肆
薫子さんは元々は春太郎くんの家の女中だったそうだ。
しかし、春太郎くんの父親といつしか深い関係を結んでしまい、離れなければと思いつつ離れられず秘密の逢瀬を続けていた。
ついに春太郎くんの母親にすべて知られることになり、薫子さんは追い出され、春太郎くんの父親とも別れた。
そして、薫子さんはこの小さな家で慎ましく暮らしていた。
ある日、春太郎くんが一人やって来て両親の不仲を薫子さんのせいだと責めた。
子供に罪はないのに、と薫子さんはひどく落ち込んで、毎日の様に責めに来る春太郎くんに詫び続けた。
春太郎くんは、憔悴し日常生活が困難になってゆく薫子さんの姿に欲情するようになった。
責め立てる春太郎くんを拒むことなどできない薫子さんは、ついに………
「もう私は人間ではなくなったように思います。………あんな子供を………ううっ!」
埃と砂まみれの畳の部屋は、虫や鼠の死骸がそこら中に転がっていた。
雨戸がぴっちり閉められた縁側に座布団が隙間なく並べられており、そこには乾かないシミがいくつも模様を作っている。
すえた臭いと、獣の臭いに私は眩暈を覚えた。
薫子さんの着物の襟元から見える素肌は真新しい痣だらけだ。
春太郎くんは薫子さんよりも身体が大きい。
春太郎くんは、薫子さんよりも身体の大きい……子供。
「………っ!」
私は急いで土間へ駆け下り、いつからあるかわからない汚れた茶碗がひしめき合った炊事場へ培養液を思い切り吐き出した。
こんな不潔な所で想像もしたくない不潔な行為を、二人は………
「あなた、大丈夫?」
薫子さんがいつの間にか私の背中をさすっていた。
「…………」
この優しさに春太郎くんは狂ってしまったのか、薫子さんが飲まれてしまったのか。
私は培養液を手の甲で拭い、薫子さんと対峙した。
「薫子さん、あなたの愛は深過ぎるのではなくて?もっと非情になってごらんなさいよ」
私の言葉に薫子さんは薄く笑い、すぐに悲しそうに首を振る。
「私はきっと駄目。私は弱虫だから。怖いの。求められないことが、怖いのよ」
怖いからって春太郎くんを巻き込むのは違う。
「薫子さん、やはりあなたを粛清しなければいけない。あなたの愛、間違っているわ」
「私の愛……」
「それにしても汚いわ、あなた。私は繊細に作られているのよ。あなたを粛清するにしても銭湯に行ってもらいたいものだわ」
「はは……」
薫子さんは力なく笑った。
「これ、銭湯代。死ぬ時まで不潔でいいのかしら?」