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総長戦記 007話 見逃されし者達 その①

【筆者からの一言】


全員が粛清されたわけじゃなかった……



1936年3月上旬 『日本 東京 閑院宮邸』


 甘粕正彦は考えていた。

 閑院宮総長は何の意図があって自分を呼び出したのかと。


 226事件の顛末を見て自分の行く末もそう長くはないと観念した。

 満洲事変で主要な働きをした者は軒並み粛清されたからだ。

 いや、満洲事変に関わっていなくても閑院宮総長の意に沿わぬ者は皆、命を絶たれているのが見てとれた。


 閑院宮総長から話があるとの連絡があり、軍の専用機に乗せられた。

 これで自分はもう死ぬのだと覚悟した。


 河本大作がそうだった。

 河本大作は元軍人で1928年の張作霖爆破事件に関わった人物だ。その件で予備役となり、後には満州鉄道の理事になっていた。

 その河本大作が、閑院宮総長の命令により身柄を拘束され軍の専用機に乗せられ日本に送られた。

 しかし、軍の専用機が飛行場に着陸するや否や射殺された。

 公式発表では226事件で叛乱軍と関わりがあり、なおかつ逃亡しようとしたので射殺したとされる。

 だが、そんな公式発表は誰も信じていない。


 226事件を良い機会と捉えた閑院宮総長は陸軍内部を粛清している。

 それが、軍の内外で囁かれている噂だ。

 噂に過ぎないが信憑性は高い。


 満洲で迎えの軍用機に乗った時は、自分も粛清されるのだろうと覚悟を決めた。


 逃げ出さなかったのは、もう逃げる事には嫌気がさしていたからだ。疲れたからだ。


「大杉事件」で上官を庇って刑務所に入った。

 刑務所から出てきたら新聞記者にしつこく付き纏われ、世間からは好奇の目で見られ、家族ともども辛い思いをした。ほとぼりが冷めるまで国を離れろと言われ逃げるようにフランスに行った。

 帰国しても結局は厄介者で日本に居場所は無く満洲行きだ。

 もう疲れた。


 だから覚悟した。もう逃げるのはごめんだ。どうせ死ぬのなら胸を張って死のう。そう決めた。


 飛行機が日本に着陸した時には覚悟はできていた。

 だが、殺されなかった。

 自分はまだ生きている。

 そして閑院宮総長の御屋敷にいる。


 閑院宮総長は自分をどうする気だ?


そういう思いを甘粕が巡らせていた時、部屋に執事が入って来た。

「主人が参ります」


 甘粕は椅子から立ち姿勢を正す。


 部屋に入って来た閑院宮総長の表情は能面だ。何も読み取れない。

 自分を蔑んでいるのか嫌っているのかもわからない。


「あぁ掛けてくれ、甘粕君。初めましてだな。儂が閑院宮だ」


 そう話す閑院宮総長の声音には嫌悪や怒りといった色は無い。


「恐縮です、閣下。甘粕正彦であります」


「君の事は色々と聞いている。苦労したようだな」


「いえ、然程の事は……」


「早速だが、本題に入ろう。

これまで通り、満洲の裏は君が仕切ってくれたまえ」


「了解しました」


 そう返答をしながらも甘粕は閑院宮総長の発言内容に驚いていた。

 皇族の閑院宮総長が、その世界に口を出した事を。

 皇族は光の世界で生き、闇の世界は臣下が担う。

 それが皇国の有り様だった筈だ……


「ただし、麻薬密売の利益で軍に流していた分は今後、新設される興亜院に送ってくれ」


「承知しました」


 閑院宮総長が具体的な指示をして来た事に甘粕は更に驚いた。

 驚いた事を表には出さないが、胸の内では閑院宮総長は、どこまで関わる気なのかと考えずにはいられない。


「一応、君にも説明しておこう。興亜院に入った金の大部分は新兵器の開発費に使われる事になる」


「新兵器でありますか?」


 予想外の話だった。甘粕は思わず問い返してしまった。


「そうだ。

昨今の新兵器開発の流れ、いや時代の流れは早い。

戦車、航空機、毒ガス……

儂が従軍した日露戦争当時には考えもしなかった兵器が次々と現れておる。

我が国もこの新兵器開発競争に遅れをとるわけにはいかん。

だが、新兵器開発には莫大な資金がかかる。

日本の正規の予算だけでは如何ともし難い。

麻薬による資金をもあてにしなくてはならぬほどにな」


「理解致しました」


「うむ。現在、開発中の兵器の中には儂が生きている間に完成するのか、しないのかわからんような特殊兵器もある。

もし、それが儂の生きている間に完成したならば、お前にもその成果を見せてやろう」


 そう言って閑院宮総長にしては珍しく笑顔を見せた。


「楽しみにしております」


 甘粕もこの屋敷に来て初めて笑顔を見せる。


「何か聞きたい事はあるか?」


 閑院宮総長の問いに甘粕は率直に聞いてみる事にした。


「閣下は何故、自分を生かしたのでありますか?」


「お前が苦労人な上に忠誠心が厚く、その上、口が堅いからだ」


 あぁこの人は裏の事情も全て知っているのだろうと甘粕は理解した。


 そして、何となくだが閑院宮総長が気に入った。

 交わした言葉は少ないが率直に物を言う性格が好ましい。 

 こういう人の下で今暫く生きて仕事をするのも悪く無いかもしれない。

 甘粕はそう思ったのだ…… 



 これより数年の後、この日、閑院宮総長が約束した通り、開発に成功した特殊兵器の威力を甘粕は総長と共に目にする事になる。


【to be continued】

【筆者からの一言】


特殊兵器……

それは読者さんが想像している通りの物……


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