10.女の子は兵士さんが無事に送っていきました。ほっと一安心できたので、今朝やらかしてしまったすーちゃん一件を謝罪しなければ。贈り物で許してもらおう大作戦!
デヴィッドはすらいちゃんとジュリエッタを連れてダンジョンの外へ出た。
気づけばすっかり日が傾いている。
オレンジ色の日を浴び、眩しさに耐えていると、顔見知りの兵士のおっちゃんが血相を変えて走ってきた。
「デヴィッド! よかった、この野郎。無事だったのか!」
「どうしたの?」
「どうしたもこうしたもあるかっ、学生がひとり死んじまったらしいんだよ。魔狼が上層部に出やがったみたいでな、だからお前も襲われたんじゃないかって――んん? なんだその子は?」
無事を確かめるようにデヴィッドの体を叩いていた兵士だが、スライムを連れてダンジョンに入った知りあいが、女の子を連れて戻ってきたことに首を傾げた。
「えっと、多分、その死んだって言われている学生さん」
「はぁ!? ――待て待てどういうことだ、ちゃんと説明しろ」
デヴィッドは兵士にダンジョンに入ってから今までのことを事細かに伝えた。
この場にいる兵士たちは王都でいうところの憲兵と同じ役割を持つ。ダンジョンで犯罪行為が行われればまず彼らに報告する義務があるのだ。
デヴィッドに続きジュリエッタも一通りの説明をしていく。次第に兵士のおっちゃんの顔色が赤くなり、形相も恐ろしくなっていくのを見て嫌な汗が流れる。
なにも悪いことをしていないにも関わらず自分が悪さをしたのではないかという錯覚に陥りかけてしまう。
「――ずいぶんふざけた話だな」
すべての話を聞き終えた兵士が、嘆息交じりにそう言った。
「俺が聞いた話と違っているが、まあ、お嬢ちゃんのほうが正しいんだろうな。今回のような場合、生き残った奴らが自分に都合のいいように言うことが普通だ。誰も、自分の不利な証言はしない。残念だが、それがまかり通っちまうから後をたたねえ」
兵士曰く、ジュリエッタを置き去りにした学生たちの証言は――魔狼に襲われ、仲間内で一番の実力があるジュリエッタが自ら囮になることを宣言し、無理やり従わせた。命からがら逃げだしたが、安否は不明。おそらく魔狼相手では死んでいる。そう涙ながらに語ったらしい。
「興奮していたし、魔狼に出くわしたことはかわいそうだったが、混乱の中全員が全員同じことを言いやがったから少しおかしいと思っていたんだが、やっぱりそうだったか」
言葉にこそしなかったが、囮にされ見捨てられたのだと兵士は把握していた。それゆえに怒りが湧く。デヴィッドがいなければ間違いなく死んでいたのだから。いや、正確に言うならばすらいちゃんの存在がなければ二人そろって死んでいた。
最悪の場合はもっと被害が大きくなっていたかもしれない。
学生たちは仲間を見捨てたこともそうだが、虚偽の報告をしたことも罪になる。
「あの、あいつらはどうしましたか?」
「兵士が学園まで送っていったぞ。学園にも連絡しないわけにはならないからな――っと、ならお嬢ちゃんも早く学園に戻ったほうがいい。時間も相当経っているから学園だけじゃなくご両親にまで間違った情報が伝わっている可能性が高いぞ」
「ど、どうしよう。王都までそんなすぐいけるわけが……」
兵士の言葉にジュリエッタが真っ青になる。おそらく自分を見捨てた仲間がどうしているのか知りたかったのだろうが、誤った報告をされ家族を悲しませてしまう可能性に気づき慌て始めてしまった。
王都に戻るには竜タクを使っても、どうしても時間がかかる。早馬に単身乗ってもやはり時間はかかってしまう。
「ちょっと乱暴になるが俺がなんとかしてやろう」
「おっちゃん、なんとかってどうするの?」
「足の速い竜がいるんだが、俺がその竜にのってお嬢ちゃんを王都に送る。それが一番だな」
「確かに」
竜タクに乗って時間がかかるのは多くの人を乗せているからだ。竜単身に騎乗すれば、その足はぐんと速くなる。それこそ少女がひとり乗ったからといって負担は多くないはずだ。
「いいんですか?」
「もちろんだ。被害者のお嬢ちゃんのために動けないなら兵士なんて役立たずだ」
「――ありがとうございます!」
大きく頭を下げた。
「構わないさ。じゃあ俺は竜を連れてくるから帰り支度をしておいてくれ」
そう言い残して駆け足で戻っていく兵士を見送り、ジュリエッタはデヴィッドとすらいちゃんに向き直る。
「二人とも、本当にありがとう」
「もう何度もお礼は聞いたからいいよ。なあすらいちゃん」
「ぴぃ」
大したことはしていない、とばかりにデヴィッドの頭の上ですらいちゃんが鳴く。
「でも、命の恩人には変わりないわ。王都に戻ったらちゃんとお礼がしたかったんだけど、私だけ先に戻っちゃうから――そうだ、連絡先を教えて?」
