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第陸種接近遭遇キッチンナイフ - 6

それから、10日が過ぎた。

コンビニへ入る。今回の視線の移動には、前感じたような強い抵抗がない。

あの包丁は、相変わらずおとなしく棚に並べられていた。


「まだあるんですね」


私は、見たままの事を言った。


「物が妖へと変異するまでの時間には、個体差がございます。

その多くは、抱える無念の種類に左右されます。そこは、あなたがた人間と大差ありません。人がどこまで執念深くなれるかは、個人の性格の他に、個々の事情も関係してくるでしょう」


京さんは一度話すのを止めて、深々と吐息を漏らした。


「……いっそ隠してしまおうかと思いましたよ。それは思い留まりましたが」

「ありがとうございます、そんなに心配してくれて」

「さて、果たしてこれは心配なのかどうか……」

「ミヤコーサン……」


皆の声は、かつてなく浮かない。私が何を言い出すか、正確に読み取っていたからだろう。特に京さんの声音には、私に対して向ける感情の他に、どことなく自分自信を責めているフシがあった。

……そんな顔をしないでくださいよ、誰が悪いって、私しか悪い奴はいないんですから。


「そうだ京さん、今月、私のとこ体育祭があって」


私は、あえて張り切った元気な声を出した。

ほう、と呟いてから、そのまま京さんが話に乗ってくる。


「都様は、何かの競技にご出場なされるのでしょうか?」

「もちろん選手です!――って言っても、全員強制出場なんですけどね。ダルいダルいって文句ばっかのひともいますよ」

「それで、気性のしっかりとした女学生の方々から怒られるのでございましょう。男子しっかりやってよ、と……」

「あははは」


京さんの返しに思わず笑ってしまったが、それは体育祭というか合唱コンクールや放課後の掃除ではなかろーか。なんだかんだブチブチ愚痴ってても、体育祭では当日を迎えれば各々がそれなりにきっちりと、走ったり跳ねたりしているものだった、少なくとも私の経験では。

多分それは合唱コンクールと違って、失態の恥をダイレクトに自分が食らうからじゃないかと思われる。他のと違って、人に押し付けるとか任せるとか隠れるとかが難しいからね、個人競技も多いし。


「アッシ二、地ヲ駆ケル術ガネェノガ無念デサァ」

「出る気かい!」

「コウ、コノ四角ックイ体カラ、スラリト伸ビタシナヤカナ脚デ颯爽ト……」

「ごめんいま私の想像力が限界を迎えたみたい」

「ナンデスト!」

「都様、そろそろ宜しいでしょう」


おかしな方向に盛り上がる私達に、京さんがそっと割って入ってきた。

私は京さんを見る。そうされた理由には心当たりがあったし、こうくると予感していたから。


「本題に入りかけていながら、わざとらしく別の話題に移るのは、余程切り出し辛い事情があるからでございます。この場合それに該当するのは、わたくしの知る限りでは、ひとつのみでございますな」


京さんは片手を持ち上げて、僅かに眼鏡を直す。

さらりと揺れる金のチェーン。風変わりな衣装の袖口に留められた、綺麗なグリーンの宝石が光るカフス。この完璧でありながら見慣れた仕草に、私は今まで何回触れてきただろう。

大抵は、余計な好奇心を出すのはやめておきなさいと注意を促されていながら、そのたびについつい前へ進む方を選んでしまうのは、ひょっとしてこの仕草があんまりスマートで、それに安心感を覚えてしまうからなのかもしれない。

私は頷いた。もう建前はいらない。


「あのね、京さん。

私、あの包丁をなんとかしてあげたい」

「………………」

「解決できなくても、せめて自分の為に他人が努力してくれたって事実だけでも作りたい」


全身に突き刺さってくるみたいな沈黙。

そして、大きな大きな溜息。


「……都様、あなた様は、命宿さぬ物へ度を越した感情移入をしつつあるようです。それは限界まで突き詰めていけば強大なる魔性の力とも成り得る、危険な兆候でございますよ」

「過ギタルハ及バザルガ如シッテ言イマサァ、ミヤコーサン。

物ノ事ヲ思ッテクレルノハ同ジ物トシチャア嬉シイ限リデスガ、マズハゴ自分ノ身ヲ第一二考エネェト……」

「あはは、じゃあ私がいつの日か凄腕霊能者になって京さんをやっつけるんですか? それもドラマチックな展開かもしれないですね」

「都様」

「大丈夫です。確かに包丁さんには同情してますけど、きっと私の本音はそっちじゃないんで。結局は、やってみたいんですよ単純に。危ない事ほど関わってみたいんですよ、いつものよーに」

