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総長戦記 0023話 先を見据えて

【筆者からの一言】


今回は対◯◯◯◯戦略のお話です。


1938年6月 『日本 東京 陸軍参謀本部 参謀総長室』


 閑院宮総長に呼び出された藤原岩市少佐は非常に緊張していた。


「血塗れの鬼」「首斬り総長」「冷徹王」と陸軍内では恐怖をもって陰で呼ばれている閑院宮総長である。

 陸軍内では敬われる以上に恐れられ腫れ物状態の人物である。

 一介の少佐が怯むのも無理は無かった。


「少佐、貴官を呼び出したのは他でもない。貴官には新たな任務に就いてもらうためだ」


「はっ喜んでお受け致します」


 藤原岩市少佐も軍人である。緊張はしても声が奮える程の(やわ)ではない。

 気合の入った返答に満足そうに頷いた閑院宮総長は言葉を続ける。 


「うむっ。

この度、参謀本部第二部に新たに第9課を新設する事にした。

任務は東南アジアでの謀略活動だ。

具体的にはマレーとインドにおいて、インド独立運動を展開しているインド人を支援する。

主に軍資金と武器の援助を行う」


「マレーとインドでありますか?」


 思わず聞き返しながら、この任務は「まずいっ!」と藤原岩市少佐は内心で頭を抱えた。

 

 何故なら外国語ができない! ヒンズー語は当たり前として英語もできない。

 しかも本格的な謀略工作はやった事がない。

 現地にも行った事がない。

 言葉、経験、土地勘の全てが無いの、無い無いづくし。

 早くも任務失敗の四文字が大きく頭に浮かんだ。

 辞退したい。切実に辞退したい。心底辞退したい。

 しかし、ついさっき「喜んでお受け致します」と言ったばかりだ。その舌の根の乾かぬ内に、まさか辞退したいとはとても言えない。


 そんな藤原岩市少佐の困惑する内心に気付く筈もない閑院宮総長は言葉を続ける。


「うむっ。そうだ。

近年のヨーロッパの情勢を見るに近いうちに必ずやドイツとイギリスは再び戦うものと儂は見ておる。

その戦いが生じた時、それを好機としてアジアにおけるイギリスの力を弱めておきたい。

それにはインドを独立させるのが一番だ。

インド以外のマレーを中心とする東南アジア地域には200万人ものインド人が暮らしており、その中にはインド独立運動を組織している者達もいる。

まずはその組織と接触し、それを足掛かりにインドへと手を伸ばせばよい」


 近年ヒットラーを指導者とするドイツは、今年1938年1月にズデーデン進駐を行い、3月にはオーストリア併合を行っている。その領土は拡大するばかりであり、ヒットラ―の野望はまだ止まらないと見られていた。


 史実においてインドは第一次世界大戦において100万人以上の兵士と莫大な戦費をイギリスに提供し、勝利に一役買っている。第二次世界大戦では約200万人の兵士とやはり莫大な戦費を提供している。

 インドがイギリスにあるのと無いのとでは、大きな違いが出て来る。


 閑院宮総長の指示は続く。


「いいか。

この工作において日本が関わっているとイギリスに知られてはならん。

適当な人種の者を間に立て、ドイツ人を勧誘し工作員にして現地へ送り込め。

工作がイギリスに露見した時、ドイツの謀略工作と思わせたい」


 これは、また厄介な事になって来たと、藤原岩市少佐は更に内心で頭を抱える。

 日本人以外から信頼できる工作員を多数見つけなければならない。

 それが、どれだけ困難な事か。

 絶望の鎌首がもたげてきた。


「参謀本部第二部(情報部)の各課に使えそうな外国人工作員を第9課に回すように言ってある。

既に何人か候補が上がっ来ている。

まずは、その者達を使うといい」


「はっ。ご配慮感謝します」


 どうやら一から全てをやらなくてもいいらしい。

 それについては安堵した。


 藤原岩市少佐は非常に大きな不安を抱えながらも、これも軍人の務め、こうなった以上はやるしかないと開き直る。

 一介の少佐には開き直って任務に臨む事ぐらいしかできる事はなかった……


 こうして藤原岩市少佐はインド独立工作を行う事になる。


 他の課から紹介された外国人工作員の中にドイツ系の者はいなかった。

 この外国人工作員によるドイツ人の工作員確保から仕事は始められる。

 アジアには、全体的に見れば数は少ないが、それでもそれなりにドイツ人はいた。

 かつてアジアにドイツの植民地があったからである。


 中国にはドイツの漢口租界地、天津租界地 青島租借地があり、太平洋の島々には植民地があった。

 ニューギニアの一部もドイツの植民地だった。

 その全ては第一次世界大戦で失われている。

 日本の委任統治領の南洋諸島は元はドイツの植民地だった島々だ。

 ドイツが植民地を失う事になった時、ドイツ本国に戻ったドイツ人もいたが、今なお現地に残って暮らしているドイツ人も大勢いる。

 まずは、そこからであった。

 

 最悪の場合、南米のドイツ人移民を勧誘しなければならないとまで藤原岩市少佐は考えていたが、幸いな事にアジアで数は多くないが人材は見つかった。


 そうした外国人工作員を使いインド独立工作は進められていく。

 工作機関の名前は「F機関」である。

 ここでも援助される武器は「日華事変」で鹵獲した武器であり、軍資金は「竹工作」により造られた偽造ポンドや偽造ルピーであった。

 

 つまり、「F機関」は「土肥原機関」と同様に鹵獲兵器と偽札と言う陸軍の予算にはあまり負担にならない手段により、謀略工作を行っていく。

 この鹵獲武器と偽札の援助も閑院宮総長の発案である。

 これについては「出所を隠すには中古の旧式武器と偽札が一番だ」と閑院宮総長が語ったという話もあるが定かではない。


 史実においても藤原岩市少佐は1941年から東南アジアの反イギリスを掲げるインド人と接触し陸軍のマレー攻略戦に役立たせている。

 その時作られた特務機関が「F機関」である。

 後には元インド人兵士を中心にした「インド国民軍」結成にも深く関わっている。


 今回の歴史では直接インド人と接触する事こそないものの3年も早く「F機関」を設立し、反英インド人を利用する謀略に従事する事になったのである。


 その謀略が実を結ぶか否かは、まだ、この時点では不明であった……


【to be continued】



【筆者からの一言】


史実において藤原岩市少佐は実際にインド人工作を命じられた時に一度は断っているそうです。

やはり英語ができず謀略工作はした事がないので。

上司が中佐だから断れたのでしょう。結局は説得されて任務についていますが。


でも今回は命じて来た相手が皇族で元帥で総長ですから断る事は最初からできませんでした。


そして、その総長の方は既に第二次世界大戦勃発を見越して動き始めています。

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