第捌種接近遭遇ガールミーツビースト - 9
あの日、あの時、あの街角で、出会うはずのないモノと出会った。
奇想天外で奇妙で冷たくて、おかしくてあたたかな、忘れようにも忘れられない一年という時間。不思議な不思議な、私の小さな物語は、こうして幕を閉じた。
幕開けは突然で、幕切れはあっさりと。
あの一大スペクタクル体験をあっさりの一言で片付けていいのかは謎だが、後腐れやズルズルと惑わされる余地のない、綺麗サッパリと締められた離別だったのには違いなかった。この世ならざる現象を見るとかいう例の能力も、私のは本当に一過性に過ぎなかったみたいで、もともと弱っちかった第三のナントカとやらは、コンビニに通わなくなり、そうした存在との接点が途切れるや、完全に閉じてしまったらしく、その後の生活で幽霊に遭遇したり、恐怖体験をする事もなかった。
あの頃は、あんなに毎日を「次はいつ?」の待ち遠しさと共に過ごしていたというのに、一度非現実から離れてしまうと、無い状態に馴染むのは予想以上に早かった。そういうのと関わったりしないのが普通の人間だとはいえ、思ったより早く慣れ始めているのを自覚した時は、なんだか自分がえらい薄情者で、ちょっとした裏切り者であるかのようにさえ感じたものだ。
けど、仕方がない事だった。なにせ人間には、生きていく為にやらなきゃいけない事が次々に、山程出てくる。時間を半ば無制限に使える妖怪からは想像もつかない、短いスパンで。
良くも悪くも目先に現れては消えていく課題に、自分なりに忙しく対処しているうち、昔だったら退屈だなあと思っていた月日が、驚くほど早く過ぎ去ってしまっている。まず一ヶ月という時間と、次に三ヶ月という期間。このふたつを長いと感じるかそうじゃないかが、子供と大人とを区切る、ひとつの境目なんじゃないだろうか。
そういう意味では私は紛れもない子供だったのに、あの一年間は本当に早かった。深刻な中だるみや無気力、反抗期に囚われずに高校生活を過ごせたのは幸せだったのだと、今になって思える。
とまぁその後受験シーズンを迎えた私は、すったもんだの末に幸運か悪運か志望大学に引っ掛かる事ができて、フツーに充実したと言える4年間のキャンパスライフを送り、無事に就職もして両親を喜ばせた。
もともと国の中枢を担うようなエリート街道からは掛け離れているとはいえ、大学受験に就職という関門を、どっちも現役及び第一志望ですんなりと通ってしまったのは、私の程々っぷりを考えると驚くべき成果だった。
けれども何が一番驚いたかっていえば、私が結婚して、子供が産まれてしまった事だ。
舞台は就職先。その忘年会で出会った他社のひと。呆れちゃうくらいお決まりで、典型的な寿退社である。私としてはもうちょい勤めても良かったと思うんだけど、幸せな家庭を守れるよう僕が外で戦うから云々、なんていう古風すぎる直球決め文句にグッときちゃった訳でして。
まあ私もそれなりに古風な乙女だったって事ですよ、はい。
かくして私はバージンロードを歩く事になり、夫ともども新居に身を移し、バタバタした新婚生活を送って……。
そうしてふと振り返ってみれば、結婚から20年が経っていた。
(早いねえ……)
壁にかけたカレンダーを眺めながら、ぼんやりと物思いにふける。
光陰矢の如し、だ。ただでさえ成長と共に早く感じるようになっていった月日の経過は、結婚を期に更に加速した。子供という、分かりやすい爆弾に注意を奪われっぱなしだと尚更なんである、これが。ついこの前はぴゃーぴゃー泣くだけだったと思っていたら、次にはもう言葉の片鱗をむにゃむにゃ呟き出している。その間に確かに挟まれていた筈の年月は、ふと現在を意識した時には、もう無かった事になっているのだ。
子供ができてからはあっという間よ、とベッド脇で母が笑った時は、そんなものかなぁと首を捻ったが、自分で味わった後となっては、深く納得するしかない。人生の先輩の助言って、だいたい正しい。
ああそういえば、母は一緒にこんな事も言っていたっけ。
何はともあれまず子供!と子供ばかり見るようになっていて、自分の事に気付くのがつい遅れるのだと。で、その遅れた目がいざ自分に向くと、思ったより遥かに長い時間が流れていて、あれっと仰天するのだと。
ええ、それも確かにその通りでしたよ。
まさか自分がおばさんと呼ばれる年齢になってるなんて、一体誰が予想しただろうか。
20年目。
意識したのは、呆れた事にほんの数日前の話だった。
