第壱種接近遭遇ティーカップ - 3
やけにスムーズに開いた自動ドアを潜って、店内に入る。
コンビニの常として、真昼のように……というか、下手をすれば真昼よりも明るかったりして。
飲み物は、奥の棚にある。いちいち意識しないぐらいに染み付いた習慣で、そちらを目指そうとした私は、視界に引っ掛かった店員さんの姿に、あれっと思わず足を止めていた。
レジの向こうにいたのは、お爺さんだった。真っ白な髪をしゃんと几帳面にセットして、ピンとまっすぐに背筋を伸ばして立っている。お爺さんのコンビニ店員もいないって訳じゃないけど、私がびっくりしたのは、その服装だった。和服のような洋服のような、両方の中間のような、とても不思議な格好をしている。
そりゃ、どんな格好しようとヒトサマの自由なんだけど、コンビニの制服って感じじゃなかった、どう見ても。
ここで初めて、私はまともに商品棚を見た。普通、コンビニレジ近くの商品棚っていえば、お菓子やガムがずらずらと並んでるのに、ここは汚い木の箱とか小さな植木とか、そんなのばっかりだ。
やば、違った?
焦ったのとほとんど同時に、声をかけられた。
「お嬢さん」
――なんていうか、ドラマで聞くような声だと思った。
役者っぽいっていうか、日常生活でこんな喋り方しないだろっていうか、そんな声。一応お嬢さんに該当する私は、焦ってたところに話しかけられたのもあって、びくびくしながらそっちを向いた。
あたし?とかわいく目で尋ねてみたりもした。かわいかったかどうかは不明。
「はい、あなた様でございます」
やたらと丁寧に答えて、お爺さんは眼鏡の位置をちょっと直した。
やっぱりお芝居っぽいと思ってしまう。上品で落ち着いてて、いい声なんだろうけど、コンビニでここまで馬鹿丁寧に対応されると、なんだか異様な感じがした……って、あ、コンビニじゃないのかな。
よく見れば、若い頃はかっこよかったんだろうなーっていうような顔だ。スマートだし。服は変だけど。
老紳士、そんな表現が似合う。あえて「英国」とは付けない。だって……ねえ?
とにかく、いきなり話しかけられて、それでも健気に何でしょうと言った私に、お爺さんは続けてこう聞いた訳だ。
「あなた様は、入ってきた時から、もしや、と思っておりましたが、人間ですかな?」
「………………」
そりゃ人間でしょう。
むしろ人間以外に誰が来るというのか。猫か。
猫の来るお店、なんてテレビのほのぼのニュースじゃあるまいし。
私はハイと答えた。だって、他に答えようがないじゃない。
考えてみりゃハイって返事も相当謎だけど、あんまりにも変な事を聞かれると、人間って逆に素直に答えちゃうものだって事を、私はこの件で勉強させてもらった。
後で役立つ機会は……無かったかもしれない。
「失礼ですが、どのようにして、当店に入ってこられましたかな?」
「え……どうって……普通にあったから、入ったんですけど」
「ふむう……しかし、見たところ特に高い力をお持ちでもない御様子。
これは偶然に第三の目が開いたと見るべきか……」
「あっ、あのぉ、ここ、ひょっとして入っちゃいけないお店でした?
だったらごめんなさい、すぐ出ていきます。私、コンビニと勘違いしてて……」
「いえいえ、コンビニエンス・ストアには間違いありません。
ただし『入ってはいけない』ではなくて『入れない』筈なのですよ、あなた様のような人間には。当店はコンビニはコンビニでも、妖怪専用のコンビニでございますので」
だいぶ間を置いてから、は?と言った私は、傍から見てさぞかし愉快な顔になっていただろうと思う。防犯カメラに映っていたら、害が無いと判明次第即刻処分をお願いしたいような。
「妖怪でございます。名前くらいは、御存知ではありませんか?」
「は、はあ。聞いた事ぐらいはありますけど。漫画とかで」
「その、妖怪でございます」
真面目な顔で喋り続けるお爺さんに、私はヤバイなーこれと思い始めていた。
なんか、かなり危ない店に入っちゃったっぽい。店っていうか危ないのは目の前の店員の頭なんだけど、そんなの私にしてみれば同じ事だ。こうなると穏やかで丁寧なのが逆にヤバさを倍増させる。そういえば店のロゴも全然知らないやつだった。たまにあるマイナーなコンビニだろうと勝手に納得して、入る時は全然気にしてなかったのだ。
品物も変だし、レジの爺さんはアッチ系だし、もうコンビニって言われても信じられるもんか。
たぶん造りを似せてるだけの、個人商店なんだと私は結論を出した。
「ここを訪れるお客様は、皆様、人ではないもの――あなたがた人が、妖怪と呼ぶもの達でございます。当然、店舗もそれに対応した構造となっておりますので、人間では、辿り着く事は難しいのです。また並べております商品も、妖怪独自のニーズに対応したものとなってございまして……」
いえもう解説いいですから、そういうのは。
真冬に道を間違って萎える心への、ささやかな気付けに熱いミルクティーが欲しかっただけなのに、なんでこんな目に遭わなきゃいけないのか。
聞きたくもない説明を続ける爺さんから、私はじりじり後退し――。
ドン、と何かにぶつかった。
「あ、すみませ――」
振り返って、絶叫が出た。
ここまででっかい声が出たのは、完全に無防備な状態でそれを見たからだったと思う。これが遊園地のお化け屋敷や町内肝試し大会だったら、私もここまで裏返った悲鳴はあげなかっただろう。心構えが全く無いところへ、いきなり訳の分からないものが飛び出してくれば、そりゃ誰だって叫ぶ。
まして、それが化け物だったなら。




