第壱種接近遭遇ティーカップ - 7
ゴトンゴトンと電車が揺れる。
いやまぁゴトンゴトンってのは大袈裟で、正しく表現するなら「ゴト、だいぶ間を置いて、ゴト」って感じだ。それでも私がどっか行く時に乗る電車と比べて、結構揺れた。揺れの大小に関係なくやってくる眠気も、初めての景色が続く緊張感からなのか、今はおとなしくしてくれている。
ここはもう県外で、ついでに次の駅で電車は終わり。降りたらちょっと歩いて、いよいよ御本尊とご対面だ。住所は念の為に携帯で調べた。ちゃんとあったし、地図も記録して備えはバッチリ。窓から見える外は、田んぼが目立つけど家も多い。ごちゃごちゃしてはいないから、迷う心配はなさそうだった。
でもまー、こうやって目的地が近付いてくると、私って無謀だよねとつくづく思う。レシート見た時は、冒険って感じじゃなーいとちょっとガッカリしたけど、考えてみたら充分すぎるぐらいの冒険だって、これ。だってこの何かと物騒な事件の多い現代社会においてですよ、見知らぬ他人に物を渡すのがどれだけ難しいか!
いきなり知らない人の家を訪ねて、これ受け取ってくださいとボロい湯呑みを差し出す。やばいって。
しかも、行っても留守かもしれない。理由が説明できないから、電話をして待っててもらう訳にもいかない。いなければ少し他で待ってもう一回行けばいいとして、もしも受け取ってくれなかったらどうする? もしもっていうか、そっちの可能性の方がずっと高い。受け取ってもらえなかろうが「行った」事にはなるとしても、それじゃ宅急便で送り付けるのと何も変わらない。京さんがああ言ったからには、置いてくる以上の事を、私は望まれてるはずなんだ。
だんだん、持ってる湯呑み以上の重さみたいなものを、私は感じてきた。
服、制服の方が良かったかも……。
そんなこんなで、到着。
駅を出てからは呆気ないもんで、遅めに歩いたのに10分ちょっとで家の前に着いてしまった。……別にわざと遅く歩いたんじゃないってば、早足だと湯呑みが割れちゃうかもしれないからだってば。
んで家はっていうと、結構なお住まいでなんて挨拶を口にしてみたくなるような、和風の一戸建てだった。建物は特別新しいって訳でもないし、平凡な、小さめの平屋の家なんだけど、木と池のある広めの庭がついてるってだけで、私には豪邸っぽく見える。ついでに家の周りは灰色いブロック塀じゃなくて、生垣だった。これ私の密かな憧れだから、何気に羨ましい。
携帯を開く。時刻はお昼。
この時間に着いたのは、実は偶然じゃなかった。
名前からして、相手はお年寄り。そしてお年寄りのお昼となれば、結構な確率で家にいるはず! そんな理由。少なくとも他の時間帯に来るよりは、可能性が高いんじゃないかな。夜まで待てばもっと確実だけど、それだと私が帰れなくなっちゃうし。
(でも、どうやって説明しよう)
そう、結局はそこなんだ。
説明しようがない事を説明しなきゃならない難しさよ。
適当に話をでっち上げて渡すって手も考えたけど、そもそもこのきったない湯呑みが、この木崎たけさんの下に至るまでのそれらしいエピソードを、でっち上げられるような想像力が私には無い。それに、知らないお婆さんに嘘をつく事になる訳で、それは私としてもちょっと嫌だ。かといって正直に話すなら、湯呑みが行きたいって思ってたから連れて来ました、になる。アウト。
何日かあった猶予期間で、一応考えてはきたけど、これが通用するかって言われると我ながら全然自信なし。
玄関前につっ立って考え込んでると、思い出したように寒さが染みこんできた。
ええい、もうどうにでもなれ。失敗したら失敗した時!
私は覚悟を決めて、チャイムを押した。
ピンポーン、ピンポーン
耳が遠くなってるかもしれないと思い、まず続けて二回。
ピンポーン
ちょっと間を空けて、もう一回。
反応が無かったらどうしようと思い始めた頃、曇りガラスの向こうに人影が動いたので、私はホッとする。本当に問題なのは、ここから先なんだけどね……。
緊張して待つ私の前で、鍵が開けられ、ガラガラと玄関扉が半分くらいまで開く。不思議そうな顔を(そりゃ玄関開けたら見知らぬ女の子がガチガチの緊張顔で立ってたら不思議さ)覗かせたのは、小柄なお婆さんだった。この人が木崎たけさんだろうか?
