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第捌種接近遭遇ガールミーツビースト - 7

赤レンガと木造の入り混じった、ちょっと埃っぽい匂いのする町中を、私と京さんは歩いていた。埃っぽいのは、道の舗装がきちんとされていないからだ。乾いた土が風に乗って舞う、その匂い。古い時代と近代とが、デタラメに共存する過渡期。長く緩やかな停滞が終わり、一気に加速していく、その開始地点。

明治。この時代を分かり易い境目として、急速に急速に、この国からあの原初の光景は失われていったのだろう。

すれ違う人波の隙間にふと見えた建物の脇に、明るい薄オレンジ色の花が咲いていた。ひょろ長い茎に、ボールのようなまん丸い花を小さく乗せて。幾つも、幾つも並んで。あの花は、現代でも変わらずに咲いているのかなと思った。形を覚えておいて、あとで調べてみよう、絶対に。

進む道の彼方に広がっている空は、とても綺麗だった。

ただそれでもやっぱり、あの恐ろしいくらいに透き通った空とは何かが違ってきているように、私には思えた。時代の色か、人間の色か。


「ここだと、京さんの格好にも違和感ありませんね」


レトロな洋館造りの建物を見上げて歩きながら、私はちらりと京さんを振り返った。あの、言っちゃ申し訳ないんだけど正直趣旨がよくわからない組み合わせの服装も、科学と迷信、進歩と停滞、現実と空想、そうした諸々が混ざり合うこの時代だと、不思議に調和して見えてくる。和洋折衷、ってのと京さんのはまたちょっと違うっぽいとしても、一般の人達でも目に入る場所に、海の向こうの文化が広がり出した本格的な時期でもあるからかな。

実際、洋装の人もたまに歩いてる。

しっかしまた、そういう上から下まできっちり洋服で決めた人より、京さんの方が垢抜けてるのがなんともはや。よっ、さすがは生粋の英国紳士、と小声で呟くと、京さんが少し変な顔をしてみせた。


京さんからは、ここで最後だと予め告げられていた。

もっと先にある時代まで進もうとせず、ここで区切った理由を京さんは言わなかったけれど、私には分かった。これ以降の時代には、現代の私達にとっても、悲しい出来事が多すぎるからだ。それらは目を背けられない現実だけど、お別れの贈り物としては必須ではないと、京さんは考えたんだと思う。古き良き世界。この国が、生き物として動いていた頃に触れた感動を、純粋に抱かせたままで締めたい、って。


擬似時間旅行は、これで終わり。

京さんと言葉を交わせる時間も、これで終わり。


物思いにふけっていた私は、向こうから歩いてくる人とぶつかりそうになり、慌てて横に避けた。

目の前に広がっている世界は、映像でありながら触れたければ触れる事もできるし、こうして地面に足を下ろして、行き交う人々の中を歩き回る事もできる。でも、私が触れた相手が、私の存在に気付く事はない。これは真の時間旅行じゃなく、あくまで見ているだけなのだから。

それでも、新しい場所、新しい時代に着く度に、その時を生きていた人達の間に混ざってみるのは楽しかった。

色に、音に、匂いに、形のついた、とても不可思議な映像世界。

それを私に見せてくれているのは、京さん。

去年の冬に私が出会った、優雅で上品で紳士で親切で、たまにお茶目で、そして結構な率でタチが悪い、人間の姿をした、ひとりの暇つぶし妖怪。


「むしろ大正ロマンって感じ」


もういっこ先にある時代を思い浮かべて、脳内でそこに京さんを放り込んでみた。といっても教科書ナナメ読みな私の知識じゃ、頭に浮かぶ単語なんてたかが知れてたけれど。何だっけ、ああそうそうモボとかモガとか。うん、確かにそんなイメージだ。

一人でくすくす笑っている私が気になったのか、いかがなされましたかと京さんが聞いてくる。なんでもありません、と私はやっぱり笑いながら答えた。


っと、鼻先にいい匂い。目の先にはいい眺め。

近くでお祭りでもやっているのか、露天で焼鳥を売っていた。私達が知ってるそれとは、ちょっと見た目が違う。

私は手を伸ばして、勝手に手頃な一本を抜き取った。当たり前だけど、咎められたりはしない。口元へ運んだ時には、もうそれはちゃんとした形と味のある、立派な”食べ物”になっている。まあ、それでもやっぱり映像は映像らしいんだけどさ。