「ミヤコーサン! 今回ノオ相手ハ……!」

「若さ故の愚かさとはこういう事ですか。

ここで、とにかくそんな真似は絶対に駄目だ……と言い出さないのが、妖怪が妖怪である所以なのでしょう。

報われぬ包丁の為を建前に出しつつ、己の欲求を優先させている都様。

口では常識を述べてみせつつ、最後はこうして己の欲求を優先させるわたくし。

どちらも似たもの同士という結論に至ったのは、人であるあなた様にとっては憂うべき事態でございますよ」

「店主ッ!?」


京さんが、掌を上へ向けて返す。

たぶんこの場で誰より常識を判ってるカード氏の声を無視して、棚から包丁がふわりと浮かびあがる。値札にバーコードが当てられる。電子音、レジを打つ音、カタカタと吐き出されていくレシート。見慣れた筈の光景が生み出す緊張感は、きっと初めて挑んだ時を超えてたと思う。

息を呑んで、私は京さんがレシートを摘み取るのを待った。


「お待たせ致しました、こちらでございます」


私は、レシートを見る。

書かれていたのは住所、その下にひとつの名前。

そして、最初に京さんから教えてもらった、この包丁が抱える満たされない想い。

手に入った情報は、いつも通り。つまりこれだけ。泣いても笑ってもこれっきり。運が良ければ、あらかじめ事件の詳しい内容を調べてから行けるかもと考えていたけど、甘かった。京さんが、そんな私の内心を読んだように言う。


「物読見であれば、より詳細な情報を知る事が出来たのでしょうが」

「……ものよみ、って何ですか?」

「物の有する記憶を読み取る能力の持ち主を指します。多くは妖怪ですが、人間にも極少数いると聞きます。殊更優れた能力者ともなれば、建物丸ごとの記憶を建設当初から、時間さえ指定してのサーチが可能だとか」

「よくわかんないけど凄いですね……」


凄いけど、身近にはいて欲しくないなあ。

部屋をサーチされたら、そこで過ごした姿とか全部見られちゃうって事でしょ?


「しかし、無いものを嘆いても詮無き事です。

事件は足で解決しろ、と人の言葉にはございますな。この場合はまことに適切な表現のようで」


京さんの言葉に、私は思考をこっちに戻した。

その通りだ。無茶を承知でやらせてもらったんだから、ぼやいてないで私は動かなくちゃいけない。


「こちらの包丁は、買い求められてすぐにそのまま――何も判らぬまま、殺しに使われたようです。そして目指すべき地は、刑務所ではなさそうです。記載の住所はおそらく、事件に最も深い関係者の所在かと。犯人だとするならば、既に出所しているという事になりますな」


あんまり聞きたくない現実だった。

犯人と顔を合わせなきゃならない覚悟はあったが、っていうか解決にはそれしかなさそうだったが、相手が檻の中だったら、面会って形になるぶん幾らか気持ちが楽になれたのに。

まあ服役中の人に赤の他人が会えるのか分からないし、許可されたにしたって、持ち物検査で包丁は没収されそうだけど。


やっばいなあ、本格的にやっちゃったかなぁ。


自分から求めときながら、この期に及んで真っ先に頭に浮かんだ一言が、よりによってこれである。

かなり救えない、我ながら。

京さんが、包丁を包んでいく。梱包はこれまで私が見てきた中で一番丁寧で、油紙を巻き、紐で縛り、綿をぎっちり敷き詰めた木箱に入れてくれた。木目が綺麗に流れた、高そうな箱だ。刃は錆びてるけど、これだけ見てるとまるで贈答品みたいだった。

箱を受け取る瞬間、私は得体の知れない重みを感じて、反射的に手を引こうとした。

が、引く間もなく、もう木箱は私の手の中にあった。

受け取った――受け取ってしまった木箱を、私は無言で数秒見下ろす。うまく説明できないんだけど、木箱を持ってるのに、木じゃない違うものを持っているような感じ。理由は、中に入っている物にある。これこそが、気持ち悪さっていう感覚の具体的な形なんだろう。


「都様が行動に移れるのは、週末となりましょう。

それまではお手元で保管して頂く形となりますが、途中で気が変わりましたら当店へお持ちください。この期間のみ、特例としていつでも道をお繋げ致します。間違っても、その辺りに捨てるといった真似はなさりませぬように」

