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第壱種接近遭遇ティーカップ - 9

レジに上半身うつ伏せるみたいになって、ぐたーっと伸びる私。

正直、会計の邪魔だろうけど、幸いというか店内には、今日も私以外のお客さんはいなかった。もしかして、あんまり流行ってなかったりして、このコンビニ。

内心が顔に出たのか、肉まんだか肉だかを詰め直していた京さんがこっちを見たので、慌てて愛想笑いをする。

……だいぶ逆効果だったかもしれない。

二度目に入る時はあんなに苦労したのに、今回は一発ですんなり見付けられた。

たぶんだけど、京さんが何か細工してくれたんだと思う。あの、帰り道を繋げるってのと同じように。


「まずは、お疲れ様でしたと申し上げておきます。

そして彼の物達の願いを預かる店主として、この度の成功への御礼を述べさせて頂きます。必ずしも全ての願いが叶えられて終わるとは限らぬ中で、あの湯呑みは無事に報われ、最期を迎えました」

「どうもー……」

「しかし勝利の凱旋というには、来店時から些か元気がございませんな」


そうですねー、と私は身体を起こしながら呟く。

確かに私のやった事は成功だったし、皆が皆バンザイで終われる、めでたしめでたしな結果だった。


「なんっていうか、軽々しく受ける事じゃないな!って思いました!」

「おや、意外でございますな。

失礼ながら、都様のこれまで拝見したご性格からして、手放しで喜ばれるかと思っておりましたが」

「それもありますけど……」


でも、それはあくまで結果なのだ。

目的の家に着けなかったら。行く途中で事故に遭ったら。

着いたとしても、受け取ってもらえなかったら。変な奴だと思われて、警察に通報されていたら。

いや、私がどうにかなる分には、まだ自業自得だからいい。

けど、たけさんは。

もしもあの湯呑みが、思い出したくない辛い思い出を、掘り起こす事になっていたら。やっと忘れられた初恋の人の、おそらく両思いだった記憶を、私の勝手でメチャクチャに引っ掻き回していたら。

考えれば考えるほど、危なすぎる橋だったって分かってきて、心臓の辺りがキュッと苦しくなる。


「人の人生に踏み込むって、重いです」

「生きるに当たって大切な事をひとつ学ばれましたようで、お祝いを申し上げます。その知恵は、今後の都様にとって有意義に働きましょう」

「……それって、褒めてくれてるんですか?」

「褒めてはおりません、祝福しております」

「そですか……」


京さんの上品な微笑は、前に見た時より深い。

とにかく今回は、取り返しの付かない事態にはならなかった。

でもそれは、今回だけの話だ。私はそれを、忘れないようにしなくちゃいけない。

ふぅ、と息を吐いて上半身を起こしきった私の前に、京さんが小さな巾着袋を、滑らせるようにして置いた。思わず呼吸含めて動きが止まる。あれよ、ドラマとかで見る、バーのマスターの「こちらの方から」みたいな動作。ホント、このひとこういうの様になるなあ。っていうか、なにこれ。


「此度の御礼の品でございます」

「へっ、そういうの貰えるんですか?

持ち帰ってクリアするだけだと思ってました」

「普段はその通りでございますが、都様には、特別にご用意させて頂きました。

魔の領域は訪れぬが最良……とはいえ、久方振りとなる人間のお客様であるのも、また事実であります故に」

「あ、ありがとうございます。

あっでも、妖怪用のは使わない方がいいんじゃなかったでしたっけ?」

「そちらの品は、人間用のものでございます。

信用できる筋から手配致しましたので、どうぞ御安心を」


私は神妙にその巾着を摘み上げた。

見た目より重くて、ころころした中身が、掌に当たる。


「……これ、何が入ってるんですか?」

「一粒飲めば、眠気が丸三日の間は吹き飛ぶという丸薬でございます」

「めっちゃ身体に悪そうっすねそれ!」

「カフェイン剤が強力になったようなものでございますよ。

テスト前などにお役立てくださいませ、存分に」

「………………」


なぜ分かった、私がそういうタイプだと。

僅かなプライドにかけて要りませんと突き返すべきかと思ったが、それはわざわざ手に入れてくれた京さんの、せっかくの苦労を無駄にしてしまうと思って、そのまま鞄にしまう。いやほら、厚意は受け取らなきゃならないからだからね。断じて念の為とかラッキーとか思ってないからね。勉強ってのは日々コツコツと行うものですよ、うん。って、私の両親はよく口にしています。

ちょっぴり重くなった鞄を抱き直したその時、私は、何度か聞こうと思ってまだ聞いてなかった事を思い出した。


「あのう、京さんは……」

「はい、なんでございましょう」

「京さんは、どうしてこんなお店をやってるんですか?」


そう、それが私は気になってた。

妖怪にゃ学校も試験もない、じゃないけど、私が本を読んで持った妖怪のイメージってのは、とにかくフリーダム。山とか川とか海とか、あとは古い家とかに住み着いてて、たまに悪さをするような感じだった。

わざわざお店まで構えて、妖怪のお客を相手にしている理由って何だろう?

……なんて、聞いてはみながら実は、私はもう答えらしいものを見付けていた。

それは、最初に疑問を感じた時では、決して辿り着けなかったであろう答え。

どうにかこうにか湯呑みの願いを叶えた今では、自然と辿り着いていた答え。

私は振り返って、例の色分けされたコーナーを見る。

あそこに集まった品物は、みんな、何かの未練を抱いている。

その未練を、感じ取る事ができるから。たとえ全部が全部、今回みたいな良い結果に終わるとは限らないとしても、放っておく事はできなかったから、だから、京さんはこのお店を開いているんだろう。


「それは――」

「……それは?」

「ただの、暇潰しでございます」


唖然とする私に向かって、京さんはあくまで生真面目で上品一徹な、紳士の顔で微笑を浮かべた。


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