておきながらジュリエッタが自分から囮になったと嘘をついたことは許せそうもない。
仮にジュリエッタが死んでいたのなら生き残った仲間は真実を述べる義務がある。それを怠ったどころか嘘偽りを告げ、自分たちの都合よく事実を歪めたことは許されない罪である。
「私だって許せないわ。必ず償わせてやる。この学園からも追いだしてやるわ」
当事者であるジュリエッタの怒りも相応のものだ。これから事実を知ることになる教師や両親も同じく怒りを抱くだろう。それだけのことをされたのだ。
「ですが、どうしてダンジョンへ行ったのですか?」
「それは、その……」
「普段なら信用のおけない人間とチームを組んで行動することを嫌うあなたですのに」
「えっと、怒らないでほしんだけど、アンジェリカが欲しがっていた魔鉱石を探したくて……誕生日だし」
ダンジョンに挑んだ理由を明かすと、親友が絶句したのがわかる。
恐る恐るバッグからデヴィッドに譲り受けた魔鉱石を取りだし、アンジュリカに見せる。
「でも見つけたんだよ。私じゃなくて、私を助けてくれた人が、だけど。だから――少し早いけど誕生日おめでとう」
「――馬鹿っ」
ジュリエッタの小柄な体躯をアンジェリカが力いっぱい抱きしめる。
「わたくしのためにそんな危険を冒して――本当になにかあったら、どうするのですか?」
「……ごめん」
「ご両親はもちろん、わたくしだってあなたをダンジョンにいかせたことを一生後悔しますわ」
「ごめんねぇ」
心の底から心配されたジュリエッタは、涙が込み上げてくるのを我慢できなかった。
親友の腕の中で声をあげて泣いてしまったことをきっかけに、感情がとめどなく溢れてくる。
裏切られ、見捨てられたときの絶望感。魔狼に襲われもう駄目だと思った恐怖――すべてが蘇り、気丈に振る舞っていた少女の心を決壊させた。
「無事でよかったですわ。本当に、無事に戻ってきてくれてよかったですわ」
アンジェリカも涙を零し、親友がここにいることを確かめるよう強く強く抱きしめる。
ジュリエッタを見捨てた人間の言葉を最初から信じておらず、兵を用意し今にもダンジョンへ救出に向かおうとしていたのだ。その必要がなかったことに感謝し、親友を救ってくれたという冒険者に心からの感謝の意を抱く。
そして気づく。
親友は魔鉱石という希少価値が高いものを譲り受けたと言う。しかし、魔鉱石の価値を知っているアンジェリカからすれば、その行為はありえないに尽きる。よほどの善人かお人好しか、それともなにか企みがあるのか。
「ジュリー、あの、魔鉱石をよくその冒険者の方が譲ってくれましたわね」
「……うん。私もすごく価値があるからって説明したんだけど、私の友達に誕生日プレゼントだって」
「――あら」
なんて素敵な方なのかしら――と、当の本人がいないこの場でデヴィッドに対するアンジェリカの好感度が跳ねあがる。
追々魔鉱石の価値を巡って揉めないのならよかったと安堵すると、涙を袖で拭う妹同然に思っている親友に朗報を伝える。
「魔鉱石を手に入れてくれたおかげで、あなたのお姉さまのためにようやく薬が作れるわ」
「嘘――もしかして、全部お姉ちゃんのために?」
「そうですわ。ぬか喜びさせることは忍びなかったので隠していたのですが、こんなことになるのならちゃんと説明しておくべきでしたわね。ごめんなさい」
「ううん。私こそ、たくさん心配かけてごめんなさい」
その時だった。
「ジュリエッタ!」
「パパ? ママ?」
待機していた兵士が気を利かせて呼びにいったのだろう。ジュリエッタの両親が涙で頬を濡らしながら走ってくる。
「さあご両親を安心させてあげて」
親友に促されて腕から飛びだすと、ジュリエッタは両親に抱きしめられ再び涙を流す。
そんな親友の姿を見ることができて本当によかったとアンジェリカは想う。同時に、必ずジュリエッタを裏切った生徒に報いを受けさせると誓うのだった。