第壱種接近遭遇ティーカップ - 6
前の時は見る暇もなく出てしまったけど、こうやって眺めてくと、本当にいろいろな品物が売られていた。品揃えは普通の(言うまでもなく人間の、ね)コンビニと似ても似つかないのに、展示の仕方だけは、間違いなくコンビニそっくりなのが何か面白い。それとも私じゃ区別できないだけで、妖怪基準だと品揃えもそっくりなのかな?
スペースは狭いけど、食べ物っぽいのもあった。ドリンク類も、ちゃんとガラスケースで区分けされている。熱いミルクティーは……ないだろうな、絶対。あったとしてもここのは飲みたくない、絶対。
他には本に、文房具に、日用雑貨に、何故か植木や水槽や目覚まし時計なんてのまであって、その結局何の店なのか分からないカオスっぷりは、本物のコンビニ以上だった。良く見りゃ入口近くにATMまで置いてある。何が下ろせるんだろう、あれ。
そうして見ていくうち、あるコーナーの前で私は立ち止まった。
これまた、たまーに見かける特設コーナーみたいな感じで、その一角だけ目立つように棚が色分けされている。
ただし、並んでる品物には、やっぱり共通点が全然なかった。普通こういう場合「苺特集」とか、共通のテーマがある品物をまとめて置くもんだよね。
うーん……共通してるテーマ……ガラクタ、ぐらいしか私には分からない。
「そちらは、少々特別な品となっております」
「特別なガラク……え、なに?」
「ガラクタ呼ばわりは気の毒でございますよ――願いを待ち続ける品々に対して」
「願い……?」
聞き返す私に、京さんは続けて言った。
「当店の仕入れルートは様々でございますが、そのコーナーには……そうですな、簡単に言うならば、わたくしの張った網に引っ掛かってきた品物を並べてあるのです。この世界に何らかの未練を残し、いまだ満たされぬ想いを抱えたままの品々を」
「………………」
「納得がいかない、そんな顔をされておりますようで。しかし、物にも心は宿るのでございますよ。都様も、一度はお聞きになられたのではありませんか?」
「そーいえば、ちっちゃい頃にお婆ちゃんに言われてました。物だって大事にすればちゃんと応えてくれるんだから、粗末にしちゃいけないよって」
「よき教育者をお持ちでしたな」
身内を褒められて、なんとなく鼻が高くなる。
まあ、孫の私は忠実に教えを守ってるとはイマイチ言えないんだけど。
――で、つまりこれらがその、この世に未練を残してる物達って事らしい。
そんな風に言われると、ゴミ捨て場に転がってそうなボロいクッキー缶にも、
ついドロドロした恨みつらみを想像して、腰が引けてしまう。
「そこの品物は、他の商品とは違って特別な力や効果は持っておりません。
触れたければ、触れても結構でございます」
「そう?」
私は手を伸ばした。
「中には、物騒な事に使われた物もあるかもしれませんが」
私は慌てて手を引っ込めた。
「京さんっ!」
「話は最後まで聞いてから行動すること。これは、御祖母様は教えてはくださいませんでしたか?」
「……ちゃんとバッチリ教わってましたっ!」
私はむくれる。
物静かで上品で紳士で、どこかトボけていて、そして微妙にタチの悪いじーさんだ。そこは妖怪、って事なんだろうか。そんな私に、年寄りの忠告は聞くものでございます、と、澄まし顔な京さん。はいはいまったくその通りでございまして!
「……それで、どうしてそんな物を売ってるんですか?」
「無論、その満たされぬ想いを、満たして頂く為にでございます」
「って言われても……」
「具体的に申しますと、品物の持つ願いを叶える為に尽力して頂く、という事になります。そういった性質の商品でございます故に、お代は頂いておりません」
「……ていうか、それって商品なんですか?」
「望むお客様がいる限りは、常に商品と呼ばれるのでございますよ」
あんまりピンときてなかったのもあって、ふーんと、私は適当に相槌をうち、視線を棚へと戻した。よく見れば、それら商品にはひとつひとつ値札が付けられている。しかもバーコードの。
道に落ちていたって目も留めない、ゴミ捨て場に放置されているのがお似合いな品々が、京さんの話の後だと、少し違って見えた。
ここにあるのは皆、この世に何かの未練を残したままの品。
客は好きなものを選び、その未練を解決してあげる。
つまり、ゲームみたいなものって事ね。
ちょっと例えは不謹慎かもだけど、でも考えれば考えるほどそれで合ってる気がする。そんな事を思いながら商品を眺めているうち、またしても私の中に、むくむくと良くない衝動が込み上げてきた。言うだけならタダ、タダ。だったら言わなきゃ損ってもんよね、うん。
「あのー、京さん」
「何を仰りたいのかは、その瞳の輝きと若干の後ろめたさを見れば分かります。
これらは私にも出来ないのか、でございますね? 生憎でございますが、世の中、何事もそう都合良くは……」
また紳士お説教モードかと、私は首を縮めかけた。
と思ったら、京さんはそのまま黙りこみ、何かを思い出すように、整った髭の生えた顎を撫でている。
おおっ、これはひょっとするとひょっとして脈アリなんでしょうか!?
