第漆種接近遭遇ティータイム - 2
気ままな散歩はどこへやら、折角だし冷めてしまう前に休めそうな所を探そうという流れになり、急遽設定した目的達成に向かって、私と京さんは歩いた。
もしかしなくても邪魔したか、私。
ところがいざ探すと、これが案外そうそう都合のいい場所なんて見当たらない。結局、何とかそれらしいスポットを見付けるまでに、結構な距離を歩き回る事になってしまった。ひと気がない住宅街の隙間にひっそりあった、お参りされてるのかも怪しい小さな神社だ。
……こういう神社って誰が管理してるんだろうか? 役場?
境内らしきスペースもあるものの、うちの庭とたいして違わない広さしかない。私達は、置き石というか石段というか、正しくは何て名前なのか知らないんだけど、とにかくそういう上が平べったい、丸椅子みたいになってる大きい石を椅子に選んだ。スカートが汚れるかなと思ってたら、京さんがひょいと手を出して私を止めて、それから同じ手で、石の真上の空中を、左から右にさっと撫でるように払った。ちょっと気取った感じで、どうぞ、と勧められる。
直接触ってはいないけど、たぶん表面を綺麗にしてくれたのかな。
私が座るのを待って、京さんも座った。
しかしあれだ、神社に妖怪が入ってしまって良かったんだろうか。
スカート越しに感じる石は、氷みたいに冷たくて固い。
もっと周囲が暗ければ、無機質な感触にゾッとさせられただろう。
人影がない寂れた神社だと、聞き慣れた鳥の声さえ、普通の生き物じゃないかのように感じる事がある。きっとそういう得体の知れない怖さや不安を、昔の人は妖怪の仕業だと考えてきたのよね。まあ、今はお隣に現物が腰を下ろしていらっしゃる訳ですけれども。
私はガサガサと音をたてて、紙袋を開けた。
「京さん、嫌いな味ってあります?」
「……いえ、これといっては。ですが都様、わたくしは……」
「まーまー、せっかくですから。ほら私一人で黙々と食べてるのもアレですし」
「然様でございますか。……では、有り難く頂戴すると致しましょう」
一番無難そうな小倉あんを、京さんに渡した。
……こし餡派だったら戦争が起こるかもねー、なんて思いつつ。
とてもタイ焼きに挑んでいるとは思えない、神妙な顔で食べているのが何か可笑しい。書道家みたいだ。
そんな京さんを横目に見つつ、私もカスタードを頬張った。んまい。
もぐもぐやりながら、ふと気になった。
すごくどうでもいい事なんだけど、タイ焼きは頭から食べるか尻尾から食べるか、っていう問題がね。それで性格診断ができるって話を聞いた気がしたけど、詳しい内容は思い出せないや、残念。ちなみに私は頭から派だ。特にこだわってはいないけど、自然とそっちから齧る。さて、京さんは……お腹から食べてるよ、この人。それ何派よ。焼き魚派ですか?
視線に気付いたのか、京さんが食べるのを止めてこちらを見た。
私は慌てて、何でもありませんと手を振る。これはバツが悪い。
タイ焼きは値段がお手頃なぶん小さめなので、私も京さんもすぐに食べ終わってしまった。残りはどうしようかな。あと2個ある。京さん、嫌いじゃないみたいだしおみやげにあげようか。
私がそんな事を考えてると、京さんが自分の懐を探り出した。
「都様、宜しければ甘味の後にお茶などはいかがでしょうか」
と、水筒を取り出す。
……あのすいません、どう見ても今の今までそんな膨らみ無かったですよね。本当に前触れもなく色々出てくるというか……上に引っ掛けた着物は四次元ポケットですか?
水筒自体は、どこにでも売ってそうな物だった。外した蓋に、トクトクと京さんが中身を注いでくれる。私はお礼を言ってお茶入りの蓋を受け取り、何も考えずにぐびっと飲み、そして叫んだ。
「――えっ、ええっ!?
なんですかこれえぇっ!?!!?」
振舞われたお茶が口に入った瞬間、私は放心しかけたんである。しかけたというか、したと思う。間違いなく一瞬意識あっちに飛んだと思う。あまりの凄さに。
それは確かにお茶なのに、私の知ってるお茶とはまるで別次元の飲み物だった。一見、香りは無い。鼻をすれすれまで近付けて嗅いでみても、淡く黄色がついたお湯だとしか思えない。ところが一口でも含んだ途端、ぎゅうぎゅうに詰め込まれて閉じ込められていた芳香が、ぱぁんと風船が割れたように爆発的に広がって、全身を駆け抜けるのだ。まさに駆け抜けるとしか言いようがない体感で、私なんかは、座っている石から身体がぶわっと10センチは浮き上がったんじゃないかと思った程だった。
その香りが、また素晴らしい。
チープな表現だと眉を顰める人には、実際これを飲ませてやりたい。他の表現無理だから。爽やかで深くて気怠くて、永遠にこの時間よ続けと願いたくなるような――。
ここまでくると、そもそもこれは飲み物なんだろうかと疑いたくなってくる。刹那の芳香はただあっさり去るだけじゃなく、駆け抜けていった箇所でふわっと霧になって漂い、体の組織に優しく染み込みながら名残り惜しく薄れていくという、心憎い消え方をしたのである。
お茶を飲んだというより、香りを飲んだ。
でも確かに液体が喉を流れていった感覚もあって、そちらはそちらで、口から食道から胃までを丁寧に濯ぎ洗いされたような心境だった。
浄化されてしまった、お茶で。
はあああああ、と溜息。
私は、揺れるお茶を凝視する。小さな波は、細かく震える私の手が作っていた。おいしすぎて、心地良すぎて、二口目を飲むのが怖くさえあるお茶なんて。
「お茶でございます。が、人の手の届く茶ではありません。
神や妖でも、生半可な存在では入手困難でしょうな。
そちらは神代のもの――その出自を仙界近くに置く品でございます。
現世の人間が飲んでも肉体的、霊的な悪影響はございません故、ご安心くださいませ」
いつもなら瞳を輝かせて聞いてるであろうロマンあふるる説明も上の空で、
私は相変わらずボーゼンの抜けないまま呟いた。
「高い……ですよね、これ、絶対……」
至高の逸品を前にして、身も蓋もない俗っぽい質問だが、庶民の率直な感想でもあった。
高級な食べ物には、こんなのがなんで?と首を捻ってしまうような、持て囃されてる理由が理解不能な物も多いけど、これは根っからの平民な私でもわかる。っていうか飲めば誰だって一発でわかる。そして誰でも欲しがるだろう。なにせ既存の「お茶」という概念を、根本からひっくり返してしまう代物なのだから。
京さんは、私の無粋な問いに気を悪くした様子もなく、水筒を左右に緩く傾けながら言った。
「どういった形にしろ、これが人の流通に乗る事はまず起こり得ないでしょうが、仮に現代の、この国の貨幣価値に換算するとしましたら、そうですなァ……。
いえ、やめておきましょう。値段を気にしながら嗜むというのでは、如何にも風雅ではありませんから」
何でもない事のように、京さんは微笑んだ。
具体的に教えてもらえない事で、却って想像力が大きな方向に働くってのもあるんですが……。
……ううむ、これが神様だか仙人様だかの世界のお茶の実力ってやつですか……。
そりゃこんな物を毎日飲んでれば神通力だって身につくわよね、と、味を知った後では納得するしかない。……あー、まだ体の中にさっきの香りが残ってるような気がする。
体に悪影響はない、らしい。そこは信じても大丈夫だろう。強いて言えば、これをうっかり飲みつけたら、今後普通のお茶が飲めなくなってしまう危険があるくらいだ。
まあ、そんな贅沢はできっこないし、大切に飲もう。
――なんて思ってるそばから、減った中身を京さんが注いでくれようとする。
あああああそんなドボドボ注いじゃって!! 30パック500円の麦茶じゃないんだから……!と、持ち主じゃない私の方がハラハラしてしまう。
思わず、押し頂く、という格好をとっていた。いくら何でも、タイ焼き一個如きのお礼にしては高すぎる。京さんは惜しむ風もなく、今度は自分用のカップを取り出すと、同じようにお茶を注いで、静かに啜った。おろおろしている私と違って、安っぽいカップでも、とても様になっている。