「はい、わかりました」

「……ソンナニアレコレ世話ヲ焼クッテンナラ、イッソ店主ガツイテイッテヤッタライインジャネェデスカイ?」

「そのような業務を行うコンビニエンス・ストアはございませんよ」


あくまでコンビニの形式にはこだわりますか。

……実際には、あまり完璧にはこだわれてない気がしてならないんだけど、そこはいいや。

私の、絶対に誰からも感心も同調もされない、勘違いした方向性の決意と行動力に許可を出してくれただけで、正確には許可を出すまでに散々繰り返してくれた説明や気遣いだけで、充分すぎた。この先、失敗するにしろ怖じ気づいて逃げ帰るにしろ、もう充分してもらいましたって気持ちだった。

後から考えると心底呆れるしかない事に、失敗したり志半ばで逃げるかもとは考えてても、ブチ切れた犯人に私まで殺される可能性ってのをほとんど真面目に考えてなかったんだから、もうね……。


「ですが、コンビニエンス・ストアでも行うような事でしたら、さしたる問題はないと考えます」


そう言って、京さんが何かを掌に乗せて差し出してきた。

何だろう、小さく折りたたんだ紙みたいに見える。三センチ四方ぐらいで、穴を開けて紐を通してあった。


「お守りです。お出かけの際には必ずお持ちくださいませ」

「あ、でも、お金……」

「モニターですよ。

後ほど返品して頂きます。その際に、詳しく使用感をお伝え頂ければと」


いや普通、コンビニで商品モニター募集はしてないと思うんだけど……。

それ以前にお守りも取り扱ってないし。京さんの思うコンビニらしさって一体。


「……ありがとうございます」


あーなるほどそうか、これを用意してたから案外簡単に許可してくれたのかあ!

正直さっき京さんが言っていた、とにかく絶対そんな事しちゃダメ、で止められると私は予想してた。ダメ元での発言だったからこそ、言いたい事を全部言ってみた。そしたらなんかオーケーが出てたっていう。

まああれよ、自分の楽しみの為って言いながら、私ほど何も考えてない訳じゃなかったって事ですよ。

とにかく、私はずいぶん気が軽くなった。

だってここまで霊験あらたかなお守りは、そうそう見付からないしさ。

かといって、こんなイイのがあるなら渋らず最初から出してよ、なんて事までは思ったりしない。京さんだって最初はこんなの渡す気は無かっただろうし、できれば危ない真似をさせたくなかったに違いない。私がどうしても諦め切れず、最終的に押し切ってしまって、仕方がないから保険として譲ってくれたって事を、重々肝に命じて頑張らないとね。

や、そもそもこんな事を頑張るなよってのが世間の常識だろうけど。


「無茶しないでね」

「へっ!?」


お守りをしげしげと眺めてた私は、いきなりの声と肩を叩く手に、びっくりして振り向いた。けれどもう、本人――つまり妖怪のお客さんは、さっさと自動ドアを出ていくところだった。暫くの間、私は京さん達と話してた事も忘れて、その背中をぽかんと見送る。

あれ、なんかシルエットにそこはかとなく見覚えが……ひょっとすると、あの日無言で入ってきたお客さん?

……今の励ましっぽい声援、私に?

私は、叩かれた場所を手で押さえる。

痛くも何ともない。かるーく、ぽん、とやられただけだから。

どう反応したもんか迷い、とりあえず、ありがとう、と言ってみる。もう聞こえてはいないだろうけど。あれやばい、なんか自然に浮かんできちゃうニヤニヤ笑いが。


「しかし、お守りがあるとはいえ油断や手抜きはなさらずに。

あなた様が対面する可能性のある人間は、どのような事情があろうと人殺しだという事実をお忘れなきよう。当人と接触せず必要な情報及び解決手段が得られるのなら良いですが、それは困難でありましょう」

「それも、わかっています。

本気でわかってりゃ引き受けたがらねーよ、って事もわかってます」

「まったく……。

宜しいですか? 到着してからでも、気が変わるなり気分が悪くなるなりしたら、遠慮なくお戻りください。そこまで言うのならむしろ行くなと止めるべきでしょうが、あなた様のその激しい衝動は、しくじるにしても、一度行って戻る過程を経なければ収まらないでしょう」


京さんによる一通りの注意が終わった頃には、木箱を受け取った時に走った嫌悪感は消えていた。ただ、私の持っている物が何をした物か、という意識はなかなか消えなかった。

逆に、これから私のやろうとしている事を考えたら、その意識は最後まで消しちゃいけないと思った。


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