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第捌種接近遭遇ガールミーツビースト - 4

夜、コンビニに戻るや開口一番私は尋ねた。


「あれ、依頼じゃないですよね?」


そう、突っ走らず、少し立ち止まって考えれば簡単に判る事だった。

このコンビニに吸い上げられる程の強い想いを抱くまで放浪生活を続けていたにしては、体に汚れもなく、あそこまで健康的に丸々としてるのがまずおかしい。それに、あれだけ人懐っこい犬なら、余程タチの悪い人間に捕まらない限り、早々に保護されていただろう。お母さんの呟いた通り、飼い主のおばちゃんはあちらこちらに捜索ポスターを貼っていたのだから。

そして何より、願いを叶えたのに消滅しなかった。

そりゃ飼い主さんの腕の中で犬がきらめきながら崩れ去っても困るし、物と生き物の結末を一緒にするのは無茶なのかもしれないが、それを差し引いても何もかもが今までと違っている。


「ええ」


焦らず騒がず、追求されるのは予測済みでしたと言わんばかりに、京さんが軽く眼鏡を押し上げる。騙したというか黙っていた事を、悪びれる様子もない。こっちも別に怒るような事じゃないけどさ、なんで、という不思議。


「あれは単なる、純粋な迷い犬。他の品々のように網に掛かったのではなく、一週間前この道へふらりと迷い込んできたのを、わたくしが留め置いておいたのです。

獣は、稀に自然体で境界を飛び越えますからな。特に、頭が空白に近いほど」

「マドレーヌちゃん……」

「マドレーヌ?

……ともあれ、普段ならば構わず放っておく所でした。惑わされ、果てるもまた運命です故。しかし此度は、都様にお誂え向きではと考えまして、このような処遇を致しました」

「事情はわかりました。犬も、車に轢かれたりする前に保護されて良かったですし。でもなんでわざわざそんな事を? 私にできる依頼が一個もないなんて、今まで何度だってあったのに」

「これで、わたくしが都様とお会いできるのは最後ですから。

幕切れは、どうせなら成功で締めたいものでしょう」

「――え」


京さんの行動への疑問も何もかもが、一言で私の頭から吹っ飛んでいた。

今、京さんはなんて言ったの。

……最後?

驚くとか悲しいとかじゃない、呆気にとられて固まった私を見たまま、京さんは静かに先を続けた。


「今日で、最後でございます。

この夜を限りに、わたくしはこの街を去ります。

一年という短い時間でしたが、ご来店、まことにありがとうございました」

「ちょ――ちょちょちょっと!! ちょっと待ってくださいよ、いきなり今日だなんてそんな――!!」


やっと、理解が追い付いた。

大慌ての私とは対照的に、京さんは微笑を深めるだけ。

ただ、そこにはどこか、今まで私が見た事のない表情が混ざっている気がした。


「そうして法外に驚いて頂ける事を、実に嬉しく思います。

時は止まらず流れ行く、その盤上にて生きる衆生もまた然り……まったく、これだけ長く生きていても、いつ何処で何が起こるかは予想もつかないものですな。

いつだって、退屈を紛らわせる、風変わりな事件が起こる可能性はある――。

忘れかけていたその事実を思い出せた事が、わたくしにとって何よりの収穫であり救いでございました」

「…………っ、京さん……」


京さんの声に迷いは感じられなくて、私はそれが、どうやっても引き伸ばせない現実なのだと知る。

自分で決めたルールを、厳密に守る。

それが京さんの遊びの決まりであり、あえて設定している不自由なんだろう。

同時に、私の中の波も急速に鎮まっていく感覚があった。


分かっていた事だった。少し前に、直接この件を話しだってした。

二度目の冬が訪れた時から、もうすぐ、この瞬間が来てしまうっていう事は。

けれどもだからって、いきなり告げられたら動揺しない訳がないじゃない!

せめて前回の訪問時に、あと残り何日ですと教えていてくれれば、こっちだって心の準備をしたり、お別れの挨拶を考えられたりしたのに。納得はできても、そこだけが恨めしい。もしも私だったら、ここまでさっぱり今日で終わりですと、さようならを告げる事はできないと思うから、尚更だった。

それにこの、最後を成功で終わらせてあげよう計画、途中で私が気付いて引き返しちゃったら失敗である。なのにああいう「こうなると判ってました」な反応がくるって事はつまり、依頼が片付いて一息つくまで、どうせこいつは気付きゃしないと思われてたって訳で……。

自分の落ち着きの無さを見込まれて、それを軸にした計画を立てられるのは結構情けないもんがある。成功してるし。


ちょっと悔しいけれど、お別れの現実が大きすぎて、それもまた腹を立てるような材料にはならない。逆に、笑ってしまう。しょうがないなあ、どっちも、と。

京さんが、レジカウンター上を四角い箱を滑らせてきて、私の前に置く。

それは、カード氏が設置されたスペースだった。

寂しそうに見上げる目と、私の目が合ったように感じた。目も鼻も口もない相手だけどね。

連続で聞いてると耳が痛くなってくる高音の声が、見る影もなく萎れちゃっている。名前間違いも相変わらず直らない。ただ今日は、訂正しようとは思わなかった。それでいいよ、と思った。


「ウウッ……オ世話ニナリヤシタ、ミヤコーサン……」

「……そっか、京さんとお別れって事は、カードさんともお別れなんだね。

って、カードさんは一緒に連れて行ってもらえるの? 自分だけここに置き去りなんて事には……」

「エエ、ソイツァ勿論デサァ!」

「………………」

「………………」

「………………」

「……店主?」

「……京さん?」

「………………」

「……ソノ筈、ナンデスガ……」

「………………」

「………………」

「………………」

「…………ソウ、思ッタリシタリシテタンデスガ……」

「……………………」

「ソッ、ソウデゴザイヤスヨネ!?」

「ええ、そのようになります」


たっぷりの間を置いて京さんが澄まし顔で頷いた時は、私まで安堵の息を吐き出していた。経験で分かっちゃいたけど時々かなりタチが悪い、このじーさん。やり過ぎですと問い詰めれば「年寄りのお茶目でございます」などと言ってくるのだから、始末に負えない。

そんな、タチが悪くて始末に負えないお茶目な爺さんは、ちょっと睨む私に向かって、掌で横を指し示した。


「今宵はもう一名、否二名ですな」

「えっ――あっ!」


京さんの視線を辿って顔を横に向けた私は、本当に久し振りに見るひと達に驚きの声をあげた。

いつ現れたのか、ひとりは商品棚に凭れて、ひとりはカウンター端に腰掛けて、あの妖怪コード結びとリモコン隠しがいる。小さな身体も、やたらと濃い顔立ちも、区別のつかない見た目も、記憶にある姿と同じままで。

小人ふたりが、代わる代わる手を振ってくる。やや歯を剥いた、その表情は明るかった。


「お久し振りですねえ、はい」

「お久し振りですなあ、ええ」

「ええーと、どっちがどっちかは見分けつかないけど、お久し振りですっ!

ふたりとも、まだお店に来てたんですね!」

「それは勿論でございます、はい」

「新たな道を示されましたので、引き続きあれこれと可能性を探っておりました、ええ」

「しかし今夜で店じまいという事で、残念でございます、はい」

「ですが店は失えど志は失わず、でございます、ええ。

我ら今後も、精進を続けていこうかと」

「今宵は店主殿に引き止められまして、こうしてお待ちしておりました、はい」

「私を?」

「です、ええ」

「です、はい」


なるほどね、商品棚に座っていても京さんに注意されなかった訳はそれか。

店じまいにあたって、私とのお別れにと引き止めてくれたらしい。なら少々の無作法は多目に見るとこだろう。出席者が多ければ、それだけお別れは思い出深くなる。


「面識のある妖怪をなるべく集めたかったのですが、なにぶん来店も気紛れでございますので」


京さんは少し残念そうに言っていたけど、私の為にそこまでしてくれたという事実と気持ちだけで充分だった。といっても、徐々に増していくしんみりした気分までは隠せず、俯き加減になってしまった私にふたりは言う。


「なぁに、今生の別れという事もございませんです、はい」

「姿をお見せする事はなくとも、コードとリモコン世にある限り、我らは常にそこにおりますです、ええ」

「……前も言ったけど、それはちょっと遠慮したいわ……。

でも、ありがとう。わざわざ私の為に待っててくれて」

「どう致しましてですよ、はい」

「どう致しましてですよ、ええ」

「アッシラハ特二、ミヤコーサンノオ世話二ナッタ身デアリヤスカラネェ。

最後トナリャア、シッカリゴ挨拶シタイジャアリヤセンカ!」

「えへへ……なんか感動しちゃった」

「ありがとうございました、はい」

「ありがとうございました、ええ」

「感謝、感謝デスゼ。今ノ、コノ形二ネ」

「ううん、こちらこそ……ありがとう。大切な思い出をくれて」


思わず涙ぐんでしまい、誤魔化そうとしたけれど、考えたら誤魔化す必要はなかったわね。

笑いながら、人差し指で目尻をゴシゴシ拭う。あ、鼻の奥がつんとしてきた。


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