第肆種接近遭遇ハミングバード - 3
再会の時は、思っていたより早くやって来た。
知っての通り、私は好きな時に京さんのコンビニに行ける訳じゃない。
打率は良くて2、3割って所で、プラス幾ら何でも毎日通ってはいないから、うっすら霧の漂うあの道へ次に迷い込めたのは、それから3週間近くが過ぎた後だった。
店内に入って驚いたのは、鬼さんがいた事。
もっと驚いたのは、私よりも素早く向こうが挨拶してきた事だった。
迅速なリアクションには自信があったんだけど、負けた。さすがは妖怪。
妙な感心をしながら、私も気圧されがちに挨拶を返す。再会も、覚えててくれた事も嬉しいんだけれど、そのガタイの良さでフレンドリーに迫って来られると、若干おおぅ……となってしまう。
まあそれでも、嬉しいのは嬉しい。純粋に。
「こんばんは、また来てたんですね!」
続いて、京さんにもご挨拶。返される目線。ああ、この丁寧かつ柔らかさを備えた物腰の安定感よ。ただ、あれだ。今夜に限っては、爽やかスポーツマンイケメンが前面に自分を押し出してきてるせいで、若干キャラが薄くもない。
カード氏は……あら、なんか静か。
もしかすると、また誰かに加入を断られたりしたんだろうか。そっとしておいてあげよう。
「こんばんは、都様。
こちら、ただ『来ていた』だけではございませんよ」
と、どことなく得意そうに京さん。
……どういう意味なんだろう?
首を捻る私の前で、ビッ、と風を切る音が鳴りそうに小気味良く、鬼さんが自分の胸に親指を向ける。
「ほら、例の依頼さ。
実はオレ様もやっててよ、さっき受けたコレで4件目なんだぜ!」
私が感じた疑問は、本人自ら解説してくれた。
それはすごい、と私は素直に感心する。本当に引き受けてた事には勿論、そのペースにも。やっぱり本職の妖怪だと、進みの速さも違うんだなあ。第一、強そうだしね。
同時に、京さんのそこはかとなく得意気な態度の理由も分かった。
きっと、ゲームの参加者が増えてくれて機嫌がいいんだ。
由緒あるお屋敷の老執事みたいな格好してるくせして、こういう所は子供っぽい。
「半信半疑だったが、試しにやってみたら結構面白くてよ。あれから通ってんだ」
「ですよね、面白いですよねっ!」
「ああ、こういうのも新鮮でいいもんだって思ったよ。
でも、いきなり襲ってきた奴には面食らったな」
「襲……だ、大丈夫でした?」
「オレ様の強さ、知ってるだろ?」
鬼さんは私に向かいウインクをして、ぐっと腕を曲げてみせる。
引き締まってるからスレンダーな印象を受けるけど、実際にはかなりの太さがある腕に、大きな力こぶが盛り上がった。おお。
そりゃこのぐらい筋肉がなかったら、そんな重そうな金棒振り回したりできないよねと納得。実際の腕力だって、人間とは段違いなんだろうなあ。妖怪で、鬼だもの。
「……っと、そだ京さん!
依頼っていえば、依頼ですよ。私にできるお願い事、今日は入ってますか?」
京さんが、答える前に一拍置いた気がした。
前回の百物語で軽くトラブった件についてだろうと思ったら、案の定だった。
「先の依頼のような事があったというのに……ですか?」
「そこは京さんチョイスですよ!」
「懲りねえなー、やっぱ。ん、いいぜそういうの」
慎重に確認してくる京さんと対照的に、私のノリに共感してグッと親指を立ててくる鬼さん。ホント、見た目に忠実な中身してるよね。その勢い任せで何だって解決できちゃいそうな頼もしさを感じさせるのが、また何とも。
明るい雰囲気は、自然と心を持ち上げてくれる。私はにこにこ上機嫌で返事を待ったが、残念ながら、京さんの返答は希望とは正反対のものだった。
「生憎でございますが、今宵は都様のご期待にはお答えできそうにありませんな。
満たされぬ品々は御覧のように山とございますが、都様の手に負えるものとなりますと厳しいでしょう」
「そっかー……残念です。
でもこればっかは、無茶言ってもしょうがないですからねー」
「その通りです。挑戦の機会はこの先、幾らでも訪れますよ。
都様の心変わりが起こらぬ限り、でございますが」
「なら大丈夫だと思いますよ。こんなスリリングな趣味、探そうたって探せるもんじゃないですもん!」
「やれやれ……本当に懲りない性格をしていらっしゃいますなァ……」
呆れた、というように静かに首を振る京さんに、私はレジ前で肩を竦めた。
んじゃ、今日は依頼は諦めて、世にも珍しい商品群でも物色して楽しむとしますか。
「なあ、なあ! だったらさ、こういうのはどうだい?」
カウンターから退散しかけた私は、いい事を思いついたという喜びが出まくった大声に引き止められた。
私は立ち止まって振り返る。京さんも、声の方を見ている。
そこには、全力で得意満面の鬼さんがいた。ちなみに、今夜もやっぱり他のお客さんはいない。とにかく、こんな思わせ振りに話を切り出されては、どんなの?と聞き返すしかない。私と京さんふたり分の注目に晒されながら、臆するどころか尚更水を得たように、鬼さんは先を続ける。
得な性格してるわね……。
「これまで聞いた話じゃあさ、ずっと人間向きの依頼だけこなしてきたんだろ?
