8.ダンジョンって聞くとテンション上がる? いや、俺は上がりません。だってダンジョンの中は危険がいっぱいだもん。お宝を手に入れることもあるけど基本的にモンスターの巣窟ですよ。え? 出会い? ないない。
「あ、あああああ、アンタ、このスライムの飼い主でしょっ! 絶対に責任とってもらうんだからね!」
怒り心頭の少女は、セクハラスライムの卑猥な触手プレイによって乱れた服を直しながら、真っ赤になっている。若干口が攻撃的なのはしかたがないのだろう。
一日に二度も責任を取れるように言われてしまい、嫌な予感しかしない。
「あの……責任って、なにをすればいいんでしょうか?」
「それは――っ、そんなこと、私の口から言えるわけがないじゃなの、このバカっ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい! 本当に、このセクハラスライムが申し訳ございませんでした! すぐに退治しますので!」
「ぴぃ!?」
そんな馬鹿な、とすらいちゃんが鳴くが知ったことではない。
一度目は許せても、二度目の蛮行は看過できない。責任問題で捕まってしまう。
「責任問題は追々として、とりあえず元気そうでよかったよ。さっきは体を動かすだけでも痛そうだったのに、今は平気なの?」
「そういえば、そうよね……嘘でしょ。体が痛くないわ」
少女は跳ねるように立ち上がると、体の具合を確かめるように動き始める。
続いて恐る恐る、デヴィッドが手当てした足へ手を伸ばし、包帯を解くと、綺麗に傷が消えていた。
「……嘘」
「まさか、すらいちゃんは女の子に触手プレイがしたかったんじゃなくて、傷を治したかったからあんなことをしたの?」
「ぴ!」
どうやらその通りらしい。
「そうみたいだね」
「ううぅ――まるで高額ポーションを浴びせられた気分だわ。あんなエッチな目に遭った甲斐があったっていうのが気に入らないわ。これじゃ、怒るに怒れないじゃないの……責任は取らせるけど」
「え?」
「なんでもないわ。そういえば、命の恩人に名前を名乗ってなかったわね。ごめんなさい。私はジュリエッタ。ジュリエッタ・セラートよ」
少女――ジュリエッタ・セラートから差しだされた手を握り、デヴィッドは再び名乗った。すらいちゃんも自己紹介だとばかりに鳴いたが、また触手に襲われるのではないかと警戒していたジュリエッタは恐れるように遠ざかる。
大袈裟な、と思っても口にしなかった。相棒の職種にいくら治癒効果があろうと、やっていることが見た目未成年お断りである以上、年ごろの女の子が警戒を大にするのは自然な反応だ。
「セラートさん、どうして君がダンジョンに居て、魔狼に襲われることになったのか説明してもらえないかな?」
「しなきゃ駄目かしら?」
「君が冒険者ではなく学生であることはわかっているんだけど、君の状況は困ったものなんだ。仲間と思われる学生から置き去りにされ、言い方が悪いけど逃げるための囮にされた以上、君の仲間は重大なルール違反を犯したことになるんだ。俺は目撃した以上、ギルドへの報告義務がある」
無論、見て見ぬふりをする者だっている。こんな面倒事に関わってもいいことなどないのだ。
しかし、目撃者というのは重要である。たとえばジュリエッタが仲間を訴えたとしても、仲間同士が結託してなかったことにしようとすれば不利になる。もちろん、ギルドだって馬鹿ではなく、司法機関も存在するのでジュリエッタひとりの意見だからという理由でないがしろにされることはありえない。だが、やはり目撃者の有無は大きくなっていく。
デヴィッド側も、駆け出し冒険者である以上ギルドとの関係をよいものにしたい。だからこそ、報告義務を怠りたくないのだ。
なによりも、哀れにも仲間に置き去りにされながらも、気丈に泣くものかと涙を堪えていたジュリエッタを見ているので、たとえ学生であったとしても彼女を囮にした者たちに怒りが湧くのは自然のことだった。
「そう、よね。助けてくれた人に、なにも事情を話さないなんてできないものね」
大きく息を吐くとジュリエッタは、デヴィッドの傍へ座る。
話し安い場を作ろうと、バッグから水筒を取りだしカップへお茶を注ぐと口を開こうとしている少女に手渡した。
「ありがと」
ぬるいお茶で軽く口の中を湿らせたジュリエッタは、静かに語り始めた。
もうすぐ誕生日の学校の友人のために、とある鉱石を手に入れようとしていた。その鉱石はダンジョンないに住まうモンスターの腹から稀に見つかるレアなもので、値段にすると拳ほどの大きさで豪邸が建つらしい。
なぜそうも価値があるかというと、数々の魔法薬の材料になるらしく、秘薬と呼ばれる魔法薬を作りには絶対に欠かせないものだという。
ジュリエッタは魔法学校の生徒であり魔法は使えるが、ダンジョンに慣れている冒険者でもない。だからといってギルドを経由して依頼しては物が物なだけにいくらかかるかわからない。そこで、生徒の間で流行っている実力試し――つまりダンジョンへの挑戦に便乗する形でジュリエッタも参加したという。
「でもツイてなかったわ。まさか魔狼が上層部に上がってくるなんて。それに、ダンジョン攻略だけのチームでいくらい普段親しくないからって、全員に囮として置いていかれるなんて……」
言葉こそ憤っているものの、声音に力が込められていない。
悔しいというよりも、悲しさのほうが強いのだろう。こればかりは経験したものでなえければわからない感情だ。
「私ね、これでもそこそこ学校じゃ強い魔法使いなの。だから、魔狼を倒せなくても退けるくらいはできると思ったんだけど――無理だったわ」
うつむく少女の声に、涙が混ざったのをデヴィッドは聞き逃さなかった。
すらいちゃんも気づいたのか、声を出すことなく少女の腕の中に慰めるように収まる。ジュリエッタはすらいちゃんの柔らかな体を抱きしめると、顔を埋めて声を押し殺して泣き始めた。
ずっと我慢していた感情を露わにした少女が気が済むまで、デヴィッドとすらいちゃんは待つことにした。