総長戦記 001話 始まりの時
【筆者からの一言】
主人公は善人ではありません。
悪です。
【19○○年○○月◯◯日】 『とある屋敷にて』
暗い部屋の中で一人の男が瞑目していた。
背筋を伸ばして椅子に座り、両足は広げ、体の正面に軍刀を持って来ている。その軍刀の鞘尻は床に付けられ柄頭には両手が置かれている。
その姿はまるで彫像のように不動だ。
その空間だけが時の進みを忘れたかのような錯覚を覚えさせる。
外では静かに雪が降っている。
人の営みとは関係無いと言わんばかりに、ただただ静かに雪が降り積もっていた。
騒がしい声が部屋の外から聞こえて来た。
だが男は微動だにしない。身じろぎ一つしない。
ただ静かに瞑目している。まるで動く事を忘れたかのように。
足音がした。
その足音が近づいてくる。
徐々に部屋に近付いてくる。
そして、部屋の前で止まり一瞬の間を置いてノックが成された。
椅子に座ったままの男は瞑目したまま短く鋭く一言だけ応えを返す。
「入れ」と。
「失礼します。閣下、始まりました!」
入って来た男は軍人だった。帝国陸軍の軍人だ。
階級章から少佐だとわかる。
少佐は緊張の色を湛え短く己が主と定める男に興奮気味に報告をする。
短い報告だ。余人は理解できない報告だ。
だが、男にはそれだけで全てがわかる報告なのだろう。
男はその報告を微動だにせず聞くと、ゆっくりと瞑目を終え目を開ける。
男の返答は今回もまた短かった。たった一言。
「そうか、ご苦労」とだけ口にする。
男の顔は無表情。まるで能面のようだ。
緊張と興奮で顔を紅潮させている少佐とは対照的な表情をしている。
だが瞳だけは違った。男の見開かれたその瞳には歓びと決意と狂気とが宿っているかのような輝きを宿している。
そして男は静かに立ち上がり歩み出す。部屋の外へ。
時代を動かすために。
部屋を出て、長い廊下を歩き、少佐を後ろに従えて玄関に到達した男を待っていたものは、玄関の外、その両脇に整列している大勢の兵士達だった。
皆、緊張の色を湛えているが、その表情には迷いも懸念もありはしない。
男は、その兵士達を鋭い目で一回だけ見回すと短く一言だけ声を掛ける。
「行くぞ、諸君!!」
兵士達の返答もまた短かった。
「「「「「「「「「「はい、閣下!!!」」」」」」」」」」
ここで初めて男は表情に感情を表した。
口元を少し綻ばせ楽し気な様子を見せたのだ。
そして兵士達を後に従え歩み出す。
時に西暦1936年2月26日
男……「閑院宮載仁親王」陸軍参謀総長は新たな運命に向け歩み出した。
彼を、いや日本が、世界が待ち受けるものとは、果たして……
【to be continued】
【筆者からの一言】
総長の向かう先は何処……
それは血と狂気の世界……