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第肆種接近遭遇ハミングバード - 4

鬼さんの広い背中にヒヨコみたいにくっ付いて、私は目的地を目指して歩く。

夏っていっても、この時刻だとさすがに暗い。そんな暗い中でもまだ鳴いている蝉の声が、たまに聞こえてくる。

歩く道は、雲で出来ていたり周囲から悪霊の手が伸びてきたりする事もない、ごく普通の道だ。というか道路だ。めっちゃ堂々と並んで往来歩いてるんですけど、いいんでしょうかこれ。

いつ通行人とすれ違うかのハラハラが限界に達した私は、それとなく聞いてみようかなと思った所で、前にこうして妖怪と一緒に行動した時の事を思い出した。あの時、小人ふたりは、私には見えても他の人間には見えないという摩訶不思議な状況を、いとも容易く作り出してみせたのだ。だからきっと、鬼さんもそういう方法を使ってるんだろうと私は納得する。

角と服装、金棒を除けば、どこもかしこも人間そのものとはいえ、やっぱり妖怪なんだなと思う。

つくづく、不可思議なひとたちだった。

どうしてそうなるのか、どうやったらそれができるのか。教えてもらったとしても、私には絶対に踏み込めない世界に、みんなは生きている。

ただこうやって、踏み込むのは無理でも指先で触れる程度なら出来るのが、私には楽しく嬉しい。偶然拾った、普通は望んだって叶わないラッキーには、感謝しないといけないよね。


たまに一言二言お喋りしながら、15分くらいは歩いただろうか。

私達は、小さな公園に入った。通りすがりに遠目で見た事はあるけれど、入るのは初めてだった。普段用事がある方角でもなく、犬を飼ってれば散歩コースに選んでたかもしれない、ってくらい印象は薄い。

私は念の為に、ぐるっと辺りを観察しながら歩いた。心配に反して、人影は見当たらない。立地が悪いからかな。とにかく、この時間に夜の公園をうろつく怪しい女子高生が見咎められる危険は無い訳だ。

ちょっとリラックスできて、私はふぅと息を吐く。何だか蒸し暑い。

疲れたかい?と、鬼さんが立ち止まって聞いてきた。いえいえお構いなく。


「こんなんじゃ疲れませんよ、一応、部活もやってるんで!」

「そっか、元気でいいな」

「端っこ部員ですけどね」


あの冬にやめようか迷っていた部活を、結局、私はまだ続けていた。

空気って程でもなければ、部を代表するレギュラーって程でもない。大体そんな感じの立ち位置だけど、前程だるいと感じる事はなくなってきた。身体が慣れたのか、それとも気構えが変わったのか。


「あんたみたいな人間ってのは多いのか?

こうやって、妖怪と絡んでるの」

「え? まさかあ。

いないとは言い切れませんけど、多くはないんじゃないですか?」

「だよな。オレだって初めて会ったもん、あんたみたいなのには。

となると、オレはずいぶん運が良かったって事になんのかね、珍しい人間の女の子と知り会えてさ」

「はっはっはー、そのイケメンでその台詞は反則ですよ!」

「うははは、無鉄砲なだけじゃなくて、そういうトコもあるんだな」


鬼さんは大口開けてげらげら笑った。

そういう顔をしても下品にならないのは人徳っつーか、やっぱ世の中顔が全てなんだろうかと感じる。


「オレ、基本的にヒマしてるからよ。あんたと知り合えたのは嬉しいぜ」

「私も」


私は、続く言葉を一瞬見失った。

京さんの言葉を、また思い出したのだ。

折に触れて耳にしてきた、高等な妖怪は暇潰しに苦労しているという話。

人間とは比べ物にならないくらい強く、特別な能力もいっぱいあるなら、暇潰しの方法なんて幾らでも探せるんじゃないの?と、私は最初思ったものだった。

でも、この頃やっと分かってきた事がある。

どんなに賑やかな場所に紛れ込んでも、人間達は自分を見られない、見てくれない、話しかけてくれない、関わってくれない。そして、妖怪は妖怪に関わらない。こうなると逆に、喧騒は孤独を増す原因にしかならないんだ、って。お弁当は大勢で食べると美味しい、じゃないけれど、楽しそうな物事があるだけじゃ足りなくて、尚且つ共有できる相手がいるって事が、真の意味で彼らには重要なんだって事がね。この辺りの感覚は、人間でも同じようなもんでしょう。