これまでも、途中で見かけた食べ物を私が気にすると、京さんがちょちょいと弄って味と形を付けてくれた。お腹には溜まらないし、食中毒を気にする心配もないので、私も遠慮なく頂く。それらは期待通りの味だったものもあれば、ぜんぜん洗練されてなくて口に合わなかったものもあった。料理は素材であり、また技術でもあるんだなあと、両方の重要性をこんな所で再確認してみたり。

パーティー会場で出した料理が霞んでしまいますな、と京さんは言ったけど、各時代の食べ物を偽物とはいえ口にできるのと、あのスペシャル満漢全席は、また違った思い出だと私は感じた。

座れそうな物が周りに見当たらなかったので、近くにあった高い街灯の下に、京さんと並んで立つ。固めの焼鳥を食べながら、ぽけっと街並みを眺めた。もうそろそろ、特別見るものがなくなりつつある。どんなに珍しい場所だって、暫くそこにいれば、段々と慣れてきてしまうものだから。

そうやって、わいわい騒ぎながら、ここまで来た。


時代が現代に近付いていく。

別れの時間が近付いてくる。

否応なく押し寄せる感傷を、私は表面にも話題にも出さないようにした。

努力したというより、自然とそうなったように思う。

癖のようにまた見上げた空は、変わらず青い。この世界は昼間だが、現実の世界は夜だった筈で、それも今となってはどうなっているのか不明だった。なにせ、似非タイムトラベラー化してから巡った各地は、昼の事もあれば夜の事もあり、しかも総合すればこれがまた結構な時間が経ってしまっているのだ。

でも、たぶん心配は要らない。これは全て夢のようなものだと京さんは言っていたし、夢での時間経過と現実での時間経過は、必ずしも一致なんてしないから。

それにもしも、最悪予想に反して丸1日2日が過ぎてしまっていて、家と学校で大騒ぎが起こっていたとしても、こんなに素敵な贈り物を貰ったのだ、たっぷり怒られ絞られひっぱたかれるのと引き換えにしたって構わない。


「とても、楽しかったです。ずっと忘れられないと思います」

「それは良うございました。

この世界も、わたくしの事も、忘れずにいてくれとは申しませんし望みません。あれは夢だったのだと後に考え直されようと、それはそれで妥当な変化でありしょう。ただ今この時が、今この瞬間に、都様の心に刻まれているならば、わたくしはそれで満足でございます」

「いいえ、憶えてますから、ずっと」


そうですか、と京さんは言い、それ以上の否定はしなかった。

食べ終えた焼鳥の串を、指先で摘む。私の見ている前で、それは瞬く間に煙のように消えた。

何も無くなった掌を、私はまだじっと眺めたままでいる。私がそうしている間、京さんは一言も喋らない。その時が来たのだという事が、私には分かった。手を下ろし、京さんの方を向く。


「人との出会いは一期一会。

とはいえ、それにより得た記憶は一期一会に留まらず、在り続けるもの。

然らば、この記憶もまた、あなた様にとって、その形を持つものとなりますように」

「言ってる事、さっきと逆ですね!」

「こちらが本音でございます」

「あははは」


お店でカードさん達と話した時のような、涙は出てこなかった。

それを薄情だとか、そんな風には思わない。

さよならは、笑顔で。

私は笑って手を差し出す。京さんはその手を、しっかりと握ってきた。

期間限定だった、不思議な妖怪さん。顔を合わせた日によって、なぜかやけに注意を引かれる事もあれば、幽霊みたいに存在感が希薄な事もあったけれど、その時握手を交わした京さんの手は、間違いなく温かかった。

世界がぼやける。色が透明さを帯びる。

身の回りの全部が、急速に急速に遠ざかっていく。

気が付いた時、私は自宅の前に立っていた。

ぼうっとした目と心地で最初にした事は、携帯電話を開く事だった。時計のデジタル表示は、店に入った時から30分も過ぎていない。丁度、あのお城みたいな会場にいた分の時間。

すぐには家に入らず、私は暫くそのまま、冬の厳しさが漂う星空を見上げていた。

吐き出した白い息の向こうで、流れ星が斜めに落ちる。願う事は特にない。私にとっての、ひとつの物語が終わった。


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