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第漆種接近遭遇ティータイム - 1

風が吹き、ぴりっとした刺激が肌を刺す。

私も含めて、辺りの人という人が一斉に首を縮めて頬を緊張させる。

寒い。露出面積は少ないのに、この有様である。

暦の上ではどうだろうと、景観と体感ではもう世間は完全に冬だった。衣服は分厚くなり、丈は長くなる。目に入る数人に一人はコート姿で、誰もが背を丸めてせかせかと歩いている。街路樹の姿は、着膨れした人々とは対照的にとても貧弱になっていた。少し前までは元気に茂っていた葉っぱが、今はほとんど残っていない。紅葉や落葉の段階を通り過ぎて、次の芽吹きを待つ眠りに入ってしまっている。

終わりと眠りの季節を迎えて、心なしか色の薄らいだ青空を、黒い点となった鳥達が数羽連なり飛んでいく。あの上空を吹いている風は、こうして感じる木枯らしより、もっともっと冷たいんだろうか。


……なーんて考えてしまうのは、私もまだ文学の秋を引き摺ってポエム気分でいるからかもしれない。


考え出すとこっちまで凍えてくるようで、私は羽毛に包まるみたいにコートをぎゅっと抱き寄せ、ぶるっと身を震わせた。手袋が、嬉しくありがたい味方だ。冬場の荷物って、重さだけじゃなくて、たまに痛さまで感じる事があるから。


意識しながら改めて景色を眺めてみると、色が薄れて感じるのは空だけじゃなかった。人に、空気に、建物までもが、冬というフィルターを通すと、みんな厚みが半分になってしまったように見える。この儚さと透明感は、冬じゃないと生まれてこない。生命が乏しくなる季節って事と関係あるのかも。


(こんなに明るいうちに帰るのは、久し振りだなあ)


というと仕事に疲れたOLっぽくあるけど、事実は事実。ただでさえ冬は日が落ちるのが早いのに、そこに部活が挟まれば、どうしたって帰りは暗くなってしまう。急な風邪の大流行で部員が片っ端からやられてしまわなければ、今日だって明るいうちに帰宅する事はなかった。

あ、ちなみに私は無事です。とても元気そのものでピンピンしてます。日頃の鍛え方と健康的な食生活の賜物であり、断じて古くからの言い伝えに由来する回避ではない、と思いたい。私も私で、早く帰って健康管理に努めればいいものを早速寄り道してるあたり、やっぱお前馬鹿だから風邪ひかないんだろとツッコまれても反論できないんだけどさ。

そして「馬鹿」の単語は、学生らしくそのまま勉強方面の事情にも直結している。目下の私の学力は、並よりは上ってとこである。最近は幾らか上昇傾向にあるものの、絶望的な点数を叩き出さないだけが取り柄の、極めて正しい凡人なのであった。そしてテストも近い。それなら余計に、早く帰ってあったかくしながら、教科書の一冊も開くべきなんだけど……。


まあ、息抜きは大切よ。うん。


机に向かって唸ってばかりじゃ、息が詰まっちゃう。

だからこうやって、普段は行かない方面まで足を伸ばして、脳の解放という名の時間の無駄遣いをしている。散歩には不向きな季節なのに、テストってやつは季節を問わず定期的にやってきてくれるから、気分転換をしなくちゃいけない側としては困るわ、うんうん。

という訳で見慣れない街並みの中を、私はほっつき歩いているんだけれども、つくづくロングコートって没個性と思わせておいて、時々おおっと思うくらい人目を引くヒトがいたりする。そんな時は素直に、いいなあ、と私は思う。容姿やファッションセンスが人並み外れて優れてれば、私にもまた別の進路が開けてたりしたんだろうか、なんて思ったりしてね。

季節が巡ってくるのって、本当早い。

だって、次の春がくれば私はもう3年生だ。

気が早い子や将来設計がきちんと出来てる子は、もう受験の話題を日常的に口に出している。人生の大きな岐路はすぐそこで、気が早かろうとのんびりしていようと、確実に一歩ずつ近付いてきている。やめようかなぁと迷い続けて結局まだ続けている部活だって、そのうち本当にやめなければならないだろう。受験を真剣に考え出したら、尚更その時期は早まる。熱心に活動していた訳じゃないとはいえ、2年間やってた事をやめるとなると、やっぱりそれなりの寂しさは意識する。


私が部活も受験も余裕で両立できる天才だったら、悩む事もなかったのかな。

それとも、天才には天才なりの悩みがあったりするのかな。

でも、その「天才なりの悩み」について想像さえつかない凡人の私は、とりあえず手に届く範囲の事を見ていかなきゃいけない訳で。

身の回りの様々なものが、急速に急速に動き出している。

近頃の私は、暇があるとそればかり考えるようになっていた。

具体的に何をしたらいいのかの、答えは一向に出ないままで。


(……あれっ?)


そんな時、視線ギリギリを掠めていった人影に、思わず私の足が止まる。

いや人違いでしょ、と判断しながらも、目は一旦見失ったその背中を探している。なんですぐに見間違いだと決め付けたのかっていうと、こんな所にいる筈のない相手だったからだ。

そして、見付けた。

知らず知らずのうちにすっかり記憶に刻み込まれていた、見覚えのある背丈、髪型、佇まい。何よりも、離れた位置からでさえ特徴的すぎる、そのちぐはぐな服装。絶対に、気のせいなんかじゃない!


「京さんっ」


小走りに近くまで駆けていって呼びかけると、京さんは振り向いた。

おー、ビンゴ!