「……いや、あれは確か……むしろ、あれならば人間の方が……」
「あるんですか!? あるんですね!?」
全力で食いつく私。
京さんは黙って、くいと手首を返した。今度はいきなり掌の中に現れたりせずに、棚からひとつの品が、ふわりと浮かび上がる。
それは、湯呑みだった。言っちゃ悪いけど、汚い。あと古くて薄くて、いかにも安そう。
湯呑みはそのままフワリフワリと空中を漂って、レジにいる京さんの所へと飛んでいった。私もそれを追いかける。差し出した掌に、すとんと落ちた湯呑みをちょっと眺めてから、京さんは付いている値札にリーダーを当てた。ピッ、と、馴染みまくった電子音が鳴るのが、なんだか変な感じだ。
京さんは時々ピ、ピ、とレジを弄りながら、私の位置からでは見えない画面へ目を向けている。身を乗り出して覗き込みたいのを、じっと我慢。ここで怒らせちゃ台無しだし。
とまぁウズウズしながら私は成り行きを見守ってた訳だけど、時間はほとんどかからなかったと思う。
京さんの目がこっちを向いて、思わず私は気を付け姿勢。
ついでに細い溜息なんかも漏らしてくれちゃったりしつつ、ございます、と、ここだけは変わらず穏やかに言った。よっしゃ! やった! ガッツポーズ!
「それでそれで、どんな事をしたらいーんです?」
「順を追ってご説明致します。まずは、こちらをご覧くださいませ」
カタカタとレシートが伸びていく。
京さんはそれを指二本で挟んで千切ると、手首を翻すようにして、表を私に向けて差し出してきた。そこまで派手って訳でもないのに、やたら洗練された動作で、私は少し笑ってしまう。だってやった事ってレシート切って渡しただけですよ、ええ。
京さんのくれたレシートには、商品名と値段の代わりに、一繋がりの文章が印刷されていた。上にあるのは、住所だ。県名から番地まで書かれたその下に「木崎たけ(女)」とある。
たぶん、名前からしてお婆さんなのかな。
でも私の目を引いたのは、更にその下にあった、こんな短い文章だった。
所持願望:
この人の所に行きたい
「……レシートに記されております通り、都様にはこちらの品物を、その御婦人の元へ運んで頂く事になります」
最後にひとつ、チン、とレジを打って、京さんは言った。
この人の所に行きたい。たったそれだけの文を何度も読み返す私の前で、慣れた手付きで湯呑みを包み始める。
「より正確には、その御婦人に渡して頂く、という事になります。
ですので、人間である都様が最も適しているのでございます。置いてくるだけでも行った事にはなりましょうが、文面から推測しますに、望みはもう少し違ったところにあるようですからね」
「ここに行って、この人に渡してくればいいんですね?」
「然様でございます。
申し訳ございませんが、方法は都様御自身でお考えください。
レジが示すのは情報と条件のみでありまして、達成の為の手段はお客様の裁量に一任されております」
ていうかまず、そのレジの仕組みに興味があります私。
バーコード読んだだけでこんな情報がずらずら出てくるなんて、ホントどうなってんだろう、このコンビニは。
……しっかし、届け物かぁ。
確かにこの木崎たけさん、つまり人間に届けるなら人間の私が一番いいのは分かるけど、ちょっと拍子抜けしてしまった。だってもっとこう、小さな冒険みたいなの期待するじゃない? 宅急便で送るんじゃダメなんだろうか。あ、ダメか。知らない人からの荷物なんて、普通は開けずに返すしね。それで一応は行った事になったとしても、この湯呑みや京さんが求めてるのはそういう事じゃないんだろう。
わかりました、と返事をして、私は最後にもう一回レシートを見る。隣の県だから、そこまで時間はかからないはず。これなら次の休みの日に行ってこれる。
ウンウンと頷く私の前で、京さんは表情を例の微笑に戻して、眼鏡から垂れ下がった金のチェーンを直していた。腕を上げた拍子に覗いた袖口で、カフスボタンがキラリと光る。澄んだ緑色をした宝石だ。
ひょっとして、京さんのなかなか謎な服装、スーツの上に和服を羽織ってるのかもしれない。だとしたらそれがどうしたって話なんだけど、少なくともこういうのを和洋折衷とは言わないと思う。それだけ。




