第壱種接近遭遇ティーカップ - 5
「…………困りますな」
なんて話をしてから、一週間後。
ますます寒くなっていく気温もなんのそので、暖房の効いた快適なコンビニ店内に私はいた。コンビニといっても、もちろん全国区メジャー所ではない。そりゃもうマイナーもマイナー、妖怪がメイン顧客になっちゃうぐらいのマイナー所である。
先日は見る暇が無かった商品棚を、面白く眺めさせていただく。何かあっても困るので、お爺さんの目が届いている範囲を出ないようにして。まあおかげで、お爺さんの困惑半分迷惑半分の視線も一緒に見なきゃいけないんだけど。
とうとう、溜息をつかれた。そんな風に見ないで欲しい、これでも私だって深く悩み、大いに迷っての結果なのだ。
あの日のあの夜――。
悪い意味での夢見心地で外に出たら、そこはいつもの交差点だった。驚いて後ろを見たら、もうコンビニの姿は影も形も無し。普通に道路があって、普通に人が歩いている。つまり私は、交差点前にいきなり出現したって事になるんだけど、周りに何人かいた人達が、こっちを不思議そうに見ているような事もなかった。これも、あのお爺さんの力なんだろうか?
ふらふら帰宅した私は、ふらふらご飯を食べて、ふらふらお風呂に入って、ふらふらベッドに入って、その日はそのまま寝た。ルーチンワーク以外をやるなんて心のエネルギー消費が激しくって、とてもとても無理。
そこからの私は、2日間、そりゃもう悩みに悩みまくった。
んで3日目、今度は一気に活動的になって、今までの人生で縁の無かった妖怪の本を片っ端から探し始めた。片っ端っていっても町の図書館(学校のはなんか恥ずかしくて無理だった)と、隣町の本屋をちょびっとだけど。
何冊か読んで分かったのは、まぁ妖怪イコールいろんな化け物だって事。オーケー、それで充分。
本を読んでる間に、考えも固まっていた。さすがさすが、読書は人の心を落ち着かせる効果がある。
……絶対こういう意味じゃないんだろうけど。
こうして決意の固まった私だったが、そこには次なる試練が待ち受けていた。
試練というか、要は入れなかった訳で。時間帯を合わせて、何日かあの道を往復してみたけど、さっぱりダメ。ある日なんてお巡りさんに見付かって、何をやってるのかと聞かれてしまった。お勤めご苦労様です。
お爺さんが言っていたように、波長ってのが合わないとダメなようだ。本当に、限定的な能力らしい。覚悟を決めた後だけにガッカリしたけど、実はちょっと安心もしていた。だっていきなり凄腕の霊能者になって、妖怪とバトルするような展開になっても困るし。
そんな風に諦めかけていた矢先だった、あの霧が見えたのは。
私は一瞬ボーゼンとして、それから大急ぎで走った。ただ走らなくても、その時には既に、私はあの道に入り込んでいたんだろう。走り出して幾らも行かないうち、前方にあの無駄に明るすぎる店舗が見えてきた時、私は思わず歓声をあげていた。
で、今に至る。
「困りますなァ」
二度目は聞かなかった振りはできず、私は立ち止まった。
我慢できずに来ちゃった訳だけど、迷惑な真似をしているって自覚はある。
「……ごめんなさい」
「ご忠告差し上げた筈でございます。当店にも妖しの者共にも、近寄らないように、と」
「分かってるけど、我慢できなかったんです。
私、ずっと……何か特別な事が起こらないかなって思いながら、ダラダラ生きてて。そこに妖怪コンビニですよ! こんなチャンス、怖さに負けて逃しちゃったら絶対に後悔するって思って!」
「チャンス目当てで命まで落とされては、元も子もございません」
静かに怒られて、私はしゅんとなった。
実際こういうのって、怒鳴られまくるより効く時あるよね、うん……。
しかも、見た目紳士なお爺ちゃんだし、こういう上品な人に迷惑かけてるってのはキツい。
やっぱ、やめときゃ良かったかなあ……。
ただ、お爺さんも無理に追い出そうとまではしないようで、それどころか、お帰りの際にはお声をと言ってくれた。たぶんまた、あの道を繋ぐってのをやってくれるんだと思う。うう申し訳ないです、罪悪感。
「……他に、店員さんはいないんですか?」
沈黙が気まずくなった私は、果敢に話題提供を試みる。
言い忘れてたけど、今日は他のお客さんはいなかった。
「他の従業員はおりません。わたくしが唯一の店員であり、店長でございます。そして念の為に申し上げておきますが、アルバイトの募集は行っておりません」
「あ、あはは、まさか……」
バレてた。
「バレバレでございます。
……やれやれ、本当に仕方のない御方ですね」
「……はいぃ」
「京」
「へっ?」
「店長の、京でございます。以後お見知りおきをとは申しませんが、名乗らぬというのも失礼でございましょう」
きょう。名前。
――そうだ、名前だ!
そんな当たり前の事が、どえらく新鮮に聞こえた。
名前があったんだ、って、そりゃそうか。妖怪だって名前ぐらいある。座敷童子とかろくろっ首って、種類の名前だもんね。種類というか種族かな。おい日本人!アメリカ人!なんて呼ばれたって、私達も困るしムッとするのと同じように。
妖怪の名前。たぶん私がこれまで聞いてきた名前の中で、最高のレアもの。なんだか嬉しくなってしまって、私も浮かれ気味に言った。
「私、都です!
祭野 都。よろしくお願いします!」
が、ここで予想外の事態。
私の名前を聞いたお爺さん、改め京さんは、何かを考え込んでるみたいに眉の間に皺を作った。あれ、なんか私まずいこと言った?
「……失礼ながら、みやこ、とは、どのような字を当てるのでございましょう」
「都市とか、首都の都ですよ。私としてはー、同じ音なら美しい夜の子、なんてのでも良かったんじゃないかーなんて思ったりするんですけども。昔のアダ名なんてト読みしてトーちゃんでしたし、女の子にひどいと思いませんかこれ」
「同じですな」
「せめてカーちゃ……え? 同じ?」
「名前の意味がです。なるほど、波長が合った一環はこれでございましたか」
「……??」
何が同じ?
私はパチクリ瞬きして、んでちょっと経ってから、やっと京さんの言ってる意味が分かった。ああ、そういう事ね。
京は、都。ひたすら眠かった苦手の歴史教育に、今だけは感謝!
でも、そんなので波長ってのは合ったりするんだろうか。名前の同じ人、意味が同じ人なんて、全国にいくらでもいるだろうに、無条件で相性良くなったりしないぞ?
首を傾げる私に、京さんは言った。なんだか、塾のお爺ちゃん先生って感じだ。それにしちゃ丁寧すぎるし紳士すぎるけど、後者は主に見た目が。
「名前の持つ力というのは、侮れないものでございます。使い方によっては、名前だけで相手を呪う事もできるのでございますよ。ましてやわたくしのような妖怪に、軽々しく読みと書き両方を教えるなど、以ての外といえましょう」
「……あのー、もう教えちゃったんですけど」
「御安心を、悪用するつもりはございません。そうした行いには、とうに飽きましたので。以後は控えられますように。そして改めて申し上げますと、以後など無いのが最良でございます」
……なんか今、不穏な事をさらっと口にしなかったか?
やっぱたまに怖いよ、この爺さん。
「ところで、先程の希望する渾名の件でございますが」
「は、はい!?」
「ミーちゃん、ではいけなかったのでございましょうか?」
「………………」
「………………」
「……ぷっ」
暫くは耐えた、私頑張った。けど生真面目な顔でじいっと黙ってられたら、そりゃ誰でも限界迎えるってば。
吹き出した私は、そのままケラケラ笑うのに任せた。いやーあそこは、あえてそう繋ぐボケでありましてね……。
見れば、京さんも相変わらず静かに、けど例の微笑とは明らかに違う笑い方で笑っている。なんだ、冗談だったんだ。やっぱりトボけたお爺さんだ。
雰囲気が和んだ――と思いきや、京さんはあっさり笑うのを止めて、冷静な声とじろっとした目を向けてくる。
「誤魔化されてはおりませんよ?」
「……はあい」
私はポリポリ頭を掻いて、それから、ふと思い付いた事を聞いてみた。
「ここの商品って、私でも買えるんですか?」
「人間に販売しないというルールはございません。
しかし、おやめになった方が宜しいでしょう。当店の品揃えは幅広いと自負しておりますが、人には使い道のないものばかりでございます」
「例えば、どんなのがあったり? すっごく知りたいです!」
「……そうでございますな。
辛うじて都様にも使えそうな品となると、そちらの薬品コーナーの……」
シャッと京さんが片手を振ると、その骨ばった掌の中に、紙の小箱が現れた。手品みたい。ついでに”そちら”を見てみたら、棚に並んでいる似たような箱や袋から、ひとつが消えていた。頭ではまだ納得いかない所が残りながら、心はもう妖怪だって事を受け入れてしまったらしくて、このぐらいの不思議現象ではそんなに驚かなくなってる自分が、ちょい怖い。
「こちらでございましょうか。
中身は柔らかい丸薬となっておりまして、半分を飲めば腕を切り落とされても再生し、もう半分を飲めば脚を切り落とされても再生し、まとめて一粒を飲めば頭を切り落とされても再生するという、比類なき再生力をお約束致します逸品でございます。効果は飲んでから24時間以内で、再生は部位に関わらず一度きりですので、その点はご注意を」
「…………あんまり、腕とか脚を切り落とされる機会はなさそうなんで、いいです……」
「補足しますなら、人間が服用した場合に、効果が正しく発揮されるかは不明です。なにぶん、飲んだ者がおりませんので」
「はぁ……役に立たないって、そういう意味なんですね……」
「ご理解頂けましたなら、幸いでございます」
京さんは、綺麗な動作で頭を下げた。
無茶な注文だと思ってはいたけど、それでもちょっとガッカリしてしまった。空を飛べるようになるマントとか、動物の言葉が分かるようになる耳栓とかを、私は期待していたのだ。もしかしてあるのかもしれないけど、私が使ったら300メートル上空まで舞い上がったっきり降りれないみたいな、そんなオチが待っているんだろう、たぶん。
私はおとなしく諦めて、店内をゆっくり見学させてもらう事にした。自分で使うのは無理と分かっても、並べられた不思議の品々への興味までなくした訳じゃない。