だから、意外とさ、妖怪と人間はうまく関わっていけるんじゃないかなあ、なんて風に思ったりもするのよ。


「私もホント最初はびっくりしましたけど、京さんや他の妖怪さんや、鬼さんとも会えて、こうやってお話ができてる事、嬉しいと思ってます」

「ああ、まったくだ。

誰かとこんなに喋ったの、何年ぶりだろうな……はは、覚えてねーや。いいなー、こういうの」

「鬼さんは……って、鬼さんじゃ呼びにくいですよね。名前はないんですか?」

「いいや、名前なんか無いぜ。まずそもそも誰かに呼ばれる機会がないからなあ。だから名無しでも不都合ないんだ。そんな呼びにくいか?」

「呼びにくいっていうか……。

あ、そうだ! もし嫌じゃなければ、ニックネームとか考えてみたらどうです?」

「にっくねーむ? ……ああ、アダ名か」


変な事を思いつく、というように鬼さんが私を見てくる。暗い中でも薄く光っている、淡黄色の目。まずったかと焦ったけど、別に機嫌を損ねた感じでもなさそうだった。単純に、よくわかんねー事を言ってくるなこいつ、みたいな意味の視線だったようだ。

ううむ、これが人間と妖怪との間の価値観の違いか。

名前がないなら考えようって、そこまで変な発想じゃないと私は思うけど、妖怪にしてみれば、無いなら無いでいいのに何でわざわざ考えるの、ってなっちゃうのかもしれない。……そういう所が、一向に妖怪の間で娯楽や協調性が発展していかない原因なんじゃ……。


「私達には名前があるのが普通だから、ない状態の不自然さや、ある事の有り難みはイマイチ分からないけど……。でも、ないよりはあった方が、なんだって楽しいと思いますよ」

「あった方が楽しい、か……そうか、名前かあ。いいな。考えてみるか」


鬼さんは頻りに頷いている。おお、乗り気だ。

そして乗り気になったら十中八九、先に進む選択をするであろう事は、コンビニの件で証明済みである。

なんていうか、ひょっとして私と似た者同士なのかもね、鬼さん。


「そーですねー……鬼だから、ニオさんとか」

「ニオね、って逆から読んだだけじゃねーかよおい!」

「うわあバレた」

「バレるわ!」


でっかい握り拳を振り上げられて、私は慌てて逃げる。

メンバー分裂の危機か!?なんてわざとらしいテロップを出すまでもなく、ふざけているのはお互い承知の上で、すぐに拳は下ろされた。

鬼さんは笑っていた。私も笑う。


「そろそろ依頼やりましょう。場所、この近くでしたっけ?」

「ああ、もうちょい進んだ場所だな。ちょうどその真っ直ぐ先だ、行こうぜ」


鬼さんが指し示したのは、たまたま私が逃げた方角だったので、鬼さんの声に背後から促される形になった。さっきまでと位置関係が入れ替わり、私が先に立って歩く。ま、歩幅も違うしすぐ追い付かれるだろう。


「頑張りましょうね。

って言っても私は見てるだけですけど、せめて精一杯ワクワクさせて頂きます!」

「ああ、依頼は任せときなよ。ちゃんと側で見せてやっから」

「頼もしいですねー。

それをクリアしたら、また次があって、それもクリアしたら、またまた次が……。

私はいつでもあのコンビニに入れる訳じゃないけど、そんな風に続いていったら楽しいですね」


トコトコ砂利道を歩きながら、私は早くも次の事を考えている。

さすがに先走り過ぎかとちょっと恥ずかしくなったが、それは本音だった。

いつまでもとはいかなくても、いつかまた、は保っていたい。あのコンビニに通える限り、京さん達と会える限り、私はそう過ごしていきたいのだ。それはきっと、決して消えない思い出になる。


「そうだな。そんな風にできたら、楽しいだろうなあ……」


鬼さんが呟く。

考えてみれば、またあんたが働く所を隣で見物させてくれと言っているだけの図々しい提案は、幸い好意的に受け止められたらしい。背後にある鬼さんの顔は見えないのに、私がそう確信したのは、耳に届く声が、心からその未来を願い、嬉しげに目を細める様子までもが浮かんでくる響きだったからだ。

だから私も、自分なりに精一杯の気持ちを込めて力説する。


「できますよ、きっと、絶対。

私がいい見本です。積極的にぶつかってけば、鬼さんみたいなひとなら、いくらだって道は開けますよ!」

「いいコト言うね、あんた。

あんたの輝く勢いを見てると、夢物語じゃなく本当にできる気になってくる。

ただやっぱり難しくてな。どうにも、妖怪の性分ってのは変えられないんだ」


あれっと思うヒマもなく、一瞬で、すとんと私の視界は途切れた。


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