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第伍種接近遭遇ユーズドバイク - 2

ドン!と大文字の効果音でも伴いそうな、その勇姿。

一晩明けてみれば、京さんの通達通り、庭ではあの自転車が独自の存在感を放っていた。


「わー、ほんとに来てる……」


さすがに抱えて持ち帰る事までは要求されず、後ほど送り届けます、と京さんは言った。で、届いた。どうにか届けるとは言ってたけど、本当にどうにか届いていたのが驚きだ。チャイムを押して「宅急便でーす」とはいかないのは分かるが、庭を見たらいきなりオンボロ自転車が出現しているというのは、なかなかできない経験である。

私は決して広いとは言えない庭に降りて、1メートルばかり離れた位置から自転車を眺めてみる。うーん、どうやって運んできたのやら、と、結局考えてしまうのはそれ。

乗ってきたのか、担いできたのか。

あの国籍不明の英国紳士がそんな所帯染みた真似をしている光景を想像してしまい、思わず私は吹き出した。


さて、それではこいつをどうしたもんか。

邪魔だからさっさと持っていけとばかりにジリジリ無言の圧力をかけてくる京さんに押し負けて、ついハイハイハイハイと二つ返事ならぬ四つ返事くらいで引き受けてしまったものの、いざ届けば、届けられても扱いに困りますよこんなの、というのが無責任かつ正直な感想だった。

とりあえず第一印象としては、汚い。

ボロい、という印象の大半が汚れと錆からきている。

むしろ汚れなのか錆なのか判別するのさえ困難という有様だった。

あっちこっちガタがきてる以外は、普通の自転車である。ママチャリではないみたいだけど、正確に何て言うのかは知らない。とりあえず、そこまで高級そうには見えなかった。


顎に親指を当てたポーズで、ふうむ、と難しげに唸ってみる。特に良い解決手段を思い付いた訳ではない。現実的な路線としては、自転車屋さんに相談なんだろうが……。


「おっ、どうしたんだそれ?」


いきなりの背後からの声に、私はびくっと身を竦ませた。

振り返ればお父さん。ワァオ。

いつもなら足音……というか気配というか、自宅という領域特有のあの謎の感覚で、接近に気が付くもんだけど、今は自転車に気を奪われすぎてたらしい。私が開けっ放しにしておいた縁側サッシ前に突っ立って、返答を待つ父の姿。

まあ、そりゃ休みの日に庭でバタバタしてれば見付かりますよね。

何だこのゴミはと怒っている――という訳ではなさそうだった。単純に不思議がってるんだろう。これからの私の話の運び次第では、捨ててきなさいと怒り出す可能性もあるけれど。


「ええっと……これはねー……。

ゴミ、かな?」

「うん、それは見れば分かるよ」


だよね、私も分かる。


「どこから出してきたんだい?」

「……ええとぉ、出してきたんじゃなくて……。

捨ててあったんでー、拾ってきたの。うん、拾ってきた」

「なんで。駄目だよそんな物拾ってきちゃ」


叱られた。すいません。私も完全なる同意であります。

しかし私としても、ここで退く訳にはいかない。

というか退いてしまったが最後、目的を失った本当にただのゴミが残るだけなんで。


「そうなんだけど、なんか、えと……ちょっと気になってさ。

この自転車はまだまだ走れる……っていうか、走りたがってるんじゃないかなー、って……。

思ったりもしてみた訳ですよ、はい……あは、あはは……」

「………………」


苦し紛れに、私は高校生にしてはかなりメルヘンな事を口走ってしまう。

笑って誤魔化そうとしても無駄ですね、自分でも分かってます。

てっきり呆れられるか、さもなきゃやっぱり怒られるだろうと覚悟を決めていたのに、ふうん、と呟いて庭に降りてきたお父さんの顔は、意外と朗らかだった。

あれっ、と思う。

お父さんは私の隣までさっさか歩いてくると、9割粗大ゴミな自転車の前にしゃがんだ。溝に乾いた土の溜まったペダルを握って、何度か手前に引っ張る。かと思うと今度は、指先で赤茶けた錆をカリカリ引っ掻く。


「だいぶボロボロだし、ガタがきてるね。でもフレームはしっかりしてそうだよ。

駄目なものは全部外して、まずサビから落とさないと」

「え、直せるの?」


うそん。

思いも寄らない方向からの援護射撃に、私はそんな声を出す。

その驚きを待ってましたと言わんばかりに、任せなさいとお父さんは腕を捲くってみせる。

うわあ……見るからに頼りないサラリーマン中年の腕……。

みなぎる自信の現れを腕捲りで表現したというより、単なる汚れ防止の意味しか感じられないんだけど、あまり自分の父親を軽んじるのも気が咎めるから、外見評はこの辺りでやめておきたい。細っこい背中が輝いてますよお父様、素敵。でもずっと屈みっぱなしになって腰痛めないでね。


「錆落としと工具、あるかなぁ……?」


あるかなぁ、と思うには到底普段から使う品物じゃないのを求めて、お父さんは家の中に戻っていった。くたびれ気味の後ろ姿を見送りながら、私は今回の依頼内容を思い出す。


『もう一度でいい、精一杯走らせて欲しい』


盗まれて、そして乗り捨てられた自転車。

とてもじゃないけど高級品には見えず、だからなのか持ち主もそこまで真剣に探さなかったらしく、犯人によって目立たない場所に放置されて、そのまんま。

ムカつく話だが、それ自体は良くある事である。

盗まれた先で使い倒されればまだマシだったのかもしれないね、自転車の気持ちとしては。

ま、ドロボー野郎も捕まる危険冒してまで乗り続けたりする訳がない。その結果がこれだ。

家の中で、お父さんが何か叫んでる。かあさん錆落とすのどこだったっけかー……とか。そうそう急に見付かる物でもないと思うなあ。あんまり部屋を引っ掻き回すと、掃除担当に怒られますよっと。

私もやっと触る気が出てきて、所々ヒビ割れて剥げているサドルをポンと叩いた。がんばろう、の意を込めて。あとそれから、修理が済むまで雨に濡れない場所を探さないとね。


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