第参種接近遭遇コードアンドリモコン - 6
ガラスの外は、夜の闇。
私がこの店にいる時は、いつだって夜だ。ありふれた春先の夜。けれどもその暗さは、私と、同じ通りにいる他の人達とでは全然違って見えているのよねと思う端から、込み上げてくる優越感。何せ一般人の皆様には、まずこの特別な通りに踏み込む事ができないんですからねー、と。
どうも私がこのコンビニを繰り返し訪れる理由は、いつまで経っても優越感であるらしい。
そんな感じで、やっぱり今夜もお客の姿がない店内に、私と小人さん達は戻ってきていた。
京さんに解決大成功な報告と、いつもの軽い世間話をする。報告を聞いた京さんは当然お祝いの言葉をくれたけど、私には素直に喜べない面もあった。カウンター隅に腰掛けて、物欲しげにホットスナックコーナーを見上げている妖怪達に、言い出しっぺとして、ちょっぴり申し訳ない目を向ける。
「結局、依頼そのものには役に立たなかったなぁ、ごめんね」
「都様、些かストレートに無用を告知し過ぎでございます」
そう、ひったくり逮捕においては八面六臂の大活躍だったが、肝心要の依頼部分では、とうとうこのひと達の能力は活用できなかった。まあね、難しいとは思うわよ。知らない間にヒモを絡ませる能力とリモコンを隠す能力に、汎用性を求めるのは。
……やってみるだけの価値はある筈だと、引き受けた時は思ったのになあ。
ダメ元で一発ぶつかりにいってみれば、もしかしたらその心意気が奇跡の逆転劇を呼び……と、柄にもなく熱血気取ってみたりもしたが、やっぱりどうして現実は甘くなかった。
でも、小人ふたりは、意外とさっぱりした顔をしていた。眉の上が出っ張った、ごつごつしたくどい顔付きだけど、浮かべた表情はねちっこくなくて親しみやすい。ああ、そっか。外国の物語に出てくる、密かに家のお手伝いをしてくれる妖精って、こういう感じかもしれない。やってる事は、家事手伝いからかけ離れて迷惑極まりないとしても。
「いえいえ、充分でしたよ、ハイ」
「充分収穫があったという事です、エエ」
「思っていたのとは違いましたが、この力が別の事に使えると分かったのは間違いないですし……」
「何より、ひとつ役立てたというだけで、ずいぶん自信がつきましたです、エエ」
「存在を認められるって、嬉しいもんですね、ハイ」
ふたりはカウンターの上を歩いてきて、順番に私の手を取り握手してくる。
小さくて尖って、冷えた手だった。
京さんが、そこは乗る場所じゃないと言いたそうにやや困った顔をしていたので、心の中で謝っておく。
ともあれ、もっと落ち込むかと内心ハラハラしていたから、このポジティブさには一安心だった。ガッカリもしただろうけど、決してマイナスだけじゃなかったなら、思い付きで行動した価値はあった。
揉み手をするように角張った掌を擦りながら、片方が言った。自己申告してくれないと、やっぱり私じゃ外見の区別がつかない。
「コードを絡ませる、リモコンを隠すという力に誇りを感じてはおりますが、ハイ」
「そこは感じないでよ、できれば」
「他の可能性も、ちょいと頭を働かせれば、幾らでも広がるもんですねえ、エエ」
もう片方が、しみじみと言う。
そう、ね。それは日々の私達にも言える事だ。
才能も道具も全ては使い方次第、なんて当たり前のようで実感し難い事を、今日の経験で考え直してみた。足の速さはひったくりをして逃げるのにも使えるし、逃げた悪党を追いかけて捕まえるのにだって使える。
悪く言えば、バカとハサミは使いよう。
別の言い方をすれば、それこそが、可能性。
今回、小人ふたりは新しい可能性を手に入れ、私は普段なかなか認識できないそれを新しく意識し直した。
専用台に据え付られたカードが、この頃ずっと陽気さを増してきた声で甲高く喋る。
「マァマァ、イツカソノウチ、必ズ天職ッテェノガミツカリマサァ!」
「なんか偉そうになってる!」
「アッシモココニゴ厄介ニナッテソコソコ経チマスガ、ハリアイ二満チタ日々デスゼ! カナラズシモ楽シイコトバカリジャァナク、辛イコトモアリマスガネ。イイデスカイ、仕事ヤ役割ッテノハ……」
得々と自分語りを始めたカードを暖かく放置して、気になってた事を私はふたりに聞いてみた。
「ね、あなたたち、これからどうするの? 腕試しの旅に出たりするの?」
「いえいえ、新たな道に目覚めたばかりの私らにそれはまだ早いです、ハイ」
「未熟という事は承知しております、エエ」
「そこでこの先の可能性を広げる為にも、一層この店に通い続けたいと思います。
そして我々のできる範囲をじいっくり見定めつつ、腕前を上げていくと、こうしていきたいものです、ハイ」
「しかし今回できた事、考えてみれば当たり前でしたね、エエ。
どうして今までやろうと思わなかったんでしょう」
「己の能力の特性に固執しすぎてたんでしょうかねえ、ハイ」
「ともあれありがとうございました、エエ」
「ともあれよろしくおねがいします、ハイ」
それからふたりは、今度は京さんに向かって順番に頭を下げた。京さんはお礼や挨拶よりも、とりあえず先にカウンターから降りて欲しそうな素振りをしているけれど、悪い気はしてないみたい。
よかったね、と無難に相槌を打っていた私は、ここでひとつの問題に気付いた。
……あれっ、こいつらの腕前が上がるって、私達人間にとってはまずくない?
確認するように、私は京さんの顔を見る。
反応はない。綺麗な姿勢でリーダーを拭く様は、由緒あるホテルの、超高級バーの熟練バーテンダーのよう。それでもじいっと凝視し続けていると、やっとちらりと視線を返してきてくれた。
が、無言。
「京さん」
「………………」
「なんか言ってくださいよ!」
「当店と致しましては、有力な顧客候補が一組増えた、という事で、まこと満足すべき結果でございます」
「やっぱそうなる!?」
自分本意なのは分かってたけど! 分かってましたけど!
……とんでもない奴らを勇気付けてしまったもんである。
今後、国内においてありとあらゆるコードが無条件で絡まりやすくなり、その形状たるや複雑怪奇を極め、加えてリモコンどころか、その場にたった今置いた筈の爪切りからシャーペンから携帯までもが、かつてない速さで紛失するようになっていったら……。
やばい。私これ、原因が発覚したが最後国家の敵認定だわ。
国家を超えて人類レベルの敵ですな、という京さんの呟きが駄目押ししてくれて、私は頭を抱えたくなった。