つまり本来の客層の……妖怪向きの依頼がどんな感じなのかをあんたは知らないし、やった事もないと。
ならよ、オレがひとつ引き受けてるから、こいつに便乗して参加してみるってのはどうだ? なっ、面白そうだろ?」
ここに来ての思いもよらない提案に、私の胸は俄然高鳴った。
私は、このコンビニではイレギュラーだ。そして、イレギュラーだからこそ向いている依頼を引き受けて、今日まできている。
それはそれで貴重な枠ではあるんだろうけれど、確かに鬼さんの言う通り、妖怪向け依頼の内容を私は知らないし、当然、やった事もない。でも、これなら――妖怪が引き受けた依頼についていく方法なら、私でも参加する事ができる。
つまり、この前の逆だ。私がコード結び&リモコン隠しに協力した時とは反対に、妖怪に協力してもらう事になる。
妖怪に協力してもらって、依頼を達成する……。
その響きだけでも魅力的なのに、妖怪じゃなきゃ解決不可能な、非常に奇想天外な願いだと考えたら、もう。
やりたい。楽しそう。面白そう。お願いしたい。
瞬時に、わくわくする気持ちが私の中を駆け巡る。
でも、同時に不安もあった。妖怪にしか受けられないって事は、それだけ難しいし、ひょっとしたら危険だって待ち受けてるって事だ。浮かれたままハイハイと気軽に付いて行って、この前以上にやばいハプニングに巻き込まれたら、ちょっと洒落では済みそうにない。
不安が顔に出たんだろう。鬼さんが、既に引き受けてた依頼内容を簡単に話してくれた。私には理解できない単語も含まれていたけど、場所はすぐそこで、あっという間に片付ける自信もありそう。
正直に言おう、やっぱり、ものっすごく惹かれる。ものっすごく、やってみたい。今夜を逃したら、こんな機会なんて二度と恵まれない予感がする。
「ですが、都様……」
京さんは、あまり気が進まなそうだった。
あくまでも妖怪の受けるべき依頼に、ただの人間に首を突っ込ませる事が気になっているのかもしれない。
そう、私達が勝手に合意したって、決定権のある京さんが拒否したらそれまでだ。諦めるしかない。私だって、不安が完全に消えた訳じゃない。ダメと言われたら、安心する面も確かにあると思う。
ただ、それでもできれば、私はやってみたい。
これを逃しちゃったら、妖怪と一緒に行動する機会なんて無いだろうから。
熱意を込めて、私はレジ越しに京さんを見上げた。すかさず、鬼さんがフォローを入れてくれる。
「なーに、心配ねえって。ドンパチやらかそうって訳でもないし、このオレ様が付いてるんだからよ。ちゃちゃっと行って、さっと帰ってくりゃ済む話じゃねーか。楽しい思い出になるぜ」
うん、頼もしい!
……けど、そうだ、行くって今からになるのかな?
さてここで、新たな問題が発生してしまった。
私は実家で暮らす高校生。門限について親からうるさく言われた事はないけれど、それは「言われなくても判れ」って意味であって、午前様が許されてるって事じゃない。夏になって日が伸びたと言っても、外はもう暗くなってきてるし、あまり遅くなっちゃうのはまずい。かかる時間によっては、参加したくても泣く泣く諦めるしかない事になるかもしれない。
「……場所は近場でございますし、こちら様の実力であれば、確かにすぐにでも片付く依頼でございましょう」
なんと意外にも、京さんが後押しするような事を口にしてきた。
それって、私の参加を認めてくれたって事だろうか?
それとも、単に客観的な事実を述べたってだけなんだろうか?
どっちにしろその発言は、意気込む私にとっては渡りに船といえる代物でしかなかった。
「状況が不可能ではなく、かつ都様が強くご希望されるのでありますれば、
わたくしとしても無理に制止するまでの権限はございません。
クリア可能かどうかという問題に関しては、紛れもなく可能でありますので。ただ……」
何かを言いかけた京さんが、結局続きは口にしないまま、瞳を閉じて頷く。
それで、迷いのあった心が完全に固まった。
「あの、お願いします!」
「おっし、じゃ善は急げだ。行くか!」
紙鉄砲のようにレシートを空中で鳴らして、鬼さんが快活に笑う。
相変わらず、見てて気持ちの良くなる笑顔だった。
さあ、一体どうなるんだろう。妖怪の技の冴え、とくと見せて頂こうじゃないの!
じゃあ行ってきます、と、カウンター向こうから私達をじっと見詰めてきている京さんに、普段よりも深めに頭を下げて、私は楽しそうな鬼さんと一緒に外へ出たのだった。