「あ、ああ、いいけど、別にお礼なんて」
「いいからさせて。あなたたちはたいしたことをしていないと言うけど、私にとって命を救われたんだから、どれだけ感謝しても足りないわ。それに探していた魔鉱石まで譲ってもらったし、お礼ができなければ私はすごく恩知らずな女になってしまうじゃない」
連絡先を教えることは構わないが、お礼をされてしまうことを困るデヴィッド。しかし、結局根負けしてしまい少女の持っていたノートの自宅のアパートの住所を書いていく。
「ありがとう。必ず連絡するからまた会いましょう」
「じゃあ、また。元気で」
「うん」
「色々と思うことはあると思うけど、前向きに進んでほしい。俺はたいした冒険者じゃないけど、助けがほしければいつでも頼ってくれ」
「うん!」
別れとなると寂しさが湧く。とてもいい出会い方をしたわけではないが、一緒にダンジョンを歩いた仲である。ちょっとした仲間のように思っていた。
「おーい。いつでも出発できるぞ!」
「今行きます!」
準備を終えた兵士が竜の上から声をかけてきた。
別れのときが訪れた。
「また会いましょう、デヴィッド。すらいちゃん」
「ああ、またな」
「ぴぴぴぃ」
うっすら涙を浮かべデヴィッドに抱きつくジュリエッタの背を叩く。彼女は名残り惜しそうに体を離すと、すらいちゃんに手を伸ばし胸の中で強く抱きしめる。
すらいちゃんの体をデヴィッドに返すと、荷物を持って静かに離れる。
「また王都でね」
「ああ、道中気をつけて」
「ぴぴぅ」
手を振り送りだすと、ジュリエッタは何度も振り返っては手を振ることを繰り返す。
ようやく竜にまたがると今度は大きく手を振り、何度も「ありがとう」と感謝の意を発した。
そんなジュリエッタが見えなくなるまですらいちゃんと一緒に手を振り続けたデヴィッド。二人乗りの竜が見えなくなったころには、すっかり辺りは暗くなっていた。
「さ、俺たちも帰るか」
「ぴぃ!」
「上物の薬草は大して取れなかったけど、人助けができたからよかったよかった」
大金を手に入れ損ねたことも、せっかくの実りのいい依頼を失敗したことも不思議と悔しくない。それどころか冒険者になって以来の――いいや、学生時代から数えても初めての充実感を覚えていた。
デヴィッドは充実感とすらいちゃんを胸抱き、竜タクに乗ると王都への道のりの中でジュリエッタが王都で家族に無事を知らせていることを願う。
王都に出てからほとんど連絡していないし、たまに連絡をとっても故郷に戻れとうるさい両親に、久しぶりに連絡を取りたくなった。
※
竜タクに揺られて王都に戻ってきたデヴィッドは、冒険者ギルドに駆け込む。
依頼を失敗したことの謝罪をするが、兵士から今日の出来事は聞いていたようでむしろ感謝されてしまった。
聞けば学生がダンジョンで危険な目に遭い、酷いときには死亡することも増えているらしい。それでいながらダンジョン内でなにかあれば冒険者ギルドが責められることも多いため、デヴィッドが生徒を――しかも見捨てられ囮にされた生徒を救ったことは大変喜ばしいことであり、今後そのような非道な真似が起きないようにするきかっけにもなっていくという。
今回の一件は厳しく追及するとのことだ。たとえ学生であっても大きな罪に問われるだろうと職員は語った。
少しだけモヤモヤする気分になったが、デヴィッドは探し人を見つけて声をかける。
「――シェリアさん!」
「あらデヴィッドくん――ひいっ、す、スライムちゃんも一緒なのね。できれば、その、あまり近づかないでくれるかしら」
朝、触手の被害者一号として大変な目に遭ったシェリアは明らかに警戒してすらいちゃんから目を離さない。
デヴィッドは心底申し訳ない気持ちになると、すらいちゃんに一言声をかけてから彼女に見えないところに一度置く。
見るからにほっとした様子のエルフの受付嬢に、少しだけ苦笑してしまうも、すぐに気を引き締める。
「シェリアさん、今朝はすいませんでした。これ――お詫びです」
「まあ」
ダンジョンで見つけた鉱石を複数手渡すと、シェリアの表情が明るくなった。
エルフであると同時に、魔法使いでもある彼女は事務職の傍ら魔法薬を作っていることをデヴィッドは知っていた。ときどきダンジョンで見つけたら譲ってほしいと頼まれることもあるのだ。
今回手渡したのはシュリアが先日会ったときに高価だから手に入れるのが大変だとぼやいていたものだ。売ればそこそこのお金になるのだが、金よりも破廉恥スライムがしでかしたことへのお詫びが優先された。
結果――満面の笑みを浮かべるシェリアを見て、デヴィッドは内心ガッツポーズをするのだった。