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第陸種接近遭遇キッチンナイフ - 5

数日間を悶々としたまま過ごした私は、またコンビニを訪れていた。

ここ最近はあんなに見付け辛かったのに、一回入れてしまうと次は早いものである。京さんの言う「波長が合う」ってのは、そういう事なのかもしれない。

レジに向かいつつ、どきりとする。

見たくなくても見えてしまう視界の隅っこ、同じ場所に、あの包丁はまだあった。あえて触れずに会話を始めたものの、私の注意がそっちに奪われてるのは、京さんじゃなくても一目瞭然だったと思う。新しく入った品物が気になって、と笑って嘘がつければ楽だったんだろうけど、思った事を顔に出しやすい私の性格は、内心を隠蔽するのにとことん向いていないらしい。


「使われなかった為に無念を抱く物もあれば、使われてしまった為に無念を抱く物もある。一口に心残りと申しましても、その根源は多種多様でございますな」

「誰だって、そうですよ。おんなじ事で悩む人もいれば悩まない人もいるし、すごく悩んでた人が後になって『なんであんな事で?』って笑っちゃうような事だってあるんですから」

「さて、その真理を口になされた都様は、果たして何にお悩みでいらっしゃるのでしょう」

「………………」

「率直なところをお聞かせ願いたく存じます。

都様は、あの人間を刺し殺すのに使われた包丁を御覧になって、どうお感じになられますか。魅力的だと思われますか? その手に持ってみたいと思われますか?」

「そんな事……思える訳ありません。怖いし気持ち悪いです」

「気持ちが悪い物は、素直に避けたら宜しい。それが賢明かつ平和に生きる道でございますよ。考えてもごらんなさい、あちらに関わるという選択が、解決への過程で何に関わる必要を求められるのかを」


それは――言うまでもなかった、その殺人事件にまつわる全部だ。

普通の包丁でありたかったのに、どうしてこんな事になってしまったのか。

それが前回、京さんが私に教えてくれた、この包丁の抱える想い。

それを解き明かそうとすれば、事件に触れるしかなくなる。

冗談じゃなかった。殺人事件なんて、ニュースでチラ聞きするだけで充分すぎる。

そう納得してしまえば良かったし、そう納得するべきだったし、事実ほとんど納得はしていたんだけれども、ほとんどであって、全部じゃないのは私自身が理解していた。ハイハイやめやめと思いつつ、まだ私は、心のどこかに引っ掛かりを覚えている。

……その引っ掛かりの正体も分かってしまっているから、タチが悪いのよね……。

それはきっと、自信とか、同情とか、そういった感情だ。今までの経験で培われてきた責任感みたいなものが、知ってしまった事情をあっさりと諦められなくしていた。これは、いつか致命的な大怪我をしかねない。これまでで一番強く、私はそう思った。

確かにお年寄りの忠告は正しいわ、こりゃ。

私の内心はそっくり表情に出ていたんだろう、京さんは京さんで話題を変えてこない。


「人類の歴史は、人殺しの歴史の側面を持ちます。

その現実について学ぶ人々も、学ぶ機会も、学ぶ必要性も、学ぶ欲求も、世には山程ございましょう。

しかし今の都様には、まだその時が訪れてはいないとわたくしは考えます。あなた様は高校生。その瞳に映すべき輝かしきものが、世には星の数ほど存在しています。まずはそれらをありったけ掴み取り、時に取り零して涙し、遂には倦いてからでも、手を伸ばすのは決して遅くありません。

未熟なままで闇に挑んでは、掴むどころか逆に掴み取られる危険の方が高いのです」


京さんが、やや声音を固くして言った。

普段の柔らかく、どんな風にも受け止められそうな話し方とは違って、断定的な口調だった。


「ひとり殺せば犯罪者、万人殺せば英雄などと申しますが、どう言葉や表現を変えたところで、人殺しは人殺しでございます。17歳のあなた様が、人殺しなどに関わる必要はございません」


分かってる、正しい事を言われてるのは。

だけどやっぱり私は未熟でバカで幼いから、つい突っかかりたくなってしまった。一方的に駄目と決め付けられるのが面白くなかったというよりは、あの包丁がいまだにそこにあるのに、ある意味でそれを貶めるような話がされているのを責めたかったのかもしれない。気持ち悪いと自分で発言しておきながら、本当に身勝手な感情だった。


「京さんは、満たされないままだった物を何とかしたいと思って、こんな事をやってるんですよね。前にも、願いに上下はないって言ってたじゃないですか。なのにそんな風に言うんですか?」

「願いに上下や貴賎はございません。その見解はわたくしの中で一貫しております。現にわたくしには、都様が抱いておられる、あの包丁への嫌悪感の類は一片たりとてございません。この際ですから妖怪の立場から有り体に申し上げれば、人間を殺す行為に関しても悪感情は湧きませんよ」


私は黙り込む。

知っていた事だけど、改めて断言されると軽くショックだった。同じ姿、同じ価値観なように思えても、全然違う生き物なんだって事実は、突き付けられると私には重い。

京さんの言葉には、まだ続きがあった。


「……わたくし自身は何も感じなくとも、都様の立場からとなると話は別でございましょう?

