表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Lの粛清<連載版>  作者: ひらけるい
春太郎と薫子
6/8

私は喫茶店へ急いで戻り、困惑しきりの春太郎くんの腕を引き薫子さんの家に向かった。


春太郎くんはどこへ向かっているのか確信すると、露骨に嫌そうに舌打ちを何度もする。

その様子は幼く、いっぱしの男。


「春太郎くん、私はあなたを助けたいと言ったわ。ええ、確かに言ったわ。でもね、薫子さんもたいへんに苦しんでいるの。それって、どうなのかしらん。私、納得できないのだわ。粛清する毒も中途半端になるかもしれないわ。当局には根回ししているけれど、万が一にも薫子さんが生きてしまえば春太郎くん、あなた、豚箱行きなのよ。私?私は人間ではないのだから、捕まらないのよ」


春太郎くんは身体が大きいから、引っ張って歩くのは往生した。

でも、私は今、人間の頃とは比べ物にならないくらいの力があった。

春太郎くんも私の思わぬ力に段々と抵抗しなくなる。


「春太郎さん……」


紺色の浴衣を身にまとった薫子さんは、別人と見紛うほどに淑やかな女性に変身していた。

濡れた髪に銭湯の匂い、白い肌。

何よりも春太郎くんを見つめるまなざしには、特殊な優しさに満ち満ちている。


「薫子……」


あら、春太郎くんは呼び捨てなのね。


それにしてもこの二人、離れている時の苦しみはどこへ行ってしまったのかしら。

今、私の目の前で見つめ合う二人は、とても嬉しそうに見えるのだけれど。


「ちょっと、お二人さん?わざわざ最後に会わせた理由を聞いてちょうだいな」


私の言葉に二人は感情を止めて、注目してくれた。


「私がすべて悪いのよ」


薫子さんが微笑み呟く。


「……」


春太郎くんはそんな薫子さんから目をそらす。


「ねえ、薫子さん、自分が悪いと結論付ける前に、あなた、とんだ思い違いだとは思わなくて?」


「え?」


薫子さんはキョトンとして、首をかしげる。


「春太郎くんとの歳の差、どうお考えなのかしら?」


私は薫子さんに自ら気づくことに期待した。


「……春太郎さんとの歳の差……」


「春太郎くんのお家で長いこと女中をなすっていたのでしょう?」


「……ええ……」


「それこそ、春太郎くんが赤ん坊の頃から」


「…………」


薫子さんの顔色が蒼白に変わる。


「ねえ、薫子さん。あなた、間違っていたでしょ?」


「嗚呼!私はなんと愚かな!……」


薫子さんがよろける。


「薫子!」


春太郎くんがサッと薫子さんの身体を支えた。


蒼い顔の薫子さんが、弱々しく春太郎くんの腕をつかみ、彼を見つめた。


「春太郎坊っちゃま、ご立派になられて……薫子は、嬉しゅうございます……」


「薫子……」


「春太郎坊っちゃま、薫子が間違っておりました。春太郎坊っちゃまが私を責め続ける理由、馬鹿で愚かな薫子はやっと分かりました、気がつきました」


薫子さんは春太郎くんの腕から離れて、家の玄関口まで歩くと笑顔でこちらを振り返った。

あの特殊な優しさに満ち溢れた笑顔だ。


「春太郎、私の子供におなりなさい!」


薫子さんは持っていた荷物を落とし、春太郎くんへ腕を伸ばした。


春太郎くんはたいそう驚いた顔をしていた。


もう遅いけれど。


薫子さんはそれもきっと分かっていて、それでも言った。


春太郎くん自身が自分の幼さや、愛されたさに自覚無く薫子さんを責め続けていた。

それでもきっといつかそういうことだったと分かる日は来たのに、薫子さんは女を貫き通した。

だから、春太郎くんは男になるしかなかった。


薫子さん、春太郎くんの幼さゆえ、あなたの間違いよ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