Prologue1.傷ついたスライムがかわいそうだったので介抱したら懐かれました。思い返せば軽い気持ちだったんです。まさか――このスライムが規格外なスライムだったなんて夢にも思っていませんでした。
冒険者――デヴィッド・グリムは本日の稼ぎを数え終えるとがっくり肩を落としため息をついた。
少し癖のある黒髪、眠そうな青い瞳、全体的に覇気のないように見えるのは疲労のせいだった。
「あれだけ必死になってこの程度の稼ぎかぁ……冒険者って稼げないんだなぁ」
ここ王都ノルトライングにあるオスエルト王立魔法学校をギリギリとはいえ卒業すれば薔薇色の人生が待っているはずだった。
エリートコースが無理でもそれなりの職業に就けるはずだったのだが、描いていた未来と違う結果になってしまったのは、ひとえにデヴィッドが魔法使いとして落ちこぼれのレッテルを貼られてしまった生徒であったからだ。
就職試験は全滅。進学する金もなく、困り果てていたところを、知り合いに誘ってもらったことをきっかけに冒険者になった。
――冒険者を悪く言いたいわけじゃないけど、できることならもっと安全で、危険の少ない職に就きたかった。
そう思うと瞳から塩辛い心の汗が流れてくる。
負けるものかっ、と上を向いたデヴィッドは夜の街並みを歩きだす。いつまでも道の真ん中で突っ立っているわけにもいかない。
最近不幸続きのため、比較的治安がいいと言われる王都でも因縁つけられて金を奪われるかもしれない。面倒な輩や、スリもいるのだ。必死になって稼いだ金を一瞬で失くしてしまうわけにはいいかない。
「早く帰って夕食にしよう」
金欠であるため自炊を覚えて、少しずつ料理が楽しくなってきたところだ。
簡単なものしか作れないが少しずつレパートリーを増やしていきたいと考えている。いっそ料理の道へ進んでみることもいいのかもしれないと思うことがある。
才能はさておき、少なくとも料理人は死ぬ危険がなく、安定した給料がもらえる。
日々、生きていくことが精一杯なデヴィッドにとって、安定した職というのは理想的であり、きっかけさえあればいつでも危険溢れる冒険者から転職したかった。
田舎から王都にやってきて、もう四年近い月日が流れている。十代半の夢と希望にあふれていた少年も、夢も希望も失った青年になるには十分な時間が過ぎていた。
頼れる相手が近くにいないということは恐ろしくもあるが、自由でもある。いや、自由の代償に、頼れる相手がいないと言うべきなのかもしれない。
王都には幼なじみがいるのだが、彼女に頼ることはできない。幼いころから人の弱みを握っては好き放題されてきた苦い思い出のある相手に金がないなどと言えば、田舎の家族に報告されてしまう。
すでに幼なじみが色々と報告してくれているせいで、田舎に戻って嫁を貰って家業を継げとうるさいのだ。早いとこ王都でちゃんとやっていることを示さなければ、強制送還となり人生の墓場へまっしぐらだ。
まだ二十歳にもならない若さで所帯を持つ気はないし、なによりも結婚相手くらい自分で見つけ――られるといいなぁ。
はぁ、と考え事をしてため息を着くと、いつの間にかアパートのすぐそばまで歩いていたようだ。
三階建ての建物は実に年季が入っていた。管理するのは恐ろしい幼女であり、まるで長年管理人をしていたのではないかと錯覚してしまうほどしっかり者である。将来は実に美人になるだろう管理人殿は、幼いながらに面倒見がよいが厳しくもあり、ここに住まうようになってから叱られながらもよく世話になっている。
「来月の家賃もなんとか稼げたことだし、しばらくゆっくりしたいな――ん?」
階段を登ろうとしたそのとき、デヴィッドの耳になにかの声が届いた。
小鳥が力なくさえずるような、いや、弱々しく助けを求めるような声だった気がする。
王都にはモンスターから人々を守るため、王宮お抱えの魔法使いたちが張った大障壁によって囲われ守られている。そのせいで、ときどき動物が迷い込んだあげく、障壁によって怪我をすることもあるのだ。
「かわいそうに、俺にて当てができればいいんだけど」
耳を澄ませると「ぴぃぴぃ」と鳴く声が再び聞こえる。
小さくも必死になにかを訴えようと泣き続ける声の主を探し、デヴィッドは路地の裏へ入っていく。
そして見つけた。
「――あれ?」
路地の影にひっそりとたたずんでいたのは、
「嘘だろ?」
ぷるん、とゼリーのような弾力を持つ、青く半透明の体。
「どうして、王都に?」
全体的に丸っこいが、頭部分が心なしかとんがっているようにも見える。
元気であれば愛嬌があるようにも思える顔には生気が宿っていない。
「大障壁があるのに、どうして――スライムが王都にいるんだ?」
誰もが最初に出会うであろうモンスター――スライムが、体から血を流し弱々しく泣いていたのだった。