そういえば私、表札確認するの忘れてた。
「木崎……たけさん、ですか?」
「ええ、そうですけれど……何か御用?」
女の子って事で多少は緩和剤になってくれてるみたいだけど、寄った眉はかなり不審そうだった。このまま黙ってたら、玄関が閉められるまでそんなにかからないだろう。
切り出すまでの僅かな時間に、またあれこれ考えた。ってかそういったあれこれはさっき済ませた筈なのに、またここで考えてる。落ち着け、平常心、平常心。
「あの……いきなりお邪魔してしまって、すみません。これ、お届け物です」
と言ってから、肝心の品が出てないのに気付く。
わたわたと袋から厚い紙の包みを取り出して、ガサガサ開いて、やっと出てきた湯呑みを、両手で差し出す。ちなみに包みのゴミは、何を思ったのか袋に戻さずに脇の下に挟んだ私。たぶん焦ってたんだね。
たけさんの、皺の寄った小さい目が、湯呑みを見ながら、ゆっくりと何度か瞬きした。
痛い沈黙ってこういうのを言うんだってのが死ぬほど理解できるタイム到来。
ぶっちゃけ、やっぱいいですすいませんと謝って、即逃げ出したい。
「お婆さ……木崎たけさんが、ご存知の物だって話を聞いて、それで……。
それで私、届けにきました。返せないし、できれば受け取ってもらえませんか? お願いします!」
はい質問です、あなたが玄関を開けたら知らない女子高生が立っていて、こんな事を言いつつ剥き出しの汚い湯呑みを出してきたら、あなたは受け取るでしょうか。
アンケート対象100人。受け取る:x人。受け取らない100-x人。注釈:ただしxは限りなく零に近い。
答え:そんな訳ない。
どーぞ笑ったり呆れたりはしないで欲しい、してもいいけど程々にして欲しい。こんな苦しいのでも、頑張りに頑張って頭捻って考えた説明だったのよ、嘘つかないって縛りアリで。
失敗した、って思うでしょう、誰だってこれを見れば。
しかし、天は花の女子高生に味方せり!
ここで奇跡が起きた。なんと、たけさんが手を伸ばして、湯呑みを取ってくれたのだ。ふっと掌が軽くなる。それは湯呑みの重さが消えた他に、心の重さも消えたからじゃないのかな。
渡せた。とにかく渡せた。その事実に私はひたすら安堵して、もう京さんの言葉とか、渡すだけじゃ宅急便と同じだよって思った事とかも全部、頭の中からぶっ飛んでいた。
それじゃ私、これで失礼します。
突き返される前に、そう言って逃げてしまうべきだろうか。
見覚えはありませんか?
それとも、そのぐらいは聞いてみるべきだろうか。
「あなた……この湯呑みを、どこで?」
考えが決まる前に、たけさんの視線が、湯呑みから私に移った。
びくん、となる。
「……ええと……どこって、その……さる筋からです……」
ああ何言ってんだろう私。
「そう……」
もはや怪しさ爆発な私の発言にも構わず、たけさんは、どこか放心したように湯呑みを見ている。この状況じゃ動くに動けなくて、私もおんなじように成り行きを見守るしかない。
と、暫くして、たけさんが顔を上げた。その目が私を見て、すごく柔らかい感じに微笑む。
「あなた、どこからいらしたの?」
自分勝手ながら、正直もう解放してほしい気持ちで一杯だったんだけど、その笑顔に背中を押されて、私は町の名前を言い、すぐに隣の県ですという事を伝えた。
そう、と、たけさんがもう一回呟いた。今度のはさっきみたいな呆然とした感じじゃなく、ただの確認に聞こえる。
「遠いところをごくろうさま……よろしかったら、上がっていってくださらないかしら?」
「えっ、えええっ!?」
これはまた予想外な展開に。
大丈夫、なの? だって私、全然知らない人間ですよ?
しかもいきなり湯呑みを持ってきて受け取ってくれって言った、ヒジョーにうさんくさい女子高生ですよ?
田舎は気軽に人を家に上げるって聞いたけど……いや田舎っていうほど田舎でもないけど……。
この対応から、湯呑みはたけさんにとって心当たりのある品物だったみたいで、どうやら受け取ってももらえそうで、その点は安心できたけど、いきなり寄ってってくれってのは、ちょっと躊躇ってしまう。
いきなり受け取ってくれって押しかけた私が、言えた義理じゃないけどね……。
「あら、お時間がないかしら?」
「い、いえっ、時間ならまだ大丈夫です。でも……」
「でしたらぜひ、少し休んでいってちょうだい。せっかくのお届け物ですものね」
そういって、たけさんはまた湯呑みを見る。伏せた目は優しそうで、そして、悲しそうに見えた。
私は覚悟を決めた。




