漆
春太郎くんは薫子さんに愛してほしかったのは違いないけれど、それが子供としてだとは薫子さんには伝わらなかった。
自分と春太郎くんの父親との不貞を責められたのがよくなかったのかもしれない。
それでも、春太郎くんを赤ん坊の頃から世話してきた薫子さんにもとめられる愛は、母性だったと思う。
薫子さんが春太郎くんを優しく見つめるまなざしがきっとそれだろう。
「薫子……」
春太郎くんは薫子さんに引き寄せられるように、ふらりふらりと歩みを進めた。
「そこまでだよ」
聞き覚えのある声に振り返ると、少年が学生服姿で立っていた。
「あなた、傷は?もういいの?」
なぜそこに少年の居るのか不思議に思いながら、ぱっくり割れた腹の心配が勝り問う。
「ああ、博士に縫い合わせてもらったんだ。そんなことよりも、きみ、勝手なことをしたな」
少年が、やれやれと肩をすくめた。
勝手なこと?
「そうかしら、私、この二人の間違った愛を的確に指摘したわ」
胸を張って少年に言う。
「指摘して、どうなると言うのかい?この女性は粛清されるのに、いまさらどうするのか、間違っていたとしても、きみ、きみには関係ないことだ」
少年は怒りも笑いもしないまま言葉を紡ぐ。
「やり直せるわ!」
私は二人を指さしながら声をあげた。
そうよ、きっと二人はやり直せる。
遅くても、二人愛し合っていれば、きっと、今度は家族よりも近く、優しい関係に………
「きみ、もう消えろ」
少年が暗い目をして呟く。
私は腹の底が冷えて思わずたじろいだ。
なんて恐ろしい顔。
まるで人形のように生気が無いのね。
私もそうなのかしらん。
「消えろって、ずいぶんね。あなた、依頼の内容を知っているのかしら?薫子さんが春太郎くんをそそのかして金を巻き上げているって……まったくそんなことはないのだから!依頼からして間違っていたのよ」
私は少年に笑いかけながら説明してあげた。
「この二人は親子になるのよ!」
最高の答えを少年に教えてあげて、私の胸はふるえる。
嗚呼!ときめきの鼓動だわ!
「きみはもう一度、博士に改造し直してもらうといい、それがいい」
私の身体が不意に浮いた。
少年は右手で私の首を絞めながら持ち上げていたのだ。
「なぜ?私は二人の問題を解決したわ」
「男女の契りを交わした二人が親子になることをきみは嫌悪しないのか?」
少年が首を絞めている手の親指と人差し指をさらにくい込ませてきて、私の目や鼻、両耳と足の間から培養液がタラタラと流れ出す。
「あの二人は、きっとやり直せる……わ」
少年は目を剥いて私の首を握り潰した。