結婚記念日という行事を話題に出され、あらそういえばそうだったわ、と。薄情な反応だけれど、順風満帆に20年も経てば、夫婦仲ってそんな風にほどほどに枯れてくるものでしょう。
険悪って訳じゃない。むしろ確実に良好だろう。これまで派手な喧嘩らしい喧嘩をした記憶さえ無い。そもそも険悪だってのなら、わざわざ向こうから結婚記念日の話なんて持ち出してこないって。
あらあ、という、感動なのか感嘆なのか単なる相槌なのか、イマイチ中途半端な気の抜けた返事をする私に、当日にいきなりプレゼントを渡して驚かせたいとも思ったんだけど、黙ってて用事が入ってしまったら困るから、やっぱり先に教えておく事にしたと、あの日から今も変わらず私の夫である人は告げた。
素直に、しんみりと嬉しい。そして実に照れくさくもある。
良い人、である。最近微妙にお腹の出具合を気にし出したのか、ジョギングに関心を示しているような。
もう少し張り合いのある反応をしてあげれば良かったと今更ちょっと悔やむが、ま、それは当日までとっておきましょう。
20年。
惰性で生きてきたなんて言わない。力を併せて敷いたレールの上を、堅実に模範的に、幸せに流れてきたのだ。
バタン
タタタタタタタ……
「ん」
玄関から廊下にかけて、走る物音ひとつあり。
音は二階には上がっていかず、そのままこちらを目指して進んでくる。
この時間は私がだいたいここにいると知っていて、ただいまを言いに来たのだろう。
そんな事をする人は、2人だけ。
夫が帰宅するにはまだ早く、となるとこの軽い足音は、高校生である娘のものだ。いわゆる大切な一粒種である。二人目が欲しくなかった訳じゃないけど、そのうちと思ってるうちに、忙しさやその他いろいろに紛れて機会を逃しっぱなしになってしまい、今に至るっていう。
一人っ子は一人っ子で、自立しやすい反面難しい事も多いというけれど、うちの子は別段ヒネたりもせず、朝晩の挨拶も欠かさず行い、結婚記念日の件も知っていて、私は遠慮しよーか?なんて笑いながら言ってくる、贔屓目抜きでもいい子である。もっと小さい頃は、甘えたがりの所があって苦労したけれど……ああ、どうも今日は懐かしがりになっている。
久々に、昔の事を思い出していたからかもしれない。
「ただいまー」
で、背後に響く予定通りの声。
おかえり、と私は立ったまま、顔をちょっとだけ横に向ける半端な振り返り方をして答えた。なんだってこんな位置関係になってるのかというと、私がキッチンにいて、夕飯の支度の真っ最中だからだ。使い込んだ中華鍋は盛んに高い音を立てていて、天井近くでは、換気扇がぶうんと低く唸り続けている。
うん、と娘が呟き返し、母と子の簡単なやり取りは終わった。
娘は、学校で運動部に所属している関係で、時期によってはどうしても帰宅が遅くなってしまい、一家の大黒柱たる夫は夫で言わずもがなだから、夕飯の支度はそこらを考慮して始めるようにしている。ぱぱっと先に作っておけば楽なのは分かっているし、冷めても味が落ちない日持ちするタイプの料理や、逆に冷える事で味が染み込む料理は実際そうしているが、それはそれ、これはこれ。熱いうちが美味しい料理はなるべく出来たてを食べて欲しいという、親心であり妻心であり、そしてまがりなりにも、専業主婦として家庭を預かる者のプライドというやつである。
といっても夫の帰宅は予定より遅れる事も多く、妻心の方はいまいち発揮しきれてない時も多いのだけれど。ま、大切なのは気持ち、気持ち。
ネギの青い部分を焦がさないようじっくりと油で炒りながら、唐辛子は前の残りを使っていいかでやや悩む。
暫く火加減と食材の色に集中していた私は、ふと、あれっという違和感に台所仕事の手を止めた。なんでって、とっくに自室に行ったと思っていた娘の気配が、まだ背後にあるのである。キッチン入り口につっ立って、いかにも所在無げにしているのが伝わってくる。見なくても分かる。
そういえばさっきの挨拶の後で、足音は一回も聞こえてこなかった。
今度こそちゃんと体ごと振り向けば、果たして娘はそこにいた。
振り向いた瞬間に、びくっと一瞬逃げ出しかける反応を示したのを、私は見逃さない。寸前で止めてはいたが、母親を舐めてもらっちゃ困る。そんな変化は、隠したつもりでも手に取るように分かる。
それにしても、いったいどうした。家族の為に料理の腕を奮う母を見て、怯えるとは失礼な。
なので、率直に切り込む。今から誤魔化そうとしてきても手遅れであるし。




