総長戦記 003話 流血の226 その②
【筆者からの一言】
総長の粛清は始まったばかり……
1936年2月26日 『日本 東京 陸軍大臣官邸』
石原莞爾大佐は現状に不満この上なかった。
いや、激怒していたと言っていい。
危険を冒して陸軍大臣官邸に入り叛乱を起こした青年士官達に、叛乱を止めるよう説得していたのだ。
椅子に座って「撃てるものなら撃ってみろ」という気概で青年士官達に相対した。
ところが、急に外が騒がしくなり士官達は様子を見に退出する。
暫くすると突如、部屋に数人の兵士が雪崩れ込み、自分を拘束し後ろ手に縛り、部屋から連れ出したのだ。
叛乱に与しているわけでもない自分が何故、拘束されるのか!
不当である!
だが、兵士達は何を言っても取り合わなかった。
石原莞爾が連れていかれた先には一人の男がいた。
閑院宮総長だ。
その姿を認めた石原莞爾は直ぐに自分の罪無き事を訴える。
「閣下! 自分は叛乱軍には加担しておりません! この扱いは間違いであります!」
だが、閑院宮総長の返答は無情なものだった。
「いや、お前は叛乱軍に加担した。
お前だけではない。
本庄繁、板垣征四郎、名倉栞、高橋金一、川島正、小野正雄、児島正範、三谷清、花谷正、今田新太郎、矢崎勘十、林銑十郎、神田正種……
皆、今回の叛乱を裏で主導した者として処刑する」
「な、何を……」
閑院宮総長の言う事に石原莞爾は言葉に詰まった。
閑院宮総長の言いようでは自分も、他の者も冤罪により処刑される事になる。
あまりの横暴に驚いたが、出された名前の共通点に閃くものがあった。
「満洲ですか! 満洲事変の中心となった者達を今頃になって処分しようというのですか!
それは不当です!
だいたい何故なのです!
満洲は日本にとってなくてはならい地! 生命線です!
だからこそ我らが動いたのですぞ!」
石原莞爾は強く思う。
満洲については確かに越権行為と言われても致し方の無い部分はあった。
しかし、4年も前の事であり処分はされなかった。
我々は許されたのではなかったのか!
その思いが言葉に溢れていた。
だが、閑院宮総長の反応は冷淡だった。
「お前たちのやり方があまりにも悪かったからだ」
「あの時の情勢では謀略はやむを得ないもの。最善最良の方策を行ったと自分は自負しております!」
胸を張って石原莞爾はそう主張する。
だが閑院宮総長はそれを認めない。
「たわけ。
あれが最善、最良だと?
儂はな、謀略を使う事を咎めているのではない。
中央の意向を無視し、尚且つお前達の言う謀略がお粗末過ぎ、後に軍に対して悪影響を及ぼしたが故に処断するのだ。
何故、満洲建国宣言の前にお前達は満洲東北三省の有力者達に中華民国からの独立宣言をさせた。
あれでは満洲に住む者は皆、中華民国の民だという事を認識していた事になるではないか。
我が国がいくら満洲は中華民国の土地ではない、歴史的に無主の土地と主張しても、実際にそこに住む者達が中華民国からの独立宣言を行えば、世界は中華民国に帰属していたと認識するではないか!
お前達が満洲は中華民国の土地だったと世界に証明してやったようなものだ。
どうせなら満洲建国宣言だけにとどめておけばよかったものを……馬鹿め!」
「そ、それは……」
独立宣言は石原莞爾が考えたものではなかった。
当時は大佐だった板垣征四郎参謀が発案した。
だが、石原莞爾が敢えて止めなかったのも事実。
あの時は良い策に思えたのだ。
「それだけではないぞ。
柳条湖の鉄道爆破はお粗末過ぎる。
簡単にリットン調査団に見破られるような偽装工作をしおって。
関東軍が満洲を制圧してからどれだけの時があった。
数ヵ月の時がありながら簡単に見破られるとは。
あまりに稚拙で謀略とは聞いて呆れるわ!」
「あ、あれは……」
リットン調査団が来る事は事前に知らされていたし、調査団の乗った船が大連の港に到着したのは4月20日である。
柳条湖の鉄道爆破は前年の9月であるし、関東軍は2月には満洲全土を制圧していた。
偽装工作をする時間は確かに幾らでもあった。
だが、石原莞爾としては偽装工作は担当した者が完璧に行ったものと思っていたのだ。
自分にとって見破られたのは想定外だ。
そう言いたかった。
だが、閑院宮総長は石原莞爾に言い訳をする暇を与えない。
「いいか。515事件が失敗に終わったにも関わらず、再び今回のクーデターが起こったのも、元はと言えば、お前達のように勝てば官軍で成功すれば何をしても許されるという実例があるからこそだ。
お前達をこのままにしておけば、今回のクーデターを鎮圧したとしても、それは運が悪かっただけ、やり方が悪かっただけと、再びお前達を見本に自分勝手な思想で動く者が必ず現れる!
軍人が皆、自分の考えは正しいからと自分勝手な事をやり出せば、国が崩壊するわ!
それは断固、防がねばならん!
鉄の規律が軍に無くば先にあるのは亡国ぞ!
それに、お前と板垣は満州事変の前に言っていたそうだな。
中央が満洲建国に反対するのなら自分達は国籍を捨て満洲人になると。
満洲建国のためなら、つまらぬ軍服などに未練は無いとも言ったそうだな。
皇軍の軍服をつまらぬ物とはよう言うたものよ!!
陛下からいただいた階級と軍服がそれほどつまらぬ物か!
この不忠者めが!」
「そ、それは……」
あれは、意気込みを示すため。
勢いで言ったまでの事と石原莞爾は言いたかった。
だが吐いた言葉はもう戻らない。
「皇軍にはお前のような陛下への忠義に欠ける者はいらん!
お前達のような自分勝手な輩はこの日本にはいらんのだ!
故にお前達を罰し処分する。
不名誉な死を与えてな。
そして皇軍は鉄の規律を取り戻す!」
それだけ言うと閑院宮総長は、もうこの男の言葉に貸す耳はないとばかりに、容赦なく拳銃の引き金を引き、その額に弾丸を撃ち込んだ。
石原莞爾は後頭部から大量の血と脳漿を迸らせ床に倒れこむ。
即死だった。
天才と呼ばれし石原莞爾はこうしてその生涯を終えた……
【to be continued】
【筆者からの一言】
天才は死に凡人による世界制覇が今始まる!