第陸種接近遭遇キッチンナイフ - 2
天高く馬肥ゆる秋。この時期は、道行く誰もがのんびりと季節を楽しんでいる気がする。蒸し暑く寝苦しかった日々は皆さっさと思い出の彼方に押しやり、過ごしやすさだけで出来た日常を満喫中。
そんな秋も真っ只中の夜間近、私は久々にコンビニに入る事ができた。
ちょっと前までは、来ようと思えば割とすんなり霧に遭遇できる事が多かったので、ここ最近の空振りっぷりにはヤキモキしていたのである。もともと私の第三の何とかってのが不安定な能力らしいし、季節による影響でも受けてたのかもね。
とにかく、暗くなっていく道で霧に囲まれ、例の空間に迷い込めたのが確定した時、私は自然とガッツポーズを決めていた。そういえば、2ヶ月前まではこのぐらいの時間でもまだ空に明るさが残ってたのよね。日が落ちるの、ホント早くなったなぁ……。
こんばんはと自動ドアを潜れば、変わらない店内、変わらない姿、変わらない挨拶。うーん、安心と信頼の京さんである。
「お久し振りでございますね、都様」
ええ、まあはい、お久し振りでございます。これはまた全く驚いていらっしゃらない声で。
いえ分かってましたけどね、基本私はオマケだってのは。でもちょっとくらいは、全然来なかった事を気にする素振りがあってもいいんじゃないの。いつになく長く空振り続きだった時なんて、このまんまフェードアウトじゃないかって不安もあったんだから。
「オオオ、ミヤコーサンジャネェデスカイ!!
コイツァマタ久方振リデ!! 会エテ嬉シイデサァ、オ元気ニシテヤシタカイ?」
「あなたいいひとだ!!」
全力で感動して駆け寄る私。
相変わらず直らないのか直さないのか不明なミヤ公呼びも、全面的に許そう。手に手を取り、という訳には相手の体の構造上いかない為、カードの端を摘んできゃっきゃとはしゃぐ私達に、なんか見てはいけないものを見ているような視線が思いっきり降り注いでるけど、気にしない気にしない。
幾らか経ってから、こほん、と控え目な京さんの咳払いがあった。「気が済まれましたか」の冷たい一言でなかっただけ、優しさだと思いたい。私も私で、いつまでカード氏と踊っている訳にもいかないので、振り返ってもう一回ちゃんと頭を下げた。お店なかなか見付けられなくて、の一言を添えて。
「おそらくは、秋を迎えて気脈の流れに変化が生じたが為でありましょう。気の流れは種々の要素に影響を受けるものであり、都様の不安定な能力もまた然り、でございます」
「あ、やっぱりそーゆーのあるんですね。
でもぉ……それならそれで、入れるようにちょっとくらい助けてくれても良かったんじゃないですか?」
「歯車が偶然ぴたりと噛み合う瞬間を待つのもまた、愉しみ方のひとつでございますよ」
「わあ観察対象! でもこうして入れたんだし良しとしまっす!」
「良い事なのか悪い事なのか……まぁ良いのでしょうな、わたくしにとりましては」
苦笑の混ざった京さんの声を耳にしながら、私はさっそく店内の物色に取り掛かった。久々だから気合入れていかないと、と謎の使命感に燃える。
見るたびにちょっとずつ入れ替わっている商品群は、今日はやたらと袋に入った薬みたいなのが目立つ。袋の横に数粒置いてあるのは、サンプルなんだろう。でも商品説明が書いてないから、何に効くのかさっぱりだ。
そうだ薬といえば、初依頼の報酬に京さんから貰った薬、おそるおそる飲んだらそれはもうとっても良く効いた。……効いたのは確かなんだけど、眠気が吹っ飛んだ時間全部を勉強に使う集中力を私が持っておらず、肝心のテスト結果に大きく結びついたとは言い難かった事を、ここに報告しておこう。宝の持ち腐れという格言がここまで実感できた体験もなかったわね、うん。
「京さーん。このポップでカラフルな薬みたいなの、どんな効き目があるんですか?」
「そちらは飲むのではなく、焚いて使用します。強烈な幻覚作用のある、分かり易く言えば麻薬でございます。仮に人間の身で用いれば、一発で脳を破壊され尽くして廃人コースへと直行でしょう」
ありがとうございます、聞かなきゃ良かった。
ていうか京さんの位置からだと、私のいる場所って死角で見えない筈なんですけども。防犯カメラ要らずの性能ですね。
そんな危ない説明を何度か受けてから、さて、いよいよ私にとってのメインディッシュへ突入!
色分けされた例のコーナーには、今日も満たされない想いを抱えた品々が並んでいる。
パッと見て目に入ったのは、一本の包丁だった。
どこの家庭にでもありそうな外見で、それが逆に注意を引いたのかな。他の品物が、何だかいつにも増して訳わからんラインナップだったってのもあるのかもしれない。生ゴミにしか見えないのとか、捻れた針金とか、焦げた御札とか……。
私は包丁を指さして、これこれ、と静観している京さんに呼びかけた。
京さんが説明をしてくれる。
「数日前に入りました品でございます。
先に御忠告差し上げますが、余計な気を起こされませぬよう」
「んん~、何だかとっても事件の香り!
それにパッと見、私に関われそうなのこれしかないし! ね、ね、京さん。何なんですかこれ?」
「よく事件とお判りになられましたな。そちらは殺人に用いられた包丁です」
「…………え」
「……さて、まだ続きをお聞きになりたいですか?」
私は、反射的に首をぶんぶん振っていた。もちろん、言うまでもなく横に。
さ、触らなくて良かった……!
トラウマ背負う危機は回避したものの、あと一歩で触りかけていたという事実があるだけで、実際に触ってしまったような気になってきて、私は手の平を全力で服にゴシゴシ擦り付ける。拒否感100%な私の態度を見て、京さんも首を振った。こちらは、縦に小さく一度。結構でございますとでも言いたげだ。とーぜん私としても異論は一切全く金輪際欠片もありませんです、ハイ。
「ミヤコーサンニャア、モチット明ルイ話題ガオ似合イデサァ」
脇で話を聞いていたらしいカード氏が、同意してくる。
カードシステム本体とはいえ一応は従業員扱いだから、入荷した品物の簡単な事情は把握してるんだろう。もちろん、異議なし。明るい話題、おおいに歓迎です。むしろそういう話題ばっかり積極的に持ち出して、このイヤーな気持ちを蹴散らしちゃって。
私、京さん、カード氏、三人が三人とも空気を読み、お互いに無言のまま話題の転換に移る。私は、普段だったらそこばっかり見てるコーナーを、それ以降極力視界と意識に入れないようにしながら、切り込み隊長役を買って出た。
「そーですねー……じゃあまずは、ご趣味ですとか……」
「……見合イデモナサルオツモリデスカイ?」
いきなり失敗した。
無理して話題を変えようとするからこうなる。
ふむ、という呟きに顔を上げてみれば、眼鏡の中央に親指を押し当てている京さんがいた。うわあ呆れてらっしゃる。
「あえて珍しい話題を探さずとも、ありふれた日常の話で良いでしょう。そうした会話の中から、ふっと違った話が生まれてくるものでございます」
「いやあのすいません真面目に検討されると逆に私の痛々しさが増しますからあのほんとすいません」
「チナミ二、アッシノ趣味ハ一名デモ多クノ方二、ポイントカードシステムノ素晴ラシサヲ知ラシメル事デサァ!」
「それは趣味じゃなくて、使命とかライフワークだってば」
「ちなみにわたくしの趣味はリリアン編みです」
「店舗経営じゃないんかい。しかも乙女」
「最も楽しいと思うのは、デザインをどうしようかと頭の中で組み立てているひと時でございますな」
「そして普通にそのまま話進めてるし! 本気でリリアンなの!? それともいつもの英国紳士ジョークなの!?」
いやはや、ひどい騒ぎになった。
だが、この結局最後まで真相は明らかにならなかった暴露によって、無事に話題アンド気分の変更は為され、その後は私のテスト結果や部活の話なんかで、ほどほどに盛り上がった。確かに京さんの言うように、無理しなくても話は膨らむ。私にとってはありきたりな日常風景に過ぎないけど、妖怪の京さん達には、全く別世界の風景に聞こえるんだろう。私が妖怪の暮らしぶりを聞いて、それがただ山でじっとしてるだけだとしても、へぇと感心するのと同じだ。




