9.ダンジョンって聞くとテンション上がる? いや、俺は上がりません。だってダンジョンの中は危険がいっぱいだもん。お宝を手に入れることもあるけど基本的にモンスターの巣窟ですよ。え? 出会い? ないない。
「あーあ。すっきりしたわ」
ひとしきり泣いたジュリエッタは言葉通り、すっきりした表情を浮かべていた。
「その、色々ありがとう。グリムさんとすらいちゃんのおかげだわ」
「気にしないで。困ったときはお互いさまなんだから。それと、デヴィッドと呼んでほしい」
「ぴぴぃ」
「じゃあ改めて、ありがとうデヴィッド。私のこともジュリエッタと呼んでね」
憑き物の落ちた笑顔を浮かべるジュリエッタに、デヴィッドは安心する。
――きっと大丈夫だ。
仲間からの裏切り、死んでいたかもしれない恐怖を乗り越えることはとても難しい。デヴィッドもまた過去に経験したことがあるが、こうして生きている。
経験として糧にすることができればそれでもいいし、忘れてしまえるならそれもありだ。だが、いつまでもマイナスの感情として胸の内で燻らせてしまうのはよろしくない。
必要があれば、これも縁なので乗り切れるようサポートすることも視野に入れていたのだが、ジュリエッタが心の強い少女だとわかり、きっと乗り越えることができると確信した。
「どういたしまして、ジュリエッタ。ところで――」
「どうしたの?」
「君の探している鉱石ってどんなものか説明してくれる?」
「……別にいいけど。見た目は漆黒よ。まるで闇を凝縮したみたいな黒で、一見すると黒曜石に見えるかもしれないわ。あと、驚くほど軽く、頑丈よ」
「へえ」
あまり聞いたことがないものだった。
貧乏冒険者には縁がないだけかもしれないが、おそらく希少なため市場に出回っていないこともあるのだろう。
「一説によると、ダンジョンの魔力が鉱石になったと言われているの。だからこそ秘薬の材料になるのよね」
「名前は?」
「はっきりしたことがわかっていないから――魔鉱石と呼ばれているわ」
「なるほど、ね」
一通り説明を聞いたデヴィッドは、立ち上がると魔狼の遺体に近づいていく。
「なにをしているの?」
「なにって――探すんだろ? 手伝うよ」
言われてジュリエッタはハッとした。眼前に倒れる魔狼。体の半分がなくなっているが、残り半分に魔鉱石がないとは限らない。
万が一見つかる可能性だってあるのに、探さないで帰ることなどしたくない。このまま帰れば、なんのために危険な目に遭ったのかわからなくなってしまう。
「でもいいの?」
「なにが?」
見つからないとわかっていても疑問に思う。
魔鉱石は拳ひとつの大きさで屋敷が建つほどの価値があるのだ。デヴィッドが善意から探そうとしてくれることは理解しているが、見つかった場合どうするのだろうかと不安なる。
今はとても親切な命の恩人が、自分を見捨てた同級生のように豹変するかもしれない――そう考えること怖かった。
「だって――」
「あっ――あ、ああ、あああっ、見つけたぁああああああああああっ!」
間違いなく心中を吐露すればいい顔をしないだろうと思いながら、不安を消すために言葉を発しようとしたジュリエッタだったが、彼の驚きの声に言葉がかき消された。
「――うそ、でしょ?」
そんな都合のいいことなど起きるはずがない。
「うわぁ、ぬめぬめしてるけど、これじゃないかな!?」
魔狼の体内から腕を引き抜いたデヴィッドの手の中には、拳の大きさの半分ほどの――魔鉱石が鈍い光を発して収まっていた。
モンスターの血にまみれながらもはっきりと感じることができる高密度の魔力。かつて一度だけ見たことがあるジュリエッタだからこそ本物だとわかった。
「そ、っそれ――」
声が震える。
同時に、どうするべきか悩んでしまった。
命を救われ、手当てをされ、――スライムには酷い目に遭わされたが、恩人であるデヴィッドたちに真実を告げるかどうか――。
探し物ではないと嘘をつき、こっそり回収するべきか。それとも魔鉱石を見つけてスライムと一緒に大喜びしている彼がを信じるべきか。
ジュリエッタは葛藤した。
「ほら」
だが、そんな少女の葛藤など知らないとばかりに、デヴィッドは人好きのする笑顔で魔鉱石を持つ手を差しだした。
体が震える。言葉がちゃんと出てこない。それでも必死に絞りだした声は、
「……いいの?」
短い一言だけ。
「なんで? だってこれを捜して危険な目に遭ったんだろ。見つかったのは奇跡的だけど、きっと神様が頑張ったジュリエッタにご褒美をくださったんだと思うよ」
彼の瞳に嘘はなかった。心から自分のために高価な物を躊躇いなく渡そうとしてくれている。
一度でも疑った自分が恥ずかしい。
「だって、これ、すごく高いのよ? 家が建つのよ!? そもそも魔狼だって倒したのはあんたたちじゃない。なのにどうして、私にくれるなんていうの!?」
自らの恥を隠すように、感情的にジュリエッタが叫ぶ。
すると彼は困った顔をして、スライムの相棒と顔を合せると、
「これほしい?」
「ぴぃーぴぃ」
「いらないってさ。俺は魔狼を倒してないし、倒した本人がいらないって言うんだから、本当に必要にしている人が持って帰ればいいよ。それに、確かにお金は惜しいけど、今まで貧乏だったのにそんな高価な物を手に入れたら――きっと恐ろしい目に遭いそうだから、ちょっと怖いんだ」
そんな情けないことを言って苦笑する。
「誕生日の友達に送るプレゼントに協力できるなら俺も嬉しいよ」
まだ数時間も一緒に過ごしていないのに、その困った顔が実に彼らしくて、彼の頭にいるスライムが微笑ましく笑っているような気がして、ジュリエッタの心がいっぱいになる。
「――ありがとう!」
花が咲いたような満面の笑みを浮かべ、今の気持ちを伝えた。
決壊した感情が涙となって溢れる。恥ずかしさと申し訳なさ、そして感謝の気持ちが濁流のように押し寄せ、堪えられない。
この親切な冒険者とスライムに引き合わせてくれたことを感謝しながら、ジュリエッタはデヴィッドに抱きつき何度も「ありがとう」と続けるのだった。
「どういたしまして」
「ぴぴぴぃ!」
腕の中でわんわん泣く少女を撫でてあげたいが、魔狼の血に濡れているためじっとしているしかないデヴィッド。
少しだけ自分のことを間抜けだと思いながら、大金を手に入れるチャンスを自ら逃がしたことに不思議と後悔はなかった。
なぜなら――少女の命を救い、今まで見たことのない心からの笑顔を見ることができたのだ。
それだけで今日は大金星だ。
そんなデヴィッドの想いに同意するかのように、すらいちゃんも鳴いた。