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第捌種接近遭遇ガールミーツビースト - 3

かくして迎えました、休日という名の翌日。

私は子犬をお供に連れて、テクテクと道を歩いていた。猿と雉はいません、あしからず。

最初は適当なバッグに入れて運ぼうと思ったんだけど、試してみたらヒャンヒャン鳴きながら回転しまくるので、横で見ていた両親ともども力無い笑いを浮かべ、その場で諦めた。私の腕の中でご機嫌な子犬からは、あの湿った犬臭さは取れて、今はさらりと漂うシャンプーの香りに、ほのかにミルクの匂いが混ざっているだけだ。まだ寒いし小さいし、洗って大丈夫なのかが心配ではあったけど、さすがにあの状態で持ち運びする訳には、ちょっと、ねえ……朝目覚めたら大惨事でした。

抱いたら一転しておとなしくなったのが、せめてもの救いだ。これで大暴れされたら目も当てられない。


「おまえ、もうちょっとで帰れるよ」


立ち止まり、顎を引いて語りかけると、子犬は動きを止めてヒィンと細く鳴いた。わかってるのかわかってないのか、喜んでるのか何も考えてないのか。

たまにすれ違う人からの、ぎょっとした視線や微笑ましげな眼差しに、どうもどうもと曖昧な微笑で応じつつ、やがて私は目的の家についた。子犬は、特にこれといって感極まった様子はない。嬉しそうといえば嬉しそうだけど、ぶっちゃけそれは遭遇してからずっと同じである。

今回は躊躇する理由もなかったので、私も迷わずインターホンを押せる。

ちょっと間があってから、はーいという声。


「どちら様でしょう?」

「あのー、すいません。

この子犬、ここのお家の犬じゃないですか?」

「えっ……あっ!」


一度目は虚を突かれた戸惑いの声、二度目は、明らかに喜びの入った甲高く裏返った声。この変わりようだけでビンゴだってのは判るわね。がちゃがちゃと忙しく開けられる玄関ドアを眺めながら、私はほっと息を吐いた。ついでにポンポンと軽く子犬の頭を叩く。子犬は、頭を振ってくしゃみをした。

ドアが開いて、私達を見た瞬間の表情の変化。靴を履くのももどかしく駆けてくる様子。90%の推定が、100%という確定になった瞬間だった。私が差し出した子犬に、そのおばちゃんが歓声をあげる。


「マドレーヌちゃん!」


ぶぼお。反射的に吹きそうになった。

堪えろ、堪えるんだ私。ここが人生最大の勝負所よ!

反則だってばそれは。いやま、犬にどんな名前を付けようと飼い主の自由とはいえ、マドレーヌちゃんって、よりによってこの犬にマドレーヌちゃんって。

目に入れても痛くないであろう可愛がり方をしていそうな、飼い主のおばちゃんには悪いのだが、どう見てもマドレーヌちゃんというより「よしお」とでも呼んだ方が相応しい顔立ちをしている。いや、まずそもそもメスだったわ、この子……おっさん面なのに……。

肩に力を入れて小刻みに震えながら、微妙に横を向いて変な顔になっていた私は、ありがとうございます、ありがとうございます、という飼い主さんからの呼び掛けで我に返った。


「もーほんとに、見付けてくださって、もうほんとに!」

「あ、いえいえ……」


とりあえず落ち着こう、とはまさか言えない。


「見付かって良かったわあ!

もう、お前はダメじゃないのマドレーヌちゃん!」

「ふぐっ!」

「ありがとうございますねえ、本当に!

うちでも探したんですけど、どこにもいなくって……もー心配で心配で!

ちょっとだけねえ、ドアが開いてただけなのに、まさかそんな隙間から出て行っちゃうなんてもう。ケガしてない? マドレーヌちゃん」


お願いですから名前を連呼するのをやめて頂きたいです。

あと君もその歓喜に満ちた困惑のおっさん顔で、名前に併せてすかさずこっち振り返るのやめてマドレーヌちゃん。


「……け……ケガはして、ないみたいですよ、たぶんハイ。

あとその、朝いろいろ踏んづけてたんで洗っちゃいました。すいません」

「ああ! こちらこそすみませんねえ、そんな事までして頂いちゃって!

ぜひお礼をさせて頂きたいんですけれど……」

「お礼なんていいですよー」

「いえいえ、そんな事を仰らずに、気持ちですから是非……。

もー、ほんとにこの子ったら目が離せなくて……」


再び、脱走前後の状況の解説に戻る飼い主さん。

いかにも話好きのおばちゃんという様子に、ひょっとして脱走の原因となったドア開けっ放しには、この性格が少々以上に関与していたのでは、と邪推してみたりする。

まぁとにかく、よしお、もといマドレーヌちゃんなる名前のさまよえる子犬が一匹、無事に飼い主の手元に戻ったのは何よりである。自動的に進んでいく説明の合間に、おばちゃんが愛犬の鼻に鼻を寄せる。感動の光景、かもしれない。暫くは、再会の喜びを分かち合う、というより一方的に満喫する飼い主さんを私も眺めていたが――。


「……あれ?」


素直によかったよかったと頷ける光景の中に、ふとした違和感がよぎる。

最初は気のせいかと思ったが、一旦考えだすとどうも気になる。

そして腰を据えて考えてみれば、意外とあっさり心当たりは釣り針に引っ掛かった。私は疑惑を胸に、もう一度改めて、もはや私そっちのけで子犬とスキンシップを図っている飼い主という、目の前の光景をじいっと見詰め直す。


「あれえぇ……?」


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