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第伍種接近遭遇ユーズドバイク - 3

「えー……っと……うん、これも取り替えないと駄目だな……」


そんな思わぬ展開があってから、早くも一週間が過ぎた。

私の眺める先には、あっつい日差しの下、自転車の修理に取り組む父という光景がある。修理に時間を割けるのは、お父さんの帰宅後と休み毎だ。それにしたって一日中張り付いてはいられないし、腕の違いもある。専門店に持っていった場合と比べれば、どうしたって進行状況に大幅な遅れは出てしまう。それでも大したもんで、徐々に、しかし確実に、自転車は往年の姿を取り戻しつつあった。

私に理解できるのは「汚れを拭いてるなあ」とか「ネジっぽいのを締めてるなあ」程度の大雑把な所が精々で、一体どの修理がどこに直結してるのかさっぱり不明だけど、悪いようにはなってないんだろう。

元からあれ以上悪くなりようがない、とも言える。


「お父さんに、こんな特技があるなんて知らなかったナァ」


難しげに首を捻りながら、たまに呟く独り言は、明らかに作業を楽しんでいる感じだった。振り返らないまま、お父さんが喋ってくる。


「昔、学生の頃にアルバイトしてたからね」

「自転車屋さんで?」

「そう」

「なんで? チャリ屋って儲かるの?」

「好きだったからさ。

個人経営の店で、暇な時間にせがんで色々教えてもらったよ」


その答えは、私にとって実に意外なものだった。

後になって考えてみれば、そういう選択もありだと思えるんだけど、当時の私は、バイトといえば欲しい物の為にお金を稼ぐのが目的と考えていて、好きな事があるからそれに関わるためにアルバイトをするという発想が、ほとんど頭に無かった。

お父さんが、自転車屋で働いていたというのは初耳だ。

というか、自転車が好きだったっていう事がまず初耳だった。

普段、家で話題になる訳でもなく、自転車に関する薀蓄をお父さんから聞いた記憶もない。家にある自転車だって、私のとお母さんのの2台だけで、お父さんはもっぱらマイカー使用。こんな環境で、自転車が好きだったと知れってのも無理があるわよね。


「なんか、お父さんの知らない面を知っちゃったなあ」

「まあ、お父さんも最近は忘れかけてたからね」


ふうん、と私は相槌をうつ。

昔の趣味、捨てた趣味、離れてた趣味。

離れた理由は何だろう。何となく飽きたか、決別する出来事でもあったのか。それでも作業する手付きに迷いが感じられないのは、昔とった杵柄ってやつらしい。

自転車がそんなに高級品じゃなさげなのも、こうなると幸いした。私もその後軽く自転車について調べてみて、高級品の値段にぶっ飛びそうになってたからだ。そういうすごい高いのだったら、さすがにお父さんだって手の付けようがなかっただろうし。


あ、そうだ。

私は立ち上がって、家の中へ向かう。

お父さんを置き去りにして、まだまだ続くこの暑さから自分だけ逃げようって寸法ではない。その暑さに関連する、いい事を思い付いたからだった。


――はい、という訳でして。


私の手には二人分の、よく冷えた麦茶があるのですよ。

夏場における麦茶は正義である。たとえアイスを欠かしても、これの作り置きは欠かせない。ちなみに私のにだけ、一摘み砂糖を入れてある。おいしいと思うんだけど誰からも賛同されないのは何故。


休憩しようよ、とお父さんに呼びかけようとして、改めて見た後ろ姿に、私は黙る。

……そういえば、こんな風に背中をじっくり見る事もなかったなあ。

さっき私は、お父さんの知らない面を知ったと言ったけど、どっちかというと、あえて知ろうとした事がなかったのだ。根掘り葉掘り父の昔話を聞く趣味はなかったし、まず、じっくり親と話し込みたいと思った事がなかった。反抗期って程の状態じゃなくても、積極的に関わりたいとも思わない。小さい頃のように一日中べったりじゃなくなり、付かず離れずの距離を保っているみたいな。

高校生にもなればそれで普通かもしれないし、開いてしまった親との距離について特に考えたりもしない。でも、こうやって切っ掛けがあって再び近付くと、ああ離れてたんだなあ、と途端に強く意識させられる。

急に、私は寂しさを感じた。


「お父さん、麦茶」

「おお」


お父さんは、やっと手を休めた。

指先の黒くなった手で、私の差し出したコップを受け取る。

夢中になってくれるのは助かるけど、日射病には気を付けてよね。


「あっついねー」

「うん、暑いね」

「夕飯エビフライだって」

「へえ」

「あとゴボウサラダっぽい何かと、たぶんお味噌汁」

「ぽい何かって何」

「そんな風に見えた」

「ふーん」


麦茶を取りに行った時、ちょうどお母さんも台所にいて、まだお父さんはやってるの?と呆れるように聞いてきた。ちょっと笑ってたし、怒ってる感じじゃなかった。……いや、どっちかというとあれは苦笑?

あっ、ひょっとして、お母さんはお父さんの昔の趣味の事を知ってたのかな?


「よし、もうちょっとだ」


ぐび、ぐびと二回に分けて麦茶を飲み干して、空になったコップを私は受け取った。

……それにしても、不要品入れらしきダンボール箱に、続々と溜まっていってる物が気になる。これ、かなり取り替えたり改造してない?

あんまり本体を弄っちゃって大丈夫なんだろうか、依頼的に。修理が済んだら、無念を抱えた自転車の部品が一個も残ってなかったとか洒落にならないです。


「頑張ってね」


張り切る父の背に応援を送って、私はコップを片付けに戻った。

そうだ、残ってた夏休みの宿題をやっつけよう。


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