微笑を除けば大概はポーカーフェイスを保ってる目が、驚いたみたいにちょこっとだけ見開かれる。どうも本気で偶然の遭遇だったらしく、なかなか貴重な表情をゲットしてしまった。

京さんが固まってたのは一瞬の事で、すぐにきちんと私に向き直り、これは都様、と、コンビニ内でそうされるのと全く同じ対応をされる。

……う、うーむ……お店の中ではどうって事なく聞き流してきてたけど、人が沢山歩いてる往来で、こんなお爺ちゃんから様付けで呼ばれると、結構恥ずいっていうか居心地が悪い。だって、どう見ても目上なの向こうだもん。無条件で由緒正しい名家の人っぽい雰囲気漂わせてるし。

靴の先っぽでタイルをざりざり擦りながら、あーどーもー……と歯切れ悪く答える私に、その辺の気持ちを察してくれたのか、続く会釈は、普段の京さんからすればごく浅い簡単なものに留まった。


「いかがなされました。学校帰り……とお見受け致しますが、部活はおやめになられたのでしょうか?」

「あー、最近一気に寒くなったからか風邪っぴきが増えちゃって、昨日今日は臨時休部です。……っていうか、どっちかっていえばそれは私の台詞ですよ。いいんですか?こんなとこ堂々と歩いてて……」


私は声を潜め、周囲を気にする。

通行人が特別、京さんに注目している様子はなかった。そこらじゃ見掛けないぐらい品の良いお爺さんだから、通りすがりにちらっと一瞥したりはあるが、わざわざ立ち止まってじろじろ見てくる人はいない。そりゃまあ、服装が個性的なだけの何の変哲もないお爺さんなんだから当然だけど、でも一応はそのひと、正真正銘の妖怪である訳でしてね皆さん……。

そわそわする私とは裏腹に、自分の化けっぷりに余程自信があるのか、京さんは平然としている。なんだか、本人でもない奴が勝手にあたふたしているのはマヌケだ。


「ご心配なく」


京さんの簡潔な一言が全てだった。ですよねー。


「わたくしも、普段は無闇に外を出歩いたりは致しません。日光が苦手といった体質は持ちませんが、昼日中に堂々と姿を晒していて、万が一にもトラブルを招きたくはございませんので」

「じゃあ、今日はどうして外出してるんですか?」

「それは、普段ではないからでございましょうか」

「ふーん……」


わかったようなわからないような……いやさっぱりわからないぞ。

じっと見つめてみたけど、生真面目な京さんの表情は変わらない。

はぐらかされた気分のまま、私と京さんはどちらからともなく歩き出した。立ち止まっているとやっぱりこの組み合わせは目立つので、歩きながら喋る事にしたのだ。もっとも、お年寄りと女子高生が並んで歩いてる時点で目立つといえば目立つ。もう少し外見や雰囲気が似てれば、孫と祖父で通ったのかもしれないが、いかんせん私と京さんじゃ身に纏ってる空気が違いすぎる。仮に私が全身和服で固めたって、絶対こうはなれないだろう。そして躓いて転んで目も当てられない事になる。


「どこ行くんですか?」

「どこへでも。当てのない散歩でございます」

「こっちの方は私もあんまり来ないから、よく知らないんですよねー……。

面白い場所とかなんかあったかな?」

「ではそのような馴染みの薄い場所に、都様は何故?」

「さっき言った通り時間が空いたのと、テストが近いからです……その、塞ぎがちな気分を転換にですね、いつもは行かない街角の新鮮な空気を取り入れてみようかと」

「現実逃避とも申しますな」

「京さん……」

「これは失礼」


半目になった私に、京さんは咳払いをして、指先で軽く髭を撫で付けた。

ま、そのものズバリその通りなんですけどね。


それにしても、昼の光の下で見る京さんというのもなかなか新鮮だった。コンビニ内がいつだってギラギラに照らされていても、照明と日光とでは全然違うんだなと感じる。

そうそう、違うといえば、日光の印象もだ。

冬の日光は、どんなに明るく照らしてこようと、温かみを伴っていない。薄っぺらで透明な光は、京さんの正体を知っている私にとって、尚更その非現実感を強くしてくれる。光の向こうに消えちゃいそうで……という程儚くはないとしても、触れようとした指が素通りしていくんじゃないかくらいの印象は受ける。や、かといってまさか突っついたりしませんけどね。


「あのぅところで京さん、もしかしてお邪魔じゃないですか私」

「いいえ、そのような事はございませんよ。

常ならぬ空間にて、既知の者と言葉を交わすというのも興味深い成り行きです」

「興味深いは大袈裟ですよ。

でも、そういえばお店の外で京さんと会うのって初めてですね」


然様でございますね、と、表情を動かさずに京さんは言った。

そうだ、考えてみれば初めてなんだ、こういうの。

いつもなら帰宅時間を頭に置いとかなきゃいけないけど、今日は夜までまだ当分ある。時間に一切追われず気にせずのんびり世間話っていうのも、初めてかもしれなかった。

よーし、そうと決まれば!

私は、少し待っててくださいねと京さんに告げて、さっきから視界に入っていたお店へ駆ける。他の客はいなかったので、待たずに済んだ。お会計込み数分で紙袋を抱えて戻ってくる私を、京さんは、きょとんとしたように待っている。

そんな京さんに、私は買ったばかりの包みを掲げてみせた。


「歩くなら、こういう手荷物があった方が楽しいですよ」


ほのかな温度が、支える掌に嬉しい。

熱と湯気とで早くもしんなりし始めた紙袋からは、作りたてのタイ焼きの甘い匂いが漂ってきた。


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