そこを考えて、お引き止め致しました。もしも妖怪相手であれば、わたくしも構わずに任せていた筈です。出過ぎた真似でしたら、どうぞ御容赦を」

「……いえ、私こそごめんなさい」


小声で私は謝った。

落ち着いて考えてみれば、分かる事だった。どんなに人間っぽくても妖怪な京さんには、殺人事件も、使われた道具も何て事のない存在なのに、私の立場に立って考えてみてくれたからこそ、ああ言って止めてくれたんだと。どうなろうと楽しめれば構わないと思っているなら、とにかく言いくるめて任せてしまえ、となる筈なのだ。


「オット、客人デスゼ店主」


私の周囲だけ暗くなってしまった空気が、カード氏によって破られる。あんまり近くで喋られると耳が痛くなってくる声が、今は沈みかけた空気をいい方向に砕いてくれた。

……あ、もしや意図的?

お客さんは、レジ前の私達を見ようともせずに、幅の広い足をぺたぺた鳴らして棚向こうに消えていく。見送った視線を再び戻した時には、私も、ちょい無理をした笑顔を作っている。

さて、いい具合に話が途切れた。

このまま、さっきの件は終了しましたという流れに従っておけば、和やかなお店タイムに戻っていける。


でも、私がやったのは。


「……ああいう依頼、最後まで引き受けられなかったらどうなってるんですか?」

「それは……」

「私は、好きな時にここに入れる訳じゃありません。でも逆に、日にちが開くから分かる事もあります。私が来るたびに、商品だけじゃなくて、あそこの品物も何かしら入れ替わってましたよね。今までは、他の誰かが引き受けたんだろうくらいに思ってましたけど、中には引き受けられないままだった物もあるんじゃないですか? そういうのって、どうなったんですか?」

「つくづく、この状況で聞かれたくない事へ目敏く注意が向きますなァ」


またもや苦笑。

京さんは、すぐに笑いを消した。そしてぼかしたりせずに答えてくれた。


「限度を超えたと判断した品物は、わたくしが処分しております」

「処分……って……」

「言葉通りの意味でございますよ。徹底して破壊し、滅ぼします。後に無念など残さぬように。

まずわたくしの張った網にかかった時点で、その品物が抱く想いは、ある程度まで強くなっているという事。そして時間の経過と共に、情とは増していくのです。

物が強すぎる念を抱くというのは、所持者の有無や、その品物元来の使用目的にもよりますが、一般にあまり良い結末を招きません。故に、悪しき妖と化し害悪を撒き散らし始める前に、そうでない者も含めて例外なく一様に消し去るのです」

「――チョ、チョイトオ待チクダセェ店主ッ!」


唐突に叫んだのはカード氏だった。


「テェ事ァアレデスカイ!? アッシハ紙一重ダッタッテェ事ナンデスカイ!?」

「はい、そのようになりますな。あと僅かでも遅れていたら……」

「ヒエェイ!」


マジもんの悲鳴があがる。

……ま、そりゃそうよね。あっ、さっきのお客さんもこっち見てる。私だって他の事に気を取られてなければ、カード氏と一緒になってえええとでも叫んでいた。

で、私が気を取られていた事っていうのは、私の質問に対する京さんの答え、ここに来た品物達の行く末についてだった。自分でも意外な程、驚きや動揺は薄い。まあ、全部がめでたしめでたしで解決してるんでなければ、そうなるしかないだろうって予感はあったからね。返品がきく品物じゃないし。


(悪い妖怪になる前に処分、かあ……)


京さんが私の立場から考えてくれたように、今度は私が京さんの立場になって考えてみれば、それは、正義感からしている訳じゃない可能性が高そうに思えた。

たぶんだけど、京さんは極力余計な騒ぎを起こしたくないのかもしれない。おかしな事件が起きれば、それを解決する為に動き出す人間がいるというのは、前に聞いた。恨みつらみを拗らせた品物が騒動起こして、結果そうした人達の目に触れて、余計なトラブルを背負い込むのを避ける為に行う、後始末。

例外なしに破壊ってのは厳しくて残酷なようだけど、一種のけじめでもあると感じる。

もともと放置されるだけで救われる予定なんて無かった品物の声を聞き、拾い上げてチャンスを作った。それでも叶わないのであれば、せめてねじ曲がる前に終わらせる。見方によっては、終わらせてあげているとも言える。いつまでも、不毛な悲しみと苦しみが続かないように。


私は店を出た。

考え込んだまま帰って、その後も合間に考え込んでは過ごして。やっと頭を空っぽに近くして空を見上げられるようになったのは、何日か経ってからだった。

ちょっと前までの夏とは違った種類の青空を、尾を引く飛行機雲が一直線。

空が厚い。ああ、秋だなあ。せっかくの過ごしやすい季節だっていうのに、私は何でこんな事で悩んでるのかな。それも、全く悩まなくていい事に、自分で勝手に首を突っ込んで。

思えばその時、既に私の腹は決まりかけてたのかもしれなかった